いつも通りの夜
胸を張って言うことではないのだが、あたしは根無し草だ。
ジョウトから旅を始めてからというもの、あっちをふらふらこっちをふらふらとしては落ち着きがない。自覚している。今でも手紙を送っている施設の人からは、そろそろどこかに根を下ろす気はないのと言われることもある。
その気がないわけじゃ、ない。ただ、なんとなく気が向かないのだ。
羽を休める場所をここと定める。それはまるで――故郷のことを、諦めることのように思えてきてしまう。だからあたしは、それをしないまま今に至っている。もうほとんどおぼろげなあの頃を、手放すことができないでいる。
各地を渡り歩けば、知り合いも増える。すっかり長い付き合いになった人もいる。ソウキくんも、その一人だ。
ファーストコンタクトはジョウト地方。スターミーのミラがまだヒトデマンだった頃に出会った。
カロス地方出身なのだという彼は、相棒にヘラクロスを持っている。名前はサイカ。ヘラクロス族の発祥がジョウトなのだと知ったソウキくんは、旅に不慣れであったのにも関わらずジョウト地方の土を踏んだのだ。もともと小さい頃に一度ジョウトを訪れたことがあって、そこでサイカと出会ったんだって。あの人少し気弱なところがあるのに、ときどきアクティブだ。
初めて会った場所はウバメの森だった。お互いに遭難しかけていたところ遭遇して、協力して森を抜けたのだ。以降は細々と交流が続いている。
ジョウトでの旅を終えたソウキくんは、カロスに帰った。あたしはそのままカントーに移動して、そこからは――会ってないな。メールや電話のやりとりばかりだ。旅先の話をするといつも楽しそうに話を聞いてくれるので、あたしも嬉しい。
≪プラズマ団のことがあったとき、シキちゃんもイッシュにいただろ。気が気じゃなくて心配していたんだけど、何事もなさそうでよかったよ≫
ポケセンで一息をついている夜。暇を持て余しているあたしが握るポケギアの向こうで、ソウキくんがほっと胸を撫で下ろしている。見てなくても分かるぞ。
「セーカクには何事かはあったけど、大事なかったって感じかなぁ。みんな返り討ちにしちゃった」
≪ああもうそういうの。聞いててはらはらするんだってば。……無事でよかったよ≫
室内に備え付けてある電子ケトルからパチリと音がした。お湯が沸いた報せだ。ポケギアを持ったままケトルを取って、エネココアパウダーの入っているマグカップに注ぐ。
「そーいえばさぁ、手紙届いた?」
≪うん! 届いてるよ。写真ありがとう。ええっとそうだ、一個訊こうと思ってて……これすごいなぁ、なんてポケモン? 若草色の、四足の≫
「えーと、ビリジオンかな。準伝」
≪め、珍しいの?≫
「うん。たまたまカメラに入ってさ。ベストショットっしょ」
≪うん。きれいなポケモンだねぇ≫
なんかいるなぁと思って見てみたら、写真に入っていたビリジオン。あたしも見直していてびっくりしたんだよな。ばっと顔を上げたときにはもういなかったのが心残りだ。
≪……シキちゃん、今どこにいるんだっけ≫
「ん? シンオウ。キッサキシティ」
≪シンオウかぁ。……寒い?≫
カーテンを少しだけ開けて、窓の外を見る。天気予報でも言っていた通り、今夜は荒れそうだ。
「めっちゃくちゃ寒ぃよ。雪積もってるよ」
≪風邪ひかないようにね≫
「うん、あんがと。で、イッシュの話に戻るんだけど」
≪うん≫
「二年後? くらいにでっかいバトルイベントがあるんだって。ジムリーダーやチャンピオンも集めてさ」
≪へえー≫
「ソウキくん、いっしょ行かない?」
≪ええ……よしとく……。ぼくバトル弱いし≫
「サイカに怒られるよ」
≪すごい抗議されてる≫
ふふっ、とスピーカーの向こうで空気が震える。さらに奥のほうでぎぃぎぃと鳴き声が聴こえた。そんなことないよ、と憤慨するヘラクロスがまぶたの裏に容易く浮かんで、あたしも笑う。もっと自信持てばいいのにな。ソウキくんは弱くないよ。なんていったって、メガシンカの後継者だ。
「あーそうだ、メガシンカだ」
≪えっ? 何≫
「あたしその内カロスに行こうと思っててさ」
≪ほんと!? いつ来る!?≫
「いつだろ……しばらくあと。はっきりとは決めてないや」
≪そっか。ね、よかったら会おうよ。予定開けとく≫
「オッケー決まり。じゃあ追々詰めてこ。今日はもー寝る」
≪わかった。じゃあ、おやすみ≫
「おやすみー」
通話を切る。カーテンをもう一度めくると、外は吹雪いてきていた。今夜は冷え込みそうだ。暖房チェックして、湯たんぽも入れちゃうか。
実はカロス地方には、まだ行ったことがなかったりする。楽しみだなぁ。あっちにも遺跡あるって、聞いたことあるんだけど、ソウキくん何か知ってたりするのかな。
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