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一人反省会

 わたしのせいだと思った。
 わたしがいなければ、上田城の人たちはおかしくならずに済んだ。
 わたしがいなければ、大阪城の人たちに迷惑をかけずに済んだ。
 わたしがいなければ、渡さんの仕事の邪魔もせずに済んだし――わたしがいなければ、柊さんが死ぬこともなかった。
 なのに誰も、わたしのことを責めてこない。恐ろしかった。本当はきっと、心の中で疎んでいるんでしょう。
 離れなきゃいけない。逃げないと。死んでも死にきれないのであれば、せめてここではないどこかへ消えてしまおう。誰もいないところへ行きたい。

 強く願った瞬間、アンノーンのルーペが光を放った。

 生前のことを想う。わたしは恵まれた子であったのに、思い出すことは嫌だったことばかりだ。しまいには自殺までした。とんだ親不孝者だ。

 下に弟が生まれてからというもの、両親はそちらにかかりきりになった。お姉ちゃんなんだから、我慢できるでしょ。
 大きなおなかを撫でていた、お母さんのことを覚えている。我慢できるよ。だってわたし、お姉ちゃんなんだ。お父さんとお母さんが、わたしが生まれたとき、用意していた名前は男の子のものなんだって知っている。
 弟が可愛いんだよ、と保育園で自慢をした。本当はみんなに可愛い、可愛いと言われてばかりの弟が羨ましい気持ちも持っていた。けれど、わたしはお姉ちゃんだからいい子でいたのだ。このころお母さんは家で子守りをしていたから、迎えに来るのはいつも仕事終わりのお父さんだった。
 小学校の頃、授業参観にお母さんは来てくれなかった。弟が風邪を曳いたから、その看病をしていた。ちょっと寂しかったけど、我慢できるよ。わたし、お姉ちゃんなんだもん。
 弟は、小学校に入ると塾に行くようになった。わたしは行ったことないのになぁ。いいなぁ。
 中学に上がると、成績が下がった。クラスにもうまく馴染めなくて、置いて行かれる感覚があった。でもいじめられてはいなかったから、よかったんだと思う。
 お姉ちゃんみたいになっちゃ駄目よ、とお母さんが弟に言っていた。わたしも笑った。こんなふうに頭悪く、なっちゃ駄目だよ。スポーツテストもね、微妙だったんだから。
 中学二年生。受験は大丈夫なのか、とお父さんに訊かれた。高校かぁ。行きたいところは……どこに行けば、みんなに負担がかからないかなぁ。生返事をすると、しっかりしなさい、と硬い声で言われる。お姉ちゃんがそんなだと、いけないだろう。
 勉強、頑張ろう。そう思って取り組むと、少しは成績が上がった。友達といっしょに喜んだ。先生は褒めてくれた。お母さんはあと一〇点、と悔しそうに激励してくれた。お父さんは、もう少し頑張ろうな、とお小遣いをくれた。うん。もう少し、もう少し。弟もお姉ちゃん頑張った、と笑ってくれてうれしかった。

 弟は、すごい。わたしよりも勉強ができるし、友達も多い。運動もできる。みんなに好かれていて、女の子にもモテる。甘え上手で、癒される。わたしの弟は、自慢の弟だ。弟のためにきちんといようと、努力をしてきたつもりだ。

 でもちょっと、疲れちゃったな。
 ぷつんと糸が切れたみたいに力が抜けた日、わたしは自ら命を絶った。

 冷たい床の上に、わたしはいる。
 ルーペが連れてきてくれた場所は、誰もいないところだった。もともと人は住んでいたのだろうが、気配はとっくに古びてしまっている。ぽかんと周囲を眺めていると、ルーペがくるくると回って光って、氷のようなものでできたお城を作ってくれた。見たこともないくらい、きれいな建物だ。
 ここなら、誰も来ない。一人でいられる。そう思えばほっとして、次には眼の奥がじりじりと熱くなる。わたしはずっと、一人でいる。
 取り返せないことをした。
 こうしてぼうっとしていて自覚できたが、わたしは両親のことがわりと嫌いだった。なんだ、弟のことばっかり。何年弟に首ったけなんだ。長女、可愛くないのか。もっと甘やかしてくれたってよかったんじゃないの。クリスマスに欲しいCDだって、リクエストしたのに忘れるだなんてひどいでしょ。弟はわたしより幼かった。でもわたしだって、弟と同じ子どもだったのに。
 弟のことは、大好きだった。姉ちゃん、姉ちゃんとあとをつけてくる。ここ教えて、と宿題を見せてくる。ああごめん、やっぱりちょっと嫌いだ。あんたばっかりちやほやされて。何度おやつやからあげをを譲ってあげただろう。でも好きだ。小さい頃、つないだ手はぷにぷにしていてやわらかかった。転んで泣いていたところをおんぶしてあげると、あっというまに泣き止んでいた。そのまま眠った弟は布団より重くて、しまいにはべそをかきながらお母さんに助けを求めたっけ。
 ああ、そっか。

 わたしはずっと、助けてほしかった。
 弟越しのお姉ちゃんではないわたしを見てほしかった。
 だからこんな変な力が――こんなもの、わたしはいらない。
 歯を噛み締めて、俯いて膝を抱え込む。ルーペがきゅるりと顔色を伺ってくる。

「――ゴレムス! メガトンパンチ!!」

 破砕音に、顔を上げる。
 派手に破壊された美しい壁の向こう側、差し込んでくる光といっしょに見えた、ロボットみたいなポケモンの背に乗っているのは渡さんだった。





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