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奇怪な果実

 小十郎の畑に妙なものが生えた。得体が知れないし魔獣の仕業かもしれないし、身に覚えのないものの発生に小十郎が殺気立っていて気が気じゃないので即急米沢城に来てくれないか。
 魔獣使い宛にある日小田原城に届いた文。その執筆者は伊達政宗。よほど焦っていたのだろうか、走り書きされたらしく毛筆のあとが荒々しく残るそれを眺めたヨウは気だるそうに溜息を吐く。
 妙な植物って言ったってね、魔獣使いは便利屋じゃあないんだよ。あとこれ、もしかしてなくてもあの人片倉さんが怖いだけじゃあないか。
 そんな文句は現地で思う存分に言ってやろうと彼女は単身ゴルーグに乗り込んだ。
 春の足音が近いここしばらく。魔獣問題に関する嘆願書も以前と比べたら増えてきていて、その対応にヨウたちは追われている。他国の要人を贔屓するわけではないのだけれど、対応を遅らせたら独眼竜はやかましいだろうし。解決にあまり人数は割けないし。本当に魔獣だったら確かに問題ではあるのだし。多々考慮の上で仕方ないので私一人で行ってきますね、と彼女はジラーチと柊に手を振った。

「よく来たなヨウ! 待ちくたびれたぜ!」

 場所変わり米沢城城門。毎度のごとくテンションハイに出迎える政宗とは裏腹にヨウの目は少し死んでいた。申し訳ないが自分も暇ではないので先を急ぐよう頼む。政宗は自身も城主としてそのあたりの忙しさは熟知しているからか気を悪くした様子もなく、ヨウを城内へと招き入れた。

「こっちも魔獣へのCorrespondence(対応)に追われててな。魔獣使いみてぇなProfessionalがいないとなると、遠ざける以外に打つ手がわからなきゃすぐに行き詰っちまう」
「今回のものは遠ざけることができそうになかったと」
「お前が落ち着く頃まで放置はできないこともなかったんだがな。場所が悪かったんだよ。わかるだろ?」
「……そっすね……」

 言う割には政宗の口調は軽やかだった。彼とて国主として民を第一と考える性分だからか、そういったものに対するストレスなどとは無縁なのかもしれない。若いから柔軟性もあるのだろうな、と思いながらヨウは城内を伺う。なるほど、小田原城と同じように以前訪れたときよりも確かに忙しそうだ。

「片倉さんの畑に妙なものが、という話でしたね」
「おう。小十郎の畑に手を出すだなんてな、とんだ命知らずだぜ」

 言いながら想像してしまったのか、それとも思い出してしまったのか。政宗は少し青い顔で身震いする。ヨウ自身強面の小十郎はあまり得意ではないのでちょっと帰りたくなった。

「Hey 小十郎! 見ろ、強力な助っ人だ!」

 やがて辿りついた小十郎の管理する畑。ひとまずは奇妙はものとやらは頑張って無視していたらしく、水遣りをおこなっていた小十郎は政宗の声にはたと顔を上げた。
 小十郎と目が合う。ヨウがなんともいえない気持ちで会釈をすると、彼は政宗に向けてやや咎めるような目を向けた。

「政宗様……わざわざ魔獣使いをお呼びになられたのですか」
「お前が例の木を刈りたくて仕方がないって顔をしてたからな。判断を仰ぐにはこいつが一番手っ取り早いだろ?」
「ハァ……小田原からわざわざ悪いな、日暮」
「いえ、これも仕事ですので。それで、その奇妙な、木? というのは」
「あれだ」

 びしっと政宗がしゃくってみせた先に視線を寄せる。
 そこには伸び伸びと枝を伸ばし、爽やかな黄緑色の葉を茂らせている木があった。もっといえばそれは実をつけている。たわわ、とまではいかないが、桃に似た実を重そうにつけて枝をしならせていた。
 なんだ。魔獣じゃあないじゃないか。てっきりウソッキーやらオーロットやらドダイトスを想像していたのに。

「……そ、そんなにやばいもんなのか」

 木を見やったまま閉口を維持する魔獣使いに不吉なものを感じてしまった小十郎はこの世の終わりのような顔をしている。
 我に帰ったヨウは咄嗟に「いや」とかぶりを振った。「そもそもあれは魔獣じゃありません」と続ける。

「木ですね。魔獣たちの故郷にある、ただの木」
「…………」
「…………」
「……いや。違うだろ」

 つかの間の沈黙を割いたのは政宗だった。

「ただの木が一日二日で生えてきてたまるか! 絶対にただの木なんて言葉で済ませられるもんじゃねぇだろあれ! 魔獣使いでも誤魔化していいことと悪いことがあんぞおい!!」
「なんにも誤魔化してませんけど!? あんた魔獣と魔獣使いに期待し過ぎだよ!! 世の中の珍妙なもん全部魔獣認定されると思ったら大間違いですぞ!?」
「うそだ信じねぇ。んな短日数で育つ動植物なんざあってたまるか! おい小十郎お前もなんとか言ってやれ!」
「片倉さん、落ち着いてくださいね。私嘘なんて言ったませんからね。もっと言うならあれはあなたの畑に害もありませんからね。望まれるならこちらで撤去しますけど」
「…………」
「…………小十郎?」
「――お」
「「お?」」
「俺の丹精込めた畑の隠された力が覚醒したとでもいうのか……!?」
「小十郎ォォオオオ!!」

 驚愕・混乱を極め、脳みそが銀河を超えた右目に独眼竜は絶叫し、片倉さん途中から話聞いてないじゃんとヨウは両目を片手で覆って空を仰ぐ。帰りたい。
 その場を正常にするのに一五分程の時間を要した。どうして魔獣関係ないのにこんなに疲れなきゃいけないんだろう。
 酷い疲労感を感じながらも彼女は魔獣の世界の一部の木について簡単に解説をおこない、政宗たちを連れ添い問題の木へと近づいた。幹に触れれば確かな存在感が感じられる。一日二日で育つものといっても手を抜いた人工物のようにやわな出来というわけでもない。立派な一本だ。

「これはモモンですね。実は柔らかくて味は甘い。解毒作用があるので適当な毒をくらったときなんかにも使えます」
「Poison? 魔獣の毒か?」
「それ以外にもいけると思いますよ。前試したので」
「さしずめ毒を選ばない解毒剤か。忍びが聞いたら喉から手が出るほど欲しがるな」
「そうですね。でもこれは片倉さんにとっては不都合でしょうし、伐採という形でよろしかったですか?」

 あぁ、と小十郎が頷く。
 このモモンの木は、おおかた鳥の魔獣あたりが落とした糞から発芽でもして育ったのだろう。人の手を借りずしてここまで立派に育つことが出来たのは、それだけ小十郎の畑の土が良かったのだ。意図せずして竜の右目が畑に注ぐ情熱を感じることとなったヨウはさて、と意気込んでヘラクロスの入ったボールを放り投げた。
 近い将来、もしも小十郎がこれをきっかけに木の実に興味を持つようなことがあったりしたのなら。そのときは、もっと木の実について幅広くレクチャーしてみるのも面白いかもしれない。


【終】





(木の実の成長速度に驚く武将 )

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