ひぐらし | ナノ
×
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


八つ当たり、しないでくださいよ

 トージョウの滝を経由して辿り着いたジョウト地方は、確かにまだうっすらの段階ではあるものの、薄暗い影を背負っているように見えた。
 事前に連絡をとっておいたオーキド博士の助言でまずウツギ博士を訪ねた俺は、先日ウツギ博士の元から旅立ったというヒビキ、コトネという二人の少年少女と、研究所のポケモンを盗んだという少年のことなど、いくつかの情報を仕入れてから本格的にジョウト探索に乗り出した。
 カントーと同じように、ジムリーダーを潰しつつくまなくレッドの影を捜す。たまたま鉢合わせたロケット団の連中をシメて、レッドのことを聞き出そうとしたりもしたが、俺の知りたいことを持ち得ている奴はいなかった。
 定期的に連絡を交換しているリーフの方も手がかりを引っかけることはできずに、もはや八方塞がりになりかけているのが現状で。八つ当たりのようにロケット団の悪事を阻む日々が続いた。
 そんな最中出会ったのは、ウツギ博士から話を聞いていた、ヒノアラシを連れて故郷を発ったヒビキという少年だった。ロケット団の事件を解決した際に知り合い、事情を話すと力になりたいと名乗り出てくれたので連絡先を交換して、ポケモンバトルもした。
 ヒビキのバトルスタイルはどことなくレッドに似ていた。楽しそうで、真っ直ぐで、ポケモン達への揺らがない信頼が夢を持ち輝く目に煌めいていた。勝ったのは俺だったけれど、ヒビキは笑顔で「ぼくらなりに努力して、次は勝ってみせるんで、またバトルしてください」と言った。
 それを見て、俺は。少し焦りすぎていたのかもしれない、と自分自身を省みた。たまには息抜きも必要だろう、と休むことを意識しつつ、再びレッドを連れ戻すという決意を確認する。
 俺なりに、俺の歩みで。少しずつでもいいから進んでみればいいじゃないか。

 そうして俺は慎重に、冷静にジョウトを巡る。ジョウトのバッジを全て手に入れる頃には、ジョウトにはびこっていたロケット団はヒビキたちの手によって再び壊滅へと追いやられていた。
 それでもレッドの手がかりは見当たらない、とヒビキからも知らされて、いい加減に限界を感じてきてしまう。
 ヒビキは次に、カントーを回るらしい。リーフはようやくグリーンからバッジを受けとり、ジョウトに来るそうだ。そして、俺は。

「……一度、マサラに帰ろうか」

 いい加減に。少し、疲れて。
 心のどこかで、レッドのことを諦めかけている自分に気づく。もっとも、そんな自身に驚くことはなく、ただ、そうか、と納得した。
 リーフとグリーンに、オーキド博士などに連絡を入れて、俺は久しぶりに故郷の土を踏みしめる。

「ひっでぇ顔」

 俺の顔を見るなり、しかめっ面でそう言ったグリーンには言い返す気力もなかった俺は、苦笑いして「うるせ」と返す。
 あれだけ豪語していたにも関わらず手ぶらで帰ってきた俺を責める人間は誰もいなかった。おかえり、お疲れ。聞きなれた暖かな言葉たちが疲弊した心に染み渡る。
 同時に罪悪感となんとも言えないやるせなさを覚えた。ああ、なんだか、やっぱりなぁ。時間が経つというのは、残酷で。いつの間にやらレッドは、いないことが当然になってしまっているのだ。

「ちょっと、疲れたから、しばらく休むわ」
「おう、お疲れ」
「……あのさ。目撃情報とか聞いたら、即行で教えてくれな」
「……中々諦め悪いよな、おまえも」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてねーよ」

 俺が決めたことだ。諦めを覚えかけてはいるが、それでもすべてを手放したくはなかった。それは使命感だとかそんなかっこいいものではなく、泥に汚れた意地汚い俺の、唯一最後に残った悪あがきのようなものだった。

 マサラに帰ってきてからの日々はとてものどかで、生ぬるい平穏が続いていた。
 親やオーキド博士の仕事を手伝ったりしながら時間を潰す、この上なく平和な時間。
 その穏やかさたるや、ミュウツーの瞳に少なからず滲んでいた荒みが清められていくかのような。
 オーキド博士がミュウツーのことを知っても、その固体の自由を尊重してくれていたこともあり、ミュウツーは俺の故郷に心地よさを感じてくれているらしかった。

 そんな折。一通の電話がポケギアに届く。
 けたたましく鳴り響くそれを手に取り通話モードにする。相手はヒビキで、紡がれる言葉は掠れ、緊張を孕んでいた。

≪あの、ぼく、見たかも、しれないです≫
「……うん?」
≪赤い服に、茶色の髪に。レッドさん、見たかも。というか多分、戦った≫
「…………はあっ!? ま、ちょっ……どこで!?」
≪シロガネ、山≫
「シロガネ山ァ!? ばっかお前、あそこは人間が快適に暮らせるような土地じゃっ――」
≪ホントなんですって! シロガネ山探索してたら人影見つけて、何だろうって思って近づいてきたらいきなりピカチュウ繰り出してきてッ……≫
「負けた、のか」
≪…………はい≫

 あの戦い方は尋常ではなかった、とヒビキは語る。
 すべてを拒む。誰も信じない。近寄らせない。無機質で、下手したならばトレーナーの命まで危険に脅かしてしまうほどの激しい戦い方。敵わなかった。たまらずに逃げ出してきたのだと。
 そんな馬鹿な。そう思いはしたものの、ヒビキの知る情報はオレの知るレッドのすべてが一致していた。手持ちも、見た目も。
 何があったんだよあいつに。ポケギアを握る手に力が入る。無言になった俺の様子を伺う声に、口を開いた。

「……わかったよ。ちょっと俺もシロガネ行くわ」
≪ええ!? 止めといた方がいいですって! 死にますよあなた!≫
「大丈夫、俺はお前より強い」
≪ぐっ≫
「あと、約束してるし。あいつをぶん殴って連れ帰ってくるって」

 話を聞くなり再び燃え始めた意志に逆らうだなんて、野暮な真似はしたくない。

≪……違ってもぼくに八つ当たり、しないでくださいよ≫
「ハッハ、そりゃあその時になってみらんとわからんなあ」


表紙

top