味がしない現実
柊さんが、死んだ。
大阪城に到着するなり耳に入った訃報は、私の心臓を凍りつかせた。
後方に、大阪城を襲撃した者と同一だと思われる人物が現れたらしい。金の髪に、緑の眼の子どもだ。
柊さんは誘いをかけられた。それであの人は、ジラーチだけならば逃がすことができると判断したのだ。万が一のことを想定していたのか、相手の意見を求めぬ強引な行動だったと逃がされた本人が言っている。ウォーグルのはちに力づくで預けられ、彼は私たちよりも先に目的地に辿りついた。
戦いに不慣れなジラーチが現場から去った後のことは、ゲンガーのえいが全部知っていた。
柊さんはすみやかに、敵を始末しようとした。でもできなかった。子どもはまるで魔獣のような、不思議な力であの人の動きを縛ったのだ。婆沙羅ではないと、えいが必死に伝えてくれる。あれはどちらかと言えば、魔獣のわざに近かったと。
子どもは柊さんに致命傷を負わせて、オーベムと一緒に去っていた。
あの人の死因は、失血死。没する間際は、自分で自分に火を放ったらしい。彼は草の者であるから、死後のことまでをも想定していたのだだろう。骸を探られることがあっては不愉快だと、躊躇なんてなかったに違いない。特殊な技だったのか、遺体は灰も残らなかったそうだ。
――私のせいだ。
「カナメくん」
いっしょに話を聞いていた竹中さんの声で、我に返る。
「犠牲は出たが、当初の目的は達成された。君と彼女――サチくんはこうして無事大阪に辿りついた。あとは予定通りに進めるが……構わないね」
「……はい」
「事の首謀者についても、話が進んだ。ここにいるあいだは、この件についても君に協力を求める」
「……はい。大丈夫です」
何も問題もない。もともと、そういう約束だった。
「今日一日は、休みたまえ。明日から、よろしく頼むよ」
そう言って、竹中さんは部屋から去っていった。あとには私たち、異邦なものばかりが残っている。誰も喋らない。ジラーチも、松雪さんも。重く湿った空気が、空間を満たしている。
「……えい」
しょんぼりとしているゲンガーに、声をかける。
最後まで柊さんのそばにいてくれた。目にした最期を、こうしてここまで届けてくれた。悲しくてたまらなかっただろうに、立派だ。平城京で、人手不足の緊急だったとはいえ柊さんにちょっと無理やり押し渡したときには、ここまで尽くしてくれるだなんて思いもしなかった。
「ありがとうね」
だから私は、えいをねぎらった。それくらいしか、できることが浮かばなかった。ほかにはどうすればいいのかなんて、さっきからずっと考えている。
柊さん。そう口にすれば、どこからか無愛想な声が返ってくる気がしている。
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