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まだ見ぬ夜も怖くない

 シント遺跡を経由して、人知れず訪れることができた場所は――よく分からない。
 調べてみたところ、ここにはもともとポケモンはいなかったみたいだ。……過去形だ。なぜって、近頃より、突然現れるようになったらしい「魔獣」なる生き物は、間違いなくポケモンだ。
 魔獣という呼び名自体は、初耳ではない。その昔、モンスターボールが開発されるよりずっと前には、人はそういう文字並びでポケモンを呼称していたころもあった……と古代の記録には残っている。
 ここではポケモンは魔獣で、けれどあたしたちの当然とは違って身近ではない。あたしたちとは感覚が一線を画しているらしい人々は、魔獣を畏れ、拒んでいるようだ。
 ここは、あたしがいた場所のはるか過去であるのだろうか? 自然とそう思ったが、どうやら違うらしい。
 この地に暮らす人々は、みなエンジュシティで見かけるような身なりをしている。舞妓さんとか、歌舞伎役者とか、その辺りを思わせる格好だ。だから最初はジョウトかカントーのどこかなのだろうと推測していたのだが――違った。
 ここら一帯はオオサカ、というのだという。ヒノモトという大陸の、オオサカという国であるらしい。国のトップはトヨトミ・ヒデヨシ。変わらない青空とは裏腹に見慣れない星空には――驚くべきことに、あたしの記憶にうっすらと残っている星座がある。
 生活水準は……向こうと比べると低い。ガスと電気、上下水道も通っていない。主な燃料は炭と、木材? 主食はコメっぽい。光源は日光と、火頼りらしい。
 乱世のご時世、であるらしいよ。今は比較的情勢は落ち着いているらしいけど、ヒノモトの世は戦国! なんだって。このあいだ降りた人里で聞いた。物騒だよね。これを聞いて初めてちょっとおののいた。戦争がリアルタイムって、嫌だなぁ。
 あたしはここを、「異世界」だと仮定付けることにした。そういった概念自体に抵抗がないことは、不幸中の幸いだ。でも別に、あたしの故郷ではないんだよなぁ。故郷の文明と生活水準は、あっちの世界寄りだったことを覚えている。
 ポケモンを知らぬ土地。古代の文献にも載っていない、見知らぬ文明と、知識にあるものとは似て非なる文化。
 ある日唐突に出没するようになったらしい魔獣たちは、遭遇するたびに気が立っているようだった。
 これは直感なのだが――ここで、間違いないだろう。この世界に、ソウキくんもいるはずだ。

 ……聞き込みがしづらいのは、密かな悩みだ。
 異世界に来訪して、今日で一週間。
 ポケモントレーナーはここではさしずめ「魔獣使い」とでも呼べるものなのだろうが、いかんせん世論では魔獣は忌むべき害獣なのだという偏見が強い。無暗にそれを名乗っては、あたしの立場が危うくなる。
 この七日間は密やかに行動した。プテラのラノで飛行偵察に乗り出さなかった初日のあたしは本気でえらい。
 無人だったシント遺跡から、おそらくはあのとき発生したひずみに巻き込まれた形で渡航は叶った。直後は緑豊かな森の中に突っ立っていた。その森林地帯の良さげな箇所を野営地として、今はひとまずの拠点としている。長旅になるかもしれないとは察していたので、事前にキャンプ用品を始めとしたあれこれは買い込んでおいた。寝泊まりに困ることは当分ない。

「うーん」

 時間帯はとっぷりと日の暮れた夜間。掘った穴に焚いている火の熱を感じながら、声に出して唸る。
 これからのことを考えていた。この世界の土台情報はおおよそ把握できた、と思う。ルーズリーフのメモを睨みつける。
 数日歩けば、この国の都に辿りつけるらしい。オオサカ城。国主のトヨトミ・ヒデヨシがおわすのだという場所だ。その人からの協力を、仰ぐことはできないだろうか。仮にいい人だとしてね。王様ならあたしみたいな異邦人の情報も入ってきてるんじゃない? と大雑把に連想したわけだ。覇王って呼ばれててすげぇ強いって聞いたんだけど、どのくらい強いんだろう。シロナさんのガブリアスより強いのかな。すごく頭の良い人もいるらしい。タケ……なんだっけ。忘れちゃった。ネジキみたいな人かなぁ。
 この世界では、人間が武器を手に取るのだという。元の世界には……滅多になかったよなぁ、そんなの。人によっちゃポケモンが武器、になるんだろうけど。
 ふと茂みが擦れ合う音を耳にして顔を上げる。闇の濃い空間から出てきたのは、散策に出ていたジュプトルのゼンだった。どこから見つけてきたのか、手にはオボンのみを握っている。

「おかえり」

 ゼンは浅く頷いて、こちらにオボンをひとつ手渡した。残りを隣にいたモコ、ミラ、それからラノに、と渡していく。
 夕飯後のデザート代わりにとでも言わんばかりにむしむしかじりつくデンリュウを見て、あたしもオボンに歯を立てた。
 したいようにするしかないのだから、頭痛の種もとりあえず横に置いておこう。

 意外に不安が遠いことは、幸いだ。独りではなくて、よかった。





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