pkmn特殊トリップお試し(男主)
※男主のアローラトリップ
※固定名:クヌギ
※しれっと別タイトルの夢主がいます
デジャヴという感覚は、気持ちが悪い。少なからず対象への興味が湧いてしまうし、関心を引きずってしまうからだ。
エーテル財団の職員である彼女は、アセロラさんから受け取った診断書に見入っている。
エーテルハウスの客間には俺とアセロラさん、そしてカナメさんが着席しているのだが、これがなかなかに居心地が悪い。既視感のせいだ。俺は初対面であるはずのカナメさんを見て、その感覚に陥った。さすがに「どこかで会いました?」と尋ねる気概は持ち合わせてはいないが。
「クヌギさん」
はっと顔をあげた。男の声で呼ばれた気がしたのだが、空耳だ。俺の前にいて、声を発した人は女性だ。点呼を目的としたものではないらしい。
「医者からの診断は心因性、全健忘寄りの部分健忘。推定年齢は二〇前後。戸籍なし。えっと、エーテルハウスに来るまでの経緯はからきし?」
「ちょっと違うよ」
アセロラさんが訂正する。
「お兄さんは月輪の湖で目覚めたらしいの。ポータウンの近くをうろうろしていて、クチナシおじさんが声をかけたって」
「ああなるほど……ありがとう。ポータウンとはまた危なかったね……で、手持ちはキングドラ。トレーナーカードは持っていなかったわけね。覚えていることは……非陳述記憶。あー、エピソード記憶が全部飛んでるのか。でも名前は覚えてたと。よしよし」
カナメさんは、ファイリングしてある診断書を閉じた。帽子を脱いで、しっかりもののアセロラさんが淹れたお茶を飲んでいる。
「上には私から話通すんで、当面のあいだはここにいていただいて大丈夫ですよ。エーテルハウスはけっこう、その辺り緩いんです。トレーナーカードも、住所のとこ『エーテルハウス』で申請してもらってオッケーです」
いかにも人畜無害、というような声色だった。優しさとはまた違うものだろう。
けれどその瞬間、ひどく安堵した。どうしてなのかは分からない。……いや、違うな。俺は、思っていたよりも現状に不安を感じていたらしい。
先ほど読み上げられた診断内容は、すべて事実だ。俺はよく知らん湖で目が覚めて、気が付いたときにはそこにいたような状態だった。疑問符だらけの脳裡を置いて足を動かし、花畑を抜けると大雨に晒された。途方に暮れていたところ、不審に思ったらしいクチナシさんに保護されたのだ。おそらく俺はいい年いっている大人だろうに、なんとも情けない話である。
それからは、クチナシさんに世話を焼いてもらった。医者にかかり、記憶喪失の診断をくだされた。アセロラさんを訪ね、エーテルハウスに落ち着くことが決まった。そのあいだクチナシさんには警察側から俺のことを調べてもらいもして、何も分からなかったのでカナメさんが召喚されたのだ。
エーテルハウスはエーテル財団という組織の管轄だから、職員を通して上の許可もあったほうがいいだろう、とのことだった。ここには孤児や居場所がないポケモンが住んでいるのだが、職員は常駐していないそうだ。
片手で口元を覆うと、不思議そうに首を傾げられる。礼を言うと、いえいえ、と謙遜された。
「実を言うと、あなたのような人は初めてではないんです」
聞き捨てならない告白に、顔を上げる。
「ああいや、よくあるってわけでもないんですが。何年か前にもあったんです。その人はついぞ記憶が戻らないままですが、いまは警察に勤めてらっしゃるとお聞きしています」
「それは……すごいですね」
「前向きですよね」
カナメさんは苦笑した。
「私もしばらくはここが拠点ですので、何かあればご相談ください。じゃあ私はちょっと出かけ……る前に、」
一旦話を区切り、彼女は部屋を出る。帰ってきたときには、大事そうに何か――大きなタマゴを抱えていた。わぁ、とアセロラさんが声をあげる。
「この子、ここに置いてもらってもいい? 玄関の前に置いてあったんだけど」
それって捨てられた、ということなのでは。
アセロラさんがにわかに不満そうな顔をした。タマゴを置き去りにした相手に憤っているらしい。けれどもすぐに頬を緩め、もちろん、と明るく頷いた。
「ねえねえクヌギお兄さん、このタマゴを育ててみない? いいよね、カナメさん!」
突然俺に矛先が向いた。戸惑ってタマゴを見やる。
「んー、無理でなければ、でいいですよ。クヌギさん、ポケモンは好きですか?」
俺は無意識のうち、キングドラのボールに触れた。
月輪の湖で起きたとき、俺が持っていた唯一がキングドラだ。モンスターボールの使い方を知っていた俺はしかし、ポケモントレーナーと言われるものではない。アセロラさんとバトルをしたときも、キングドラが使えそうなわざは分かったのに、駆け引きはなんとも無様なものだった。
キングドラは、俺との付き合いは長くない。それは直接確かめたときに首を横に振られたから、確かなはずだ。キングドラにも謎は多い。俺が持っていたポケモンなのに、俺のことはよく知らないようだし。それでも一緒にいてくれる、というのは心強いので甘えてさせてもらっている。
ポケモンが好きか、とカナメさんは俺に問うた。
好きだ、というのが答えだ。首を縦に振る。
キングドラと対面したときもそうだったが、俺は、ポケモンとふれあうたびに何か感動のようなもので胸が震える。なつかしさにも、もどかしさにも似ている。まるで「奇跡」と音にしたくなるような、喜びに近しい。
「なら、よろしくお願いしますね」
そっと手渡されたタマゴはあたたかい。まじまじと眺めていると、アセロラさんがまたふにゃふにゃと笑った。
「そんなに緊張しなくてもだいじょーぶ! 困ったときはなんでも訊いて!」
それは、頼りになる。ほとんど流されるように引き受けてしまったが、俺よりもアセロラさんのほうがポケモンに詳しいことは違いない。
カナメさんは帽子を被った。そういえば、どこかに出かけると言っていた。出ていく背中に「いってらっしゃい」と声をかけると、間延びした「いってきます」がここまで届く。またやけに郷愁を感じた。俺はきっと、思い出からは失せてしまった昔にも、誰かとこういったやりとりをしたことがあるのだろう。
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