しかし何も起きなかった
シロナさんに仕事を貰った。目的地は、テンガンざん頂上――やりのはしら。それと加えて、何か所か。時空の波長、を計測してきてほしいのだという。これは毎月必ずおこなっているのだそうだ。いつもはシロナさん本人や違う人がやっているらしいのだが、今月ぶんはどこの手も借りられなかったとのことで、あたしに白羽の矢が当たったそうな。
そういうことなので、山登りをすることになった。しかしあたしだけで行くのではなく、今回は飛び入りで同行者がいる。一人だと何かがあったときに危ないから、と偶然居合わせたその人も声をあげたのだ。あたし一応、頂上まで踏破したことあるんだけどな。この人は世話焼きらしく、ホウエンで知り合ったときから何かと構ってくることが多い。それ以前にも会ったことあるらしいから、そのせいかもしんない。申し訳ないことに、あたしは覚えてないんだけど。
険しい洞窟の中、あたしの一歩先を行く人は男性だ。
名前はルドベキア。すこし長いので、縮めてルディさん。背が高くて、黄緑っぽい金髪に緑色の眼をしている。国際警察と契約しているポケモンレンジャー――それもトップレンジャーなのだというなんかいろいろすごい人だ。年齢は、今年で三〇になるのだと言っていた。出身はホウエン地方。でもカロスか、イッシュあたりの血でも入っているんじゃないかな。元はトレーナーで、レンジャーとしてはアルミア地方で学んだのだそうだ。
ポケモンレンジャーは、キャプチャ・スタイラーって道具でポケモンの気を静めて、力を借りる職業だ。なので手持ちは持っていないことが多いのだが、ルディさんは何体か連れている。トレーナーカードと併せて申請して、そうしている人も多いんだって。
「ルディさんって、ここ登ったことあるんでしたっけ」
登り始めて一時間ほど。ふと気になって口に出すと、彼は前を向いたまま「いいや?」と応えた。マジでか。
「だから驚いているさ。話には聞いていたが、それ以上に険しいな」
ミラの控えめなフラッシュで照らされていて見える、涼しい横顔で言う。フラッシュの規模は野生のポケモンを気遣ってのことだ。
「ホウエンのえんとつやまも、ここまではないさ」
「あっちはロープウェイ走ってますしね。テンガンは……トージョウのシロガネとイーブンかなぁ」
「シロガネ山は、年中雪が積もっているそうだな」
「はい。あたしはトージョウ間渡るだけだったんで頂上まで行ったことはないんですけど、滝見るだけでも充分キツかったです」
「リニアを使えばよかっただろうに……」
はは、と震える笑い声は半ば呆れを含んでいる。アサギからふねも出ていたろう? と続けられた。
「出てますね。金欠だったんで、山登りました」
あの頃は手持ちに、空を飛べるラノがいなかった。アサギにまで引き返すのも億劫だったし、冒険心も騒がしかったから滝越えを選んだのだ。
ふは、と空気がまた振動した。
「道理で君が、息切れ一つしないわけだ」
「へへっ。ルディさんもめっちゃ体力ありますよね」
やっぱポケモンレンジャーって、体力あるんだなぁ。改めて感心したし、尊敬する。
それはありがとう。ルディさんは素直にまた笑った。
「足手まといになるかなってちょっと思ってて、すんませんでした」
「気にしていないさ。べつに私は、足手まといではないだろう?」
うん。あたしは頷いた。
「頂上まで、競争してもいいくらい」
「それは……冗談だよな?」
「へっへへへ。ジョーダンですよ」
「……いや、違うな。君は半分ほどは本気だった」
神妙な声で察された。バレたか。
やりのはしらについた頃には、日が暮れていた。晴れている天を仰げば、これでもかと言わんばかりに星が敷き詰められている。ひとつくらいちろりとこぼれ落ちてきても、不思議じゃない。
パルキアは――いないな、やっぱり。
「……寒いな」
「寒いっすね。ヤベェさっみぃ」
ホウエン育ちのルディさんに、この寒さは厳しかろう。洞窟内部が、風はなくて湿り気もあってあたたかかったから余計にだ。
終わらせてすぐ戻ろう。今夜はさっき目をつけておいた横穴で野営だ。ここよりはずっといい。
サムイサムイと声に落としながら、あたしは手のひらにおさまる機械を動かした。これの見方は覚えている。あらかじめ指示されていたポイントに立つ。
おそらくたいしたことはないでしょうけれど、念のためなの。そうシロナさんは言っていた。気楽な気持ちで数値を見守る。
「……んん?」
「どうした?」
「いや、なんか」
数字、おかしくて。唸っていると、横からヒョコリと同行者も機械を覗き込んだ。
「……安定していないな」
「ですよね」
事前に教えられていた状態とは、一線を越えている。数値と針は、不安定と安定を示す領域をふらふらと行ったり来たりしている。落ち着きがないなぁ。はっきりしてほしいんだけどな。
なんだろう、これ。どういう意味? 思わずルディさんと顔を見合わせるが、分からないものは分からない。
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