pkmn特殊トリップお試しA(男主)
※固定名:クヌギ
しばらく生活してみて分かったことだが、俺は自分のことはサッパリ覚えていない癖に、意外とポケモンには詳しい。それは自意識過剰ではなく、アセロラさんのお墨付きでもある。
たとえば初めて見るはずのポケモンでも、その名前を知っている。属するタイプや覚えられるわざも大体知っているし、どこの地方から発祥したポケモンなのかも大雑把に知っている。伝説、まぼろしと位置づけされるポケモンについての知識もある。
しかしどれもこれも大体わかる、というだけで、専門知識とはまた遠い。飛んだ記憶に関係はしているかもしれないが、研究者が知り得ているようなマニアックなものではない、とは周囲の見解だ。
しまめぐりをしてみないか、とアセロラさんに提案されたが、それは断った。トレーナーカードこそ発行したものの、俺はバトルがあまり好きではない。散歩に出たときにバトルを仕掛けられると、指示に惑っているあいだにキングドラが相手をボコボコにしてしまうくらいだ。キングドラさんの戦意が高すぎて俺とイーブイは震えた。先日孵ったばかりのイーブイには、さぞショッキングな光景であっただろう。
そういうことなのでしまめぐりはしないが、エーテルハウスからの独立には興味がある。というよりする気満々だ。いくら素性不明の人間とはいえ、いつまでも世話になっているわけにもいかない。
「クヌギさんは、記憶を取り戻そうとは思っている感じじゃないのね」
アセロラさんの指摘で気づいた。そうだな、と頷く。
ここに来たばかりの頃に感じていた不安も、今ではすっかり薄れている。だからだろうか。忘れているらしい昔を、取り戻したいとは思わない。こういうことから見て取れる俺という人物は、おそらく淡泊だ。今の俺が言い切るのも妙だが、たぶん元々そういうやつなのだろう。自覚しているものとしては、これまた自称するのもおかしいが厭世家の類である。あとは人込みが苦手で一人でいるのが好きです。エーテルハウスの子どもたちには好印象を持っているが、付き合っていると気疲れもしている。少なくとも以前の俺は保育士や教師ではなかったに違いない。
エーテルハウスから少し道をくだると、近くには海がある。もっと向こうには、スーパーの廃墟があるらしい。野生のポケモンが出るから気を付けて、とアセロラさんは言っていた。
ボールからイーブイを出して、草むらを避けて道を歩く。ここらは人が少ないからいい。目を合わせたらボケモンバトルが始まるというのなら、目を合わせなければ始まりはしないんです。
砂浜に出たところで、キングドラも外に出した。浅瀬にも野生のポケモンは出るが、キングドラはレベルが高いのでエンカウントしても大丈夫だろう。
波打ち際で遊ぶイーブイは、その、なんだ。率直に言って可愛い。押し寄せた波から逃げ、引く波を追いかける。はい可愛い〜うちのイーブイがこんなにも可愛い〜。なぜ俺はカメラっていうか、ケータイを持っていないのか。一人立ちしたら絶対買おう。イーブイフォルダを作ろう。
キングドラはどうしてか横に倒れて浮いている。心配して声をかけたら返事があった。生きてた。なんなんだその奇行は。何か発作でも起こしたのかと思ったじゃん……びっくりしちゃった……。
「平和だなぁ」
ぽつりとつぶやくと、ふたりから返事をいただいた。一人言なのにありがとう。
イーブイが足下にまで寄ってきた。ズボンのすそをたし、と叩かれればそこがイーブイの前足型に濡れた。抱っこ、の合図だ。孵ったばかりの子どもだからか、こいつはまだまだ甘え盛りだ。抱き上げて、毛並や脚についている砂を払う。目元の砂を取ってやるとイーブイは目を細めてすり寄ぐううう帰ったら風呂だな。
それから、飯が終わったらアセロラさんかカナメさんに相談をしよう。世話になっている身なのだから、いずれ出ていくつもりであるのならそれは予告しておくのがいい。
「……帰るか」
横になっていたキングドラがヌッと立ち上がった。おきあがりこぼしも真っ青な起き上がりだった。あなたの体幹は一体どうなっているんですか。
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