ノットファウンド
港町が好きだ。アサギシティで育ったからだろう。思い入れがあって、思うところがあって、だから暇を持て余しているときは港町の浜辺を訪れることが多い。
シンオウ地方なら、やはりミオシティがいい。ナギサシティの浜辺も嫌いではないのだが、あそこは一日中まちの灯りがきらきらしているから、少しばかり網膜にまばゆい。
海のそばは、特別だ。アサギシティのシキが生まれた場所。まだヒトデマンだった、ミラと出会った場所。
ミオの外れにある浜辺に来ている。平日の昼下がりなので人はほとんどおらず、砂浜を踏んでいるのは釣り人かあたしのような暇人くらいのものだ。
スターミーのミラ。デンリュウのモコ。プテラのラノに、ジュプトルのゼン。四にんも外に出して、たまにはぼんやり散歩と洒落込んでいる。
ミラとモコは波打ち際で遊んでいる。ラノも、いわタイプであるのにちょっとした水遊びは好きらしい。ゼンはきょうはそんな気分ではないのか、あたしといっしょにベンチに座っている。
「はい、ゼン。あげる」
ここに来る途中に買った、あんまん。半分に割るとほっこり甘い湯気が立ち上る。その片割れを差し出すと、ゼンは受け取ってちふちふと食べ始めた。火傷しないようにな。餡子、熱いから。
もう片方を口に含みながら、午後は何をしようかと考える。図書館で文献を漁るのもいいかもしれない。既知未知関係なく、古い話を読むのは好きだ。最初は故郷を探すためにやっていたことが、今では幅を広げてもはや趣味だ。
面白いし、楽しいんだよな。ポケモン神話。これはいつのことだったか、シンオウに言い伝えられているパルキア、という伝説のポケモンに興味を持ったことが転機だった。パルキアは、空間を司るのだという。もし会うことが叶ったのなら、故郷に連れて行ってもらえるようお願いできるかもしれないと希望を見たのだ。
シロナさんは、パルキアを見たことがあるらしい。ギンガ団という組織がシンオウで暗躍していたころのことだと言っていた。あたしも記録を手に取ったから、知っている。ある日突然、空中にへんてこな穴がいくつも現れたりした現象だ。あれはギンガ団の仕業だったらしい。それからしばらく、シンオウ各地では精神的に不安定な人が増えたのだと報道されていた。記憶がおかしくなったり、やたら憂鬱になったり、病気でもないのにいきなりそういう風になっちまったんだってさ。精神科を中心に、医療機関は相当てんてこまいだったみたいだ。
それはさておき、パルキアはテンガンざんで目撃されたそうだ。聞くなりあたしも登ったことがある。テンガンざんの頂上には、遺跡があった。でも肝心のパルキアはどこにもおらず、会うことはできなかった。
気づけばアサギシティに立ちすくんでいたあの日から、八年。故郷のことは忘れていく一方で、今ではもう覚えていることの方が少ない。住んでいたまちの名前は覚えていないし、両親の顔や声もあやふやだ。二人の名前だってそうだ。学校のことも、友達のことも、もう思い出せない。
それでもまだ、覚えていられることがある。あの日背負っていたランドセルが、故郷の存在を証明付ける唯一の品だ。中身もろとも、今は施設の物置にしまってある。絶対に捨てないでくださいね、と何度も頼み込んで、そうしてもらっている。
それから苗字。海野の氏も、あたしはまだちゃんと持っている。
くじら座のある、空の下。あたしの故郷に、ポケモンなんて生き物は、存在しなかった。
それが暗に、示していることを……ほんとうは、分かっているんだ。
寒気にあてられて、ぬるくなったあんまんを食べ終える。まだ開けていなかったカフェオレを飲むと、先に甘いものを食べていたせいか、思っていたよりも苦く感じた。
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