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テーマ「推しとの恋」
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「最近多いね、ネット絡みの事件」

 毛利蘭の言葉に、江戸川コナンは顔を上げた。小五郎は用事で出かけているから、自分にかけられたセリフだとはすぐに分かった。
 テレビでは報道番組が流れている。近頃頻発しているインターネット犯罪の特集が組んであるらしく、蘭はそれを見て言葉をこぼしたのだ。
 「そうだね」と頷いて、コナンはテレビを眺める。脳裡では、連日起こっているネット犯罪のリストアップをおこなっていた。
 どこかの会社のホームページがまったく別の中身にすり替えられていただとか、実装されていたプログラムに覚えのないエラーが仕込まれていたりだとか。そういったことが偶然にも重なってしばらく人目を集めている。犯人はまだ捕まっていない。外国のハッカー集団から攻撃を受けているのではないか、といった噂も流れている。
 コナンとて気になりはしている。平成のシャーロック・ホームズと呼ばれる青年を本性に持つ少年だ、意識を向けてしまうのは半ば職業病といってもいい。
 だがいかんせん、ネット知識は専門外だ。ある程度なら備えているが、もっと深まったものとなると灰原哀のほうがよほど詳しい。
 現実世界で刀傷沙汰にまで発展していないだけ、不幸中の幸いだろうか。そうはいってもちらちらとした興味があることは自覚している。時間があるときに、哀に調べてもらってもいいかもしれない。……冷たくあしらわれるかもしれないけれど。


 米花町では殺人事件がたびたび起こる。事態の収拾のため働くのはもちろん警察だが、探偵職の人間が犯人を追いつめることも珍しくはない。
 この日起きた事件もまた、むごたらしい方法で殺害された被害者が出た。たまたま現場――図書館に居合わせていたコナンは、いつものように小五郎や見知った警部の陰で調査に奔走する。
 その過程で、彼は頭を抱えた。あと一歩で犯人をおおやけに晒すことができる。なのに証拠の入手がままならないのだ。
 コナンの前に立ち塞がっているのは、一台のノートパソコンだった。証拠品として突きつけたいのは、このパソコンに保存されていたはずのメールだ。それが削除されていなければよかったのだが、現実は厳しい。
 しかしそれならそれで、別の切り札を探し出せばいい。一度削除したファイルはもう戻ってこないのだから、惜しむだけ時間の無駄だ。
 コナンはメールフォルダを閉じて、元あった通りにパソコンをしまった。しまおうとした。

「何見てるの?」

 突然話しかけられて、肩を跳ねさせる。驚いて振り返ると、そこには一人の女が立っていた。手にはトランクを握っている。
 今回の事件において、容疑者の一人である人物だ。名前はたしか、小此木環といった。

「あ、ええと……ゲーム、ゲーム、何が入ってるのかと思って」

 適当な理由を繕うと、環は怪訝そうに眉を潜めた。
 
「それ、被害者さんが仕事で使ってたっていうPCでしょう? 貴重な証拠品でゲームしちゃ駄目だよ」
「そ、そうだね。ごめんなさい」
「それよりも……コナンくんだっけ? さっき向こうでお姉さんが探してたよ」
「あ、うん! ありがとう」

 余計な疑いをかけられてしまう前に、さっさとずらかろう。
 直後、ふとコナンは思い出した。
 小此木環。職業はたしか、Webエンジニアを自称していた。もしかしたらと希望がよぎって、再び彼女を見上げる。
 彼の中で、環が犯人でないことは確定している。協力を求めることに躊躇はなかった。

「ねえ環さん。パソコンの中のメールって、消しちゃったあとも復元出来たる?」
「えっ? うーん、見てみないと分かんな――」

 声が途切れる。環の視線が、横に寄った。意識は、耳につけているワイヤレスイヤホンに傾いているようだ。電話でもかかってきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。目線をコナンに戻した彼女は、こう言い切った。

「できるよ」
「なら、このパソコンのメールをいくつか復元してほしいんだ。推測が正しかったら、犯人の証拠になるかもしれない」
「証拠?」
「うん。小五郎のおじさんに頼まれてて」

 「なるほどね」と環は頷いた。その顔色は少し悪い。そういえば、彼女は警察が駆けつけて来たときも随分気分が悪そうだった。殺人事件なんて騒動に直面し、あろうことか容疑者の一人になってしまったのだから、無理もない。
 あまり不調であるなら強いるつもりはコナンにはなかった。だが環は次いで、

「いいよ、分かった」

 そう言うと、コナンを横切ってノートパソコンに向かい直る。トランクを置いて、ポケットから取り出した端末をパソコンに繋ぐ。キーボードとマウスを操作する様は素人目に見てもこなれている。
 その最中で、何やら彼女は小声を発していた。最初はひとりごとに聞こえたが、どうにも違うようだ。ワイヤレスイヤホンを通して、誰かと会話をしている。

「環さん、誰と話してるの?」
「えっ? ああ、AIアシスタントだよ」
「それって、スマホを使うのを手助けしてくれる?」

 AIアシスタントというと、コナンにも覚えはある。別名はバーチャルアシスタント。彼のスマートフォンにも、初期状態ではインストールされていた。
 そうだよ、と振り向かずに環は首肯した。

「ほんとは会社でも使うものでさ。ちょこちょこ手を入れてもいるから、一般向けよりお喋りなんだ」
「へえ、便利なんだね」

 そんなものもあるのか、とコナンは思った。
 その後、環の協力もあって犯人は無事逮捕にと至った。容疑者となっていた面々も無事解放され、コナンと蘭も帰路につく。小五郎は夕方からまた別の用を控えているらしく「先に帰ってろ」と去って別行動になった。
 出かけた頃は青かった空はすっかり焼けて暮れはじめていた。結局ほとんど半日拘束されていたのだ。

「早く帰ってご飯にしようね――あっ」

 蘭が放った気遣いの語尾がにわかに上擦った。そのまま前に釘づけになっている視線をコナンも追う。
 既視感のある背中が、二人の前を歩いていた。いつの間にか追いついていたらしい。

「環さん?」

 反射的に名前を呼ぶと、振り返った彼女は目を丸くして、ああ、と人のよさそうな弧を口元に描いた。

「こんばんは。さっきはどうも」
「こんばんは。もしかして家、この辺りなんですか?」

 蘭の質問に、環は少しだけ困ったように口ごもる。

「家というより……あまりよくないんですけど、ネカフェですね。ネットカフェ」
「ネットカフェ!?」

 環が人差し指を上に――目と鼻の先に建っているビルに向けた。今しがた口に出したネットカフェの看板が出ている。個室、女性専用、シャワー完備。

「ちょっと仕事の都合……長期の出張で、決まったのがすごく急だったものだから、ホテルがなかなか見つけられなくて、仕方なく。安全面は考慮して選んでいるので、そう驚かれるほど治安悪かったりはしませんよ」
「いつ頃までこっちにいるの?」

 なんとなくの好奇心から、今度はコナンが質問を投げた。
 するとどうしてか、途方に暮れたような表情で溜息を吐かれる。

「その辺りは、まだはっきりしていないんだよね。早いところ区切りを見つけられるといいんだけど……と、愚痴っぽくなっちゃってごめんなさい。お二人とも、帰り気を付けてくださいね。それじゃあ」

 そう言って、環はネットカフェへと続く階段を登っていった。




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