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大丈夫じゃないです

「帰るよ、松雪さん」

 結晶塔。なるほど、結晶塔だ。まさか本物をお目にかかれる日が来ようとは。こんな状況でなければ観光に洒落込みたいところだ。
 それはさておき、内部に張り巡らされているかもしれないトラップを潜り抜けるのは面倒だ。ので邪道にゴレムス先生のパンチをお借りして今に至っている。壊せてよかった。映画で見たものより脆いらしい。
 無難に最上階の壁を壊してもらうと、そこに探し人は座り込んでいた。ラスボスの住む城の攻略で裏技でも使った気分だ。
 簡潔に用件を伝えて内部に降りる。つかつかと歩み寄ると松雪さんが身をすくめた。怖がられている……だと……。いや、怖いわ。一人の時間をエンジョイしていたら「はい、おうち帰るよ〜」と現れた自称保護者! しかも問答無用で秘密基地を破砕してくる! これは怖い。正直すまんかった。

「松雪さん」

 私も。だいぶ、反省した。本当に、自分のことばかりだった。
 膝をついて、できるだけ彼女と顔の高さを合わせる。

「ごめんなさい。上田城で出会ったとき、一番にあなたの意見を聞くべきでした」
「…………」
「今改めて、聞いてもいいかな。あなたはこれから、どうしたい? 私から離れてもいい。人に会いたくないのなら、どこか遠くに行ってしまってもいい。家に帰してあげることはできないけど、それ以外なら、好きなようにしていいよ」

 放っておけない、というお節介もこの子にはむやみに焼くまい。考えてみれば、私だって高校生にもなって門限を気にしてくる親がウッゼェと不快に思った時期があった。
 うろりと、松雪さんが顔を上げる。うおおう一人で泣いていたのか。これはこのあととてつもない眠気がやってくるやつだな。

「……わたしに何か。……言いたいこと、ないんですか」
「えっ? ――……あー、ああ」

 一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに思い至った。……そうだよね。やっぱりそこ、気にするよね。
 私は笑った。両膝をついて、そのままずるずる正座になる。それから思っていたことを、思い出そうとする。

「そのことね。私は――ごめん、ちょっと待って」

 ちょっとっていうか、かなり。駄目だ。瓦解しそうだ。意識的に思い出さないようにしてるんだ、実は。かっこうがつかないなぁ。
 はぁ、と吐き出した息は熱くて震えている。そのうち時間が解決してくれるだろうとは、思っているんだけど。

「……すみません」
「ん……でも、これは、言っておいたほうがいいね」

 よし、涙引っ込めた。頑張れ私。

「正直なところね。あなたを責める気持ちはない……と思うんだけど、自分のことを心の中でボコボコにしています」
「えっ」

 なんで。松雪さんのくちびるがわなないた。なぜそんな、意外そうな顔をするのか。さてはあなた、自己評価低いな?

「あとはね、まだ直視できてない。したくない。でも、犯人を見たらきっとキレる。何するかわかんない。……それはたぶん、そうなる」

 うん。こうしてふわっとイメトレしてみても分かる。醜いものがあって、胸の奥が煮えている。おぞましいものを見た。そっと蓋をして目をそらす。自分ながらワーオと引くものがありますね。
 振り返ってみて気づいたのだが、私は自覚していたよりも根に持つタイプであるらしい。探し出して、報復したいという本音を見つけた。かたき討ちか。そんなんあの人、鼻で笑うだろうな。こんな感情、私にはてんで縁のないものだと思っていた。蓋をしたものが若干こぼれてますね。
 ふと違和感を覚えて視線を落とすと、松雪さんが私の袖を引っ張っていた。思わず、といった動作だったらしい、彼女の目には何かしらの戸惑い、みたいなものがある。な、何。

「……帰ります」
「大阪?」

 袖から手を放して、松雪さんは頷いた。気変わり、してくれたのだろうか。それならよかった。
 私が立ち上がると、彼女も立ち上がる。帰りはゴルーグのゴレムスにお願いするのだが、松雪さんは大丈夫だろうか。いつもよりも優しめに飛べるか頼んでみよう。
 壊した壁にまで歩み寄る。振り返ると、松雪さんはまだ何か悩んでいるような顔でいた。数歩先で立ち止まっている。
 彼女は祈るように握りしめていた両手をそっと開いた。片手を見つめる瞳は、忌まわしいものでも睨みつけているかのようだ。
 こちらの視線に気づかれる。やましいことは何もないが、意味深なアクションを取られると気になってはしまうものだ。

「……大丈夫、です」

 堪えるみたいにしっかりと言い切って、少女は歩き出す。





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