行き場のない昨日
いかん。気づけばあの人のことばかり考えている。今朝なんて、起き抜け名前を呼んで召喚しそうになった。ハッとしてほっぺを叩いた。
これではいかん。私はまだ、自分で決めたことをしている途中だ。壊れている場合じゃない。
時間だけが、進んでいく。
「現状をまとめよう。天女ことサチくんはカナメくんと違い、人為的に日ノ本に連れてこられた。そしてこれを企てた件の魔獣使いの狙いは、おそらく君である」
「……正直なところを、申し上げていいですか」
「半兵衛様に意見だと? 大きく出たな魔獣使い」
会議の席、睨みつけてくる石田さんと目が合うこと数秒。言いまーす。
「解せないんですよね」
会議と言っても、そんなに大仰なものじゃあない。集合場所は使わせてもらっている客間だし、出席者も私たち以外には竹中さんと石田さんくらいだ。縁側では、松雪さんが大谷さんから婆沙羅の扱いを習っている。改めて意識すると、なかなか面子が凄まじい。
「向こうが私を目的にする利点が分かりません。仮に私がマトだとしても、それだと「復讐」宣言と噛み合わない。そも視線の先が私にあるならば、これまでにも接触する機会はいくらでもあったというか……直接来いよというか……」
いまこうしている間にだって、現れたっていいはずだ。なぜわざわざ焦らす。そりゃあもちろん、ここが大阪城のど真ん中だってことも理由になるだろうが……やはり外堀から攻めに来たってことなのだろうか。
「……単純に、君を殺めることのみが目当てではないのだろう」
「ははは、精神面からじわじわ落としにかかっているってことですかね」
――沈黙。竹中さんが真顔になっている。怖い。石田さんが刀に手をかける音が聞こえた。すんでのところで斬りかかってこられない。ありがとうございます。ところで誰か違うって言ってよ。笑ってくれよ、頼むから。縁側から大谷さんの引き笑いが聴こえる。私の苦悩は美味しいですか。
鼻から息を深く吸って、口から吐き出した。
「……すみません」
私、余裕がなくなるとこうなるところある。空元気が一周回って自分の弱いところに突き刺さりつつ、やつあたりみたいなことをしてしまう。こうも揺らいでしまっては、敵の思うつぼであろうに。くそ、私の胃に穴があくことで、一体あっちにどんなメリットがあるってんだ。
「……竹中さま」
「何かな」
声が穏やかだ。気遣いが、痛いくらいに沁みる。
「海野部に何か、仕事来てませんか。手伝います」
気を晴らしたい。たとえ足りないものがあるのだとしても、できるだけいつもと変わらない一日を過ごそう。
二週間後。松雪さんが、大阪城から姿を消した。
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