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「#寸止め」のBL小説を読む
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イレギュラー降臨

 赤い流れ星が、夜空を駆けている。けれどもそれは、流星であるにしては長いこと尾を引いているように見えた。
 もしかしてアレ、流れ星じゃあなくて火球なんじゃないか? 訝しむと、すでに天空はいつもと変わらない静けさを取り戻していた。
 そんな夢を見た。

 もしかしたら、警告夢だったのかもしれない。あとになって、そう思うときがある。











「天女」

 猿飛佐助の口から出てきた単語に、耳を疑った。今、この人なんて言った?

「ああ、信じてませんって顔」

 そうなるよねぇ。彼は弱弱しく笑った。鵜呑みにされないことは分かっていたのか、強気に押してきたりはしない。
 甲斐、上田城。頼まれた仕事を終えて一息つくなり、真田幸村の従者は言ったのだった。土産話に、天女でも見ていく? 今うち、天女様を預かっているんだよねぇ。
 何を言っているんだ、この人は。率直に申し上げて、意味不明である。
 柊さんに視線をやると、「知らんな」とつっけんどんに返ってくる。そのような情報は出回っておりません、の意だ。

「そりゃあそうだよ。城主命令で秘匿に必死だ」
「秘匿って……。ろ、漏洩させてどうするんですか。真田軍所属の勇士様が、魔獣使いに」

 どうやら猿飛さんは、真田さんに伏せて私に依頼したいことがあるらしい。途端ににこやかになって、しぃ、と人差し指を私のくちびるの前に持ってくる。

「話が早くて助かるよ。もう俺様だけじゃあどうにもできなくて、参ってたんだ」

 言葉の通り、本気で困っていたみたいだ。この人を前にすると決まって感じる心地悪さはなく、今このときに限っては少しだけ話しがしやすい、かもしれない。
 分からない? と猿飛さんは辺りを伺い、声を潜めた。今の上田城、みんなふわふわしていて気持ち悪いんだよ。可笑しいんだ。上から下まで魅せられちゃってる――天女様にさ。
 言われてみると、すれ違う女中や兵士の人たちはみんな誰かの噂をしていたような気がする。意識していなかった。

 二週間ほど前に、上田城内で不思議な女の子と魔獣を忍びの一人が捕縛した。発見者は真田幸村。中庭にいたところを遭遇したらしい。
 少女は「松雪サチ」と名乗った。齢は一四。出身は不明――本人は「トウキョウ」と言っているが、日ノ本に該当する場所はない。所属も不明――曰く、「〇〇チュウガッコウニネンセイ」。くっついている魔獣は人の頭部ほどの大きさで、黒い枠に薄くて白い餅がはめ込んであるような見た目をしている。
 その子はまず当然他国の間者であることを疑われ、尋問にかけられた。しかし松雪サチは、まるで城下の町娘と変わらない。服を剥いても武器は隠し持っておらず、婆沙羅が使える様子でもない。怒声や脅しには怯えるばかりで、話が進まないから拷問にかけてみようと爪に手をかけたら失神した。結果、松雪サチはシロであるとの判断が下った。諜報担当、満場一致。
 ここまで聞いて、頭痛と吐き気と眩暈がした。

「……あ、あの、私、帰ります」

 もう駄目だ。これはすみやかに帰宅しないと治らない症状だ。帰って全部忘れたら健康になれる気がする。

「待って待って本当に困っているんだって! 話はここからなの!」
「い、嫌だ……! ぜったい駄目なやつだ……! 柊さん、帰りましょう」

 味方に助けを求めると、すかさず声を張り上げたのは猿飛さんだ。

「報酬なら出すって!」
「ならば構わん。続けろ」
「裏切り者ォ!!」
「逃がしてたまるかっての!」

 ちくしょー! そりゃあ結局最後まで聞く気はあったけどさぁ!
 ……松雪サチの疑いは晴れたものの、素性が不明であることに変わりはない。自然、少女は軟禁生活を強いられるようになった。
 すると彼女を哀れに思ったのか、城主である真田幸村がたまに少女を構いに行くようになった。城内の様子が可笑しくなり始めたのは、このころからだ。
 いつのまにか、みな松雪サチを愛でるようになっていた。
 最初は世話係の女中や彼女と会った兵士が、好意を零しているだけなのだろうと猿飛さんは思っていた。でも違った。気づいた頃にはもう遅い。上田城は、すっかり天女を肯定する人ばかりがいる腑抜けた土地になってしまっている。表沙汰になっていないのは、不幸中の幸いか、真田幸村が松雪サチを「守らねばならない物」として認識しているからだ。
 今の上田城は薄くゆるやかに、まるでぬるま湯のように狂ってしまっている。このままではやがてゆっくりと、錆びついていくのだろう。

 長い語りが終わった。四割くらい愚痴だった。足が痺れたので、三回くらい正座を組み直した。冷めきってしまったお茶を飲む。

「……その話の流れだと、猿飛さんも天女様の崇拝者ってことになるんですが……」
「いっそそっちの方がよかったっていうか……だから参ってるっていうか……」
「あなただけが正気であると」
「そ。でも、頭が痛くてかなわないんだよね。……そういえば、カナメちゃんといるとちょっと楽だな。魔獣使いだから?」

 初めて気づいたかのように言って、猿飛さんが近づいてくる。おもわずズザッとあとずさった。魔獣使いに変な期待をするのはやめていただきたい。私はそんな不思議な力は持ってな――いや、待てよ。私の不思議な力?

「……婆沙羅?」

 もしもの話。シロだと認められたそのあとに、異能が目覚めたのだとしたら?





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