のちのキーポイント
大阪城から、依頼が来た。かの豊臣軍へついにお仕事である。わーい! 尾張の次に行きたくなかったー!
慶次にはふたたび随分懸念されたが、根拠のない自信を胸に振り切ってきた。彼は豊臣秀吉との関係を拗らせているから、それも仕方のないことだ。そのもつれがいずれ昇華されるようにとは願っている。私のいないところで、彼なりのグッドエンドに至ってほしい。
平気だって。野良の魔獣使いならまだしも、渡カナメは小田原の人間なんだから、さすがに下手なことはできないって。でも大阪、アニメでは片倉さんを拉致したりしていたっけ。い、いや、大丈夫。強気に行こう。ごめんやっぱりお腹痛い。
かくして訪問となった、覇王がおわす城で、
「たぶん、壊血病ですね」
私はどうしてか、医師のようなことをしている。
「かいけつびょう?」
聞きなれない言葉を耳に、賢人・竹中半兵衛がおうむのように繰り返した。頷いて、解説する。
壊血病。ビタミンC不足で発症し、倦怠感や歯茎からの出血を引き起こす病気だ。重症になると死に至る。ミカンなどの水菓子が庶民に普及していなかった時代は、ひどく流行していたこともあったそうだ。
その病が、大阪城で流行している。「魔獣のせいだ」とも言われていて、免罪を拭うために私は記憶を手に取った。知っていてよかった。
ビタミンCは、ストレスを経ても不足する。
大阪は、魔獣を生体兵器として行使する計画を進めている。未知のものを思い通りにあやつろうとする研究に、ひたむきな兵士たちの精神が根を上げたのもあるだろう。不慣れなことって気を使うよね。分かるよその気持ち。
知ってしまったからには、見ぬふりは後味がよろしくない。大阪に恩を売っておこうと、竹中さんに治療方法を提示する。すなわち、休息のすすめとビタミンC――きのみの提供だ。日ノ本では水菓子は高価な品なので、ポケモン世界にあるきのみで代用する。あとは寝ろ。食って寝て休め。
ついでに結核罹患者で有名な竹中さんにも、出来うる限りの知識を売っておいた。私が壊血病のことを知っていたから、おそらくは藁にもすがる思いで打ち明けられた。びっくりした。そういうの本気でやめてほしい。手に負えない。あなたが一番食って寝て休め。治るかは知らん。……完治の責任が持てないから、私は嫌だったんだ。
私は私のことで手一杯だから、こういったことには手を出すまいと決めていたのだが……なりゆきとはいえさよなら、無干渉の自戒。過ぎたことは忘れて次いこう! 忘れられるかはまた別の問題だ! 続きはウェブで!
落ち着く間もなく追いかけてくる受難を片づけているうち、悲しいかな、大阪に対して情が湧いてしまっている。ゲームをしたことがある時点で時間の問題ではあったのだが、いざこうなるともう駄目だ。私が先にほだされてどうする。
豊臣軍が、思っていたよりも魔獣のことをよく理解していたという点も大きい。蓋を開けてみれば、彼らは力づくで魔獣を行使するのではなく、対等なギブアンドテイクを用いて協力関係を築きあげた上でそれを利用しようとしている。外の国よりもずっと、共生関係が進んでいるのだ。認めたくないが、認めなきゃいけない。
豊臣軍と魔獣の関係は、まともだ。視野が狭いのは、偏見の目を持っていた私のほうだった。これは、悔しい。ああ私、すごくイヤナヤツ。
慶次。大阪、豊臣軍、すごいよ。頭いいよ。私は無理です。勝てないです。
そう一人悶々と頭を抱えているうちにも、見えないところで事態は進んでいる。案の定というか、竹中さんから勧誘を受けた。豊臣軍の魔獣専門機関――「海野部」のかなめとなってくれないかと誘われた。
考えるまでもなく、答えは決まっている。とんでもない、と思う。私は、小田原を裏切らない。大阪に情が移っていることは事実だが、私の家が小田原であることは、絶対だ。氏政公や風魔さんを敵に回すだなんて、しない。
反面、認めてくれている事実は嬉しい。普段は意識していない承認欲求を刺してくるだなんて、やはり油断ならない。そういうのよくないと思います。でも、ありがとう。
妙な敗北感を抱えつつも、重い足を動かした。断りを入れるために、大阪城の地下――海野部へと向かうことにした。
「――なんだ?」
ふいに、足下から伝わってきた振動があった。地震みたいだが、それよりももっと……そう、かみなりに近い。
不可解な感覚に、私の案内を担ってくれていた島左近がはっと顔を上げる。鋭くなった視線が、広々としている廊下の先、海野部がある方角に注がれている。
竹中さんと秀吉公が、今は海野部に顔を出しているのだと聞いている。島さんが気を引き締めるのももっともだ。
「魔獣使い!!!」
背後から放たれた怒声に振り返る。喧騒を聞きつけてきたのか、先ほどまではいなかった石田三成がそこに立っていた。鬼のような形相だ。思わずひっと小さな悲鳴が零れる。問答無用で襟首を掴まれた。くるしい。
「答えろ、何が起こっている!? 半兵衛様と秀吉様はどうした!?」
「っ、し、知りません!!」
ただでさえ張りつめている状況にこの怒号だ、たまらず大声で張り返した。石田さんの胸を叩いて押し返す。私の手が痛くなるだけで、離してはくれない。
「あなたこそ、何かご存知では!!」
「知らん!!!」
気持ちのいい返答をありがとう!!!
「ちっ、もたもたするな、行くぞ左近!!」
無情に解放されて、しりもちをついてしまう。あー、息できる。斬られなくてよかった。
「魔獣どもが秀吉様に爪の一つでも立ててみろ、貴様もろとも斬滅してくれる――!!!」
「三成様!」
ま、魔獣のせいするかなぁ!? まだ分からないのに!
「っ柊さん! 直上にいる人たちの避難誘導お願いします!」
何起こるか分かんないし! あの人どこかで聞いているでしょう!
大声を区切り、駆け出した二人を慌てて追いかけた。
その先で対峙する想定外に、度肝を抜かれる。
――眼前にそびえ立つ、苔むした白い巨躯。
秀吉公はこれの一撃を受けて倒れ、竹中さんも膝をついている。石田さんは激昂しながら斬りかかるも、カウンターで打ち倒されてしまった。鉄砲玉のようだった。
私は緊張する心臓に必死で見ぬふりをし、辺りを見渡した。転がっている兵士たち。息はある。魔獣たち。息はある。死人はたぶん、今はまだ、出ていない。手が震える。動悸がする。呼吸が浅い。
閉鎖空間で暴れている、巨人を見上げる。こんなもの豊臣軍は管理していなかったはずだ。見せてもらった資料にもこの存在は記述されていなかった。駄目でしょう。この――レジギガス以外にも暴れているポケモンは、きのうまでここにはいなかった。駄目だよ。一体だれが、こんな、
『ッカナメ!!』
脳裡に突き刺さるジラーチからの警報。気づいたときには――レジギガスが、どうして私を狙っている。お前スロースタートはどうした。殴られたら、痛そうだ。ミンチエンドってなんだよ、下手なデッドエンドより酷くない?
視界の隅でモンスターボールが勝手に弾けてトレミーが飛び出してくるのが見えた。
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