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「#寸止め」のBL小説を読む
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あしたは来ない

「これが、「消えた」人々の名簿だ」

 あれから一週間。シンオウ地方・コトブキシティの夜。現在地はポケモンセンター、ここはルディさんが借りている宿泊用の個室だ。
 ルディさんが操作しているノートパソコンを、横から覗き込む。
 明るい画面に映し出されているのは、きれいに纏められているリストだ。仕事用のデータベースにアクセスしているらしい。

「……多い…………」

 カロスとシンオウだけでは、ない。届け出が一番多いのはシンオウのようだが、それ以外にも各地に該当者が出ているというのは本当みたいだ。疑っていたわけではないけれど、こうして機械的に並べ立てられた物があると分かりやすい以上に、異様が過ぎる。総合しても一〇〇人は行っていないけど――それでもこれは、異常だ。

「別のタブを見ればわかるが、ポケモンはもっとある」
「……トレーナーのポケモンだけではないんですね」

 ああ、と頷かれる。野生、非野生、お構いなくだ。
 テーブルの上に、横からスッとマグカップが二つ差し出された。コーヒーが湯気を立てている。あたしのぶんには、ミルクと砂糖がたっぷりだ。

「ありがとう、サーナイト」
「気が利くなぁ……ありがと」

 入れてくれたのは、ルディさんのサーナイトだ。この人の手持ち、あとはチルタリスとサニーゴがいたっけな。
 話を戻そう。各地に出ている行方不明者のことだ。
 カロスの欄に「ソウキ」の文字を見つけて、にわかに気が立つ。
 ここに載っている人にはみな共通点がある。「目撃者がいる」のだということだ。ここまでのあいだに、ソウキくんの目撃者も見つかっているから彼はこの欄に名前が刻まれた。
 このリストにある人々やポケモンを最後に見た人は、みな口を揃えてこう言っている――「まばたきをすると、目の前から消えていた」。それはもちろん、テレポートのわざによるものではない。
 警察やポケモン協会は、この異常事態を世間に公表していない。無暗な混乱を避けるためだ。明確な解決策がない以上、やたらとおおっぴらにしてはいけないと判断したのだという。彼らは動いていないのではなく、動きようがないのだ。考え続け、動いてはいる。それはルディさんを見ていても分かる。現に今は、この事件の調査が主要任務であるらしい。

「私はあのあと、またチャンピオンと連絡を取ったが」

 喋りながら、そばに置いてあった未開封のビスケットをすすめられる。わーい。

「シロナさんと?」
「そうだ。時空波の乱れが気にかかっていたからね。再計測を試みた」
「ま、また登ったんですか。テンガンざん」
「登った」

 ルディさんは自分のぶんのビスケットを開封しながらあっけらかんと言った。入っている二枚の内一枚を、サーナイトに譲る。
 マジでか。登ったんすか。それも仕事でか。やべーなこの人。あたしは山登りも遺跡も好きではあるけど、短期間にあそこを何度も行き来しようとは思わない。

「そうしたら、こちらも不安定どころか異常値でな。それも、やりのはしらだけではない。どうやらシンオウから波紋上に、視認できないひずみが広がっているらしい」
「……それって」
「うん。因果関係はある、と私は思う。上もそう思っている」

 コーヒーを一口飲んで、彼はさらに紡ぐ。

「シンオウチャンピオンも、研究者も、総出で調べてくれている真っただ中だ。私も現地調査の仕事を預かっているが、好転は……なかなか難しいな」

 ほんとうに、悔しいのだろう。冷静は気取っていたものなのか、レンジャーの顔にうっすらと影が浮いた。苦痛の色すらある。他人のことなのに、この人はよくこうやって人のことに心を割く。優しい人だ。気苦労が多そうだ。あとで胃腸薬買ってきてあげようかな。

「シロナさんは、伝説のポケモンのことなどを言ってはいませんでしたか?」

 時空、となると疑念はそちらに向く。ディアルガと、パルキア。

「言っていた。会議でも出ていた。ギンガ団のこともあるからな。しかし、ギンガ団は事実上解散している。ロケット団のように残党が動いている様子もない。それに――」

 それに?

「肝心の伝説との、接触が厳しい。早々会えはしない存在だ。こればかりは……調べようが、ない」

 実に言いにくそうに区切って、彼は短く溜息を吐いた。

「……会えはしなくても。行くことができるなら、あたしはそれでいいです」

 重い空気に、意思をひとつ。目をつむって眉間に谷を作っていたルディさんが、子どもを宥めるような目であたしを見る。

「……それは」
「行きますよ、あたし」

 行けますよ。根拠もないし、方法もわかんないけど。これは胸の内に綴じたまま、じっと見返す。

「駄目だ。帰ってこられないかもしれない」

 笑わないんだな、と思った。
 どうやって? とか。できるわけない、とか。無駄、だとか。突き放して否定できる言葉はいくらでも持っているはずなのに、ルディさんはそれを口にしない。

「帰ってきた人が、今のところいないだけです。前向きになりましょう。あたしは自分で、望んで行くんです。なら自分で、帰って来られないわけがない」

 なぜって? 八年前とは、違うんだから。それだけ。でも、大事なことで、強いて言うならこれが根拠だ。

「…………。今夜はもう、部屋に戻りなさい。あしたまた、話をしよう」

 穏やかにかけられた声。だけど、もう決めた。あたしは譲らない。





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