次は勝てました
海野シキという人間の経歴は浅い。出身はジョウト地方・アサギシティとなっているが、血縁関係はなし。施設育ちだもんよ。血縁なんてありゃせんぜ。
……本当は、違う。あたしには、秘密がある。これは限られたひとしか知らない、真実だ。
あたしにはお父さんがいて、お母さんがいた。帰る家だってあったし、小学校にだって通っていた。両親がいないことになっている理由は簡単ではあるのだが、複雑だ。今では誰にも信じてもらえないことが分かりきっているので、あたしはいつしかこの事実を心の奥底にしまい、厳重に施錠するようになった。施設の子どもたちにウソツキ呼ばわりされたことは、痛かったな。大人の人もきっと、頭の可笑しな子だと思っていたことだろう。
でも、本当だ。あたしには、ただいまと言える心からの居場所があった。くじら座のある空の下だ。それをどうしてなくしてしまったのかは、いまだに分からない。
小学二年生。八歳になる年だったある夏の日。学校の帰り、図書館で借りた星座図鑑の入ったランドセルを背負ったまま、あたしは気づけばアサギシティの浜辺に立ちすくんでいた。
「アサギシティのシキ」は、そこから始まった。
「きみねー、どうしてファクトリーに来ないの」
「ええ……」
バトルフロンティア。バトルタワーでの連戦に一区切りをつけ、昼食を取ろうとフロンティア内のポケセンにお邪魔している。ここのポケセンはあれこれ充実していて、食堂も広い。
そうやって日替わりランチだったカレーライスを食べていると、やって来たのはネジキだった。たしかに一報入れてはいたけど、フツーわざわざ昼飯時にツッコミに来るかよ。
ネジキもしっかりトレーにカレーライスを乗せている。めっずらし。いつもはファクトリーで適当に済ませているのに。
あたしの席の前にはデンリュウのモコが座っていたので、彼はその隣、つまり斜め前に腰を下ろした。あたしの隣にはジュプトルのゼンがいる。二人と四にんか。ネジキが来たらまた一気に密度あがったな。
「ファクトリーは午後から行く予定だった」
「あー、そうだったのか。てっきり朝からカチコミに来てくれるのかと思ってた」
「カチコミて。君はあたしを何だと……」
「敗戦連チャンフルアタ女」
「忘れろ」
昔の話でしょうが、昔の。お前午後見とけよ。ぜってー負かす。
「楽しみにしてたんだよ。シキが来るのは久しぶりだったし。九三パーセントってみてたんだけど……計算外れたなー」
「そいつは申し訳ない。事前に言っときゃよかったね」
「いーよいーよ。午後は勝ちに来てね」
「もっち」
適当に会話を切り上げて、カレーを平らげる。食後のデザートには杏仁豆腐を選んだ。モコがきらきらした目で見てくるので、白玉を分けてあげる。甘いもの好きだよな。
ネジキはビスケットをつまみながらブラックコーヒーを飲んでいる。すげーよな。あたしはまだ飲めない。ポチポチ薄い機械を触っているその頭では、午後からのバトルパターンを計算しているのだろうか。こいつ頭いいもんなぁ。
「……ネジキさぁ」
「んー?」
「PWTって知ってる?」
「何それ。たのしそーな響き」
ファクトリーヘッドの眠たげな眼がきらりと光る。マジかお前。鼻が良いな。
ファクトリーチャレンジはネジキにまで辿りついたものの、すんでのところで負かされた。ハァー、やっぱ強いなぁフロンティアブレーンは。あしたリベンジしよっと。
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