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「#年下攻め」のBL小説を読む
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バカ丸出しじゃねーか

 俺だアサギだと叫ぶ空気なんてなかった。レッドの淡々とした指示に応える手持ちポケモンたちによる攻撃、攻撃、攻撃というかこれもうただの俺らに対する暴力だ。
 マジでこんなところにいやがった、何故ここまで冷淡に攻撃してくるんだと戸惑うしかない俺たちは、容赦のない相手に追い詰められるしかない。後ずさるのを余儀なくされ、気づけば背後はもう吹雪だった。この中に放り出されるのは嫌だな、本当に。
 最後に見たレッドの手持ちは何だったか。ピカチュウ、フシギバナ、リザードンと倒して恐らくあと三体。対して俺の手持ちはもうカブトプスだけ。ヘルガーもクロバットもフシギバナもマルマインもとっくに倒されてしまっていてあとがない。しかもカブトプスもピンピンしているわけではなく、荒い息でレッドの相方たちを相手していた。こりゃ負けるな。俺の心理的な問題があまりにも露骨に反映されてしまっている。
 敗北はもうすぐそこにまで迫っている。ほら、レッドのカビゴンがとどめの一撃をカブトプスに――ずぅん、と相棒が力尽きた。ぷつん。耳の奥で何かが切れる音がする。

「……」
「…………お前……マジで……ふざけんのも大概にしろよ……?」
「……?」
「人の話は聞けってよォ……昔っから言ってたろぉがゴルァあァ!?」
「っ!?」

 もう知らん。もーう知らん。
 雪山登山で疲れきっていたところに奇襲、暴力に混乱……とわけのわからない展開についていけなかった頭が、カブトプスが倒されるのと同じくしてようやく落ち着きを取り戻した。のと同時にキレた俺の堪忍袋が告げる。「もうこいつ何が何でも殴るわ」と。
 解き放った最後の一体は一度もバトルに出したことがないミュウツーだった。突然の登場にも関わらずミュウツーはとっくに状況を理解していたらしく、その念動力で強引にカビゴンをねじ伏せる。

「カビゴンッ!? そいつ、は――なんで」
「させるか、ミュウツー!」
「みゅうっ!」
「あっ!?」

 カビゴンを戻し五番手を繰り出そうとしたレッド、それを阻止すべく俺が命じればミュウツーは念動力でレッドを縛りホルダーの六つのモンスターボールを遠く離れた場所に弾き飛ばした。かつーんとボールが跳ねて転がり、念力から解放されたレッドが尻餅をつく。この世の終わりでも見てきたかのような目でミュウツーの見上げるその顔といったら見ものだった。殴りたい衝動が収まる程度には滑稽で、俺は思いっきり幼馴染を鼻で笑い「無様だな」と言ってやる。

「というかなんだよお前、ひでぇ面してんな。寝不足か?」
「……え?」
「……よっす、レッド」
「は……アサギ……?」
「そうです俺です。いやはやまさかこの瞬間までその答えに行き着かなかったのか甚だ疑問なんですが……って、えっ」
「……う、ぁ」
「――なんで泣いてるの、お前」

 あまりにも突然のことだった。さっきまであんなにも俺に殺気をびしばし向けていたレッドは、顔をくしゃくしゃにして涙やら鼻水やらを流していた。なんだよこれ、俺お前に何かしたか? まだ殴ってすらいないぞ、殴っていないのに泣くのは卑怯なんじゃなかろうか。
 イラッとしたものの俺も鬼ではない。昔のように首をもたげた父性的なものに身を任せ、レッドの顔面にタオルを押し付けた。早く泣き止んでもらわなきゃ話も出来ない。ミュウツーの二人顔を合わせて肩を竦める。

「なんで、アサギが、ここにいるんだよ」

 しばらくして、高ぶった感情が落ち着いたらしい赤野郎はまず最初によりにもよってそんなことを言いやがった。鼻水じゃなくて鼻血を流させてやろうか今すぐに。苛立ちを押し込めて眉間を押さえ「お前を探しに来たんだよ。わざわざ、ここまで」と教えてやる。するとレッドは目を見開きアホ面で「えっ」と声を出した。ふざけているのかお前は。

「えっじゃねーよえっじゃ。無言でいきなり行方くらませて、お前何をしでかしたか自分で理解しているのか、なぁ。一年もの間行方不明ですよ。おばさん一時期メシも喉通らなくなってさ、警察やらマサラの人間やらグリーンやら、みんなでどれだけ必死こいて探し回ったと思ってんだ。そんでようやく手がかりを見つけたと思ったらシロガネ山! シロガネ山ってもう本当、ふざけてる以外の何者でもないよね、えェ?」
「……頼んでないよ」
「は?」
「探してくれなんて、ぼくはアサギたちに頼んでない。帰れよ、アサギ――!?」

 殴った。ついにやっちまった。俺のしでかしたことに自分で気づいたのは、レッドをぶん殴った拳がじんわり痛みと熱を持ってからで。無意識の内に詰めていたらしい息を一斉に吐く。何も考えていなかった。もう一発殴りたい。というかまだ殴っていいよなこれ。
 そう激情に駆られながらもそれを行動に移さなかったのは、レッドの目があまりにも怯えていたからだ。こいつだけじゃなく、ミュウツーだって驚いている。俺、そんなに今怖い顔してるか、グランブルもびっくりか。

「頼まれてなくても、さぁ」

 あ、俺の声震えてる。そこに込められている感情は俺のものなのによくわからない。

「大事にいるやつをさ、いきなりいなくなってよ、心配して探すって……当たり前じゃ、ないのかよ」

 レッドの瞳が揺れる。口をへの字に曲げて、また泣きそうな面で、奴は声を張り上げた。

「そ――んなことされたら! 意味がないだろ!? ぼくが何の為にこんなとこまで逃げてきたのか!?」
「知るかよ知らねぇよ初耳だわ」
「巻き込みたくなかったんだよ!!」

 一際鋭くレッドが絶叫した。

「ロケット団の残党が! 母さんや、博士やリーフや、グリーンやアサギ――みんなを傷つけるかもしれないって! ぼくが潰したあいつらが、ぼくを狙ってお前らにも危害加えるかもって、そう思って、言われて、だから――誰が、誰がこんなところにひとりで暮らしていたいだなんて思うんだよ!?」

 「それなのに」ここまで言う頃には、レッドの目からはまたぼろぼろと雫があふれ出して、乾いた地面を黒く塗らしていく。

「――なんで、見つけて、追いかけてくるんだ、よぉ……!」

 なんじゃそら、と今度は俺があっけにとられる番だった。
 ロケット団の残党からの恨み辛みに俺たちを巻き込みたくなくて、だからたったひとりでここまで逃げてきた。そうして逃げて逃げ続ける日々は、一体どれだけ過酷なものだったのか、想像もつかない。ただ一つ、はっきりしていることは、

「お前、正真正銘の馬鹿だったんだな」
「うる、さい……帰れよ、お前もう帰れよバカぁ!!」
「帰らねーよこの猛吹雪で降りろとか鬼か。
 レッド、お前何、そうして格好いいことしてるとでも思ってんの? アホか、ガキが何強がってんだ。あのさ、俺そういう自己犠牲だとか、醜いものを綺麗に飾り付けるの嫌いなの。マジで嫌い。鳥肌が立つ」
「だからぼくだって好きでこんなことやってるんじゃ――」
「じゃあ何で周りを頼らなかった」
「え――」
「必死が行き過ぎてバカ丸出しじゃねーか。傷つけたくなかった? ボケ、俺たちはそんなにヤワじゃない。何の為の警察だ、何の為のポケモン協会だ、ダチだ。あ?
 思いつめすぎなんだよお前、相談しろよ。誰もお前にそういう犠牲なんか強いてねーんだよ」

 「俺の言いたいことわかる?」レッドの目を見てまくし立てる。苛立ちやら怒りやらはとっくになりを潜め、代わりに沸いて出たのは呆れだった。

「見てられねぇ顔しやがって、さっさとその面どうにかしろ」
「う……」
「言いたい事があるなら全部聞いてやる。昔からお前とグリーンの後始末任されてたのは誰だと思ってんだ。俺だよ。
 ほら、早くマサラに帰ろう」

 レッドはもう、何も言ってこなかった。
 一件落着か? ロケット団より手こずらせやがって。修羅場なんて経験したくなかった。そしてミュウツー何故お前は胸に手を当ててドギマギしてるんだ。初めての修羅場はそんなに緊張するものでしたか。
 さっさとグリーン連絡を入れようとポケギアを取り出す。あっそういやここ県外じゃん。

「ここ電波入ってないけど、アサギバカ?」
「うるせぇ黙れもう一度殴られたいか」


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