*シズちゃん出ません
*臨→静で臨+門





「ドタチンは、俺を嫌な奴だと思う?」


高めのよく響くテノールの声が、静かに言葉を紡いだ。
門田に背を向けている臨也は、透き通ったような青空と校庭を窓際からただ見つめている。その後ろ姿を見やりながら、門田は迷うことなく答えた。


「まぁ、嫌な奴だろうな。」


同じクラスメイトとして共に過ごしてきたこの一年間、門田は臨也のいろいろな面を見てきた。
教室たちに見せる顔、他の生徒に見せる顔、新羅や自分などに見せる顔、…折原臨也という男は様々な多面性を持つ輩である。
それらを繋ぎあわせていきつく結論は、嫌な奴だということ。人を陥れ、蔑み、嘲笑う、彼は実に…嫌な奴だった。


「手厳しいねぇ」


そう言って臨也はくすくすと笑う。門田からは顔は見えないが、きっと臨也はいつものように口端を吊り上げた独特な笑みを浮かべているのだろうと安易に想像できた。


「まぁな。お前には手厳しいくらい、丁度いいだろう。」
門田は困ったように笑う。そのくらいの心持ちでなくては臨也とは付き合っていけない。


そう考えて、門田がそばにあった机に腰掛けた瞬間…、校庭の方から天をつくような叫びが聞こえた。

それは甲高い、断末魔の叫びのようなものではなく、低い、獣の咆哮にも似た雄叫びだ。

それに次いで聞こえてくる声や物音。そして、騒がしさに包まれた校庭に目を向ければ、…揺れる、金の髪。

それを見つけた門田は臨也に再び目を向ける。


「静雄か。」

「うん。」

「またお前がけしかけたのか。」

「もちろん。」



毎日、そう、それこそ毎日だ。
この男は毎日こうして静雄が乱闘する姿を高見から見下ろしている。よくもまぁ飽きもせず…と、門田は呆れを通り越して感嘆の息をもらした。



「ははっ、呆れてるの?」

「いや、むしろそこまでいくとすごいと思うぜ。」純粋な気持ちを口にすると、臨也はまた笑う。


「そうだなぁ。ドタチンに呆れられたら、俺へこむよ。」



臨也は本気か冗談か分からないような調子で言った。門田と会話しているときでさえも、臨也は眼下に見えているであろう静雄から目を離さない。
その事実に気付いた門田は不思議な気持ちになった。




「お前、何で静雄にあんなことするんだ?」


好奇心に負けて、臨也にそう問いかける。それは門田の中でいつも燻っていた疑問だ。


「愚問だね。シズちゃんが憎いからに決まっている。」

「憎い?」

「そう、憎いんだ。とても、とても。」


臨也は穏やかな口調のままで語り始めた。



「シズちゃんはさぁ、俺にとっての誤算だった。俺の人生計画においての、唯一と言ってもいい誤算。初めてあいつを見たときは、まさかあんなに扱いづらい奴だとは思わなかったしね。他の人間と変わりはないと思ってた。」

それが今はどうだろう。
折原臨也にとって平和島静雄という存在が彼の中で日に日に大きなものになっている。
それは、天敵や相容れないという意味あいでもあった。けれど、それだけじゃない。

それだけじゃないのだ。


「…俺はあいつが嫌いだよ。あれに出会ってしまったことがそもそもの間違いなんだろう。……でもさ、ドタチン。」




臨也はゆっくりと門田に振り返る。
彼の浮かべている表情を見て、門田は目を見開いた。

彼の眉は自身を自嘲するかのように歪められているのに、口元は美しい弧を描いている。彼の端正な顔が歪にゆがんでいるのは、何だか現実味のない様だった。
そして何よりも、その瞳。
紅の血の色を讃えるその双眼が、とても哀しげな色を帯びていたから。




こんな臨也の顔は、見たことがない。
門田は一年間共に過ごしてきて、臨也のこんなにも人間らしい顔を、見たことがなかった。





窓から爽やかに吹き抜ける風は、門田と臨也の頬をくすぐっていく。
揺れる髪と共に心にまで風が透き通っていくかのようだ。
そして、臨也の表情はあたたかな日射しとは対照的な、同情にも似た僅かなる痛みを門田の心に刻みつける。



「臨也、お前……」

「おかしいんだ。」



門田の言葉を遮るように臨也は言った。


「おかしいんだよ。憎いのに、大嫌いなのに、嫌で嫌で死んで欲しいとさえ思っているのに。違うんだ。」
苦悶を秘めた声。
溜め込んでいた感情を吐露するように臨也はそう告げると、門田に背を向けて、窓の外を見る。

騒音が聞こえないところ、どうやら静雄の乱闘は終わったようだ。


静かな静寂が訪れたが、臨也の呟きがそれを破った。


「…矛盾だらけで、反吐が出る」


聞き取れないくらいの小さな呟きを聞いて、門田はじっと臨也の背中を見つめる。




お前は、本当は静雄が好きなんじゃないのか。


門田はそう言いたかった。
けれど、何だかそれを告げるのは臨也にとってあまりに酷なような気がして門田は口を噤む。


静雄への嫌がらせで傷ついているのは、静雄だけではなく臨也自身もまた傷ついているのかもしれない。

好きだけど、嫌い。
愛しいのに、憎い。


そんな感情の摩擦で臨也の心はきっとぼろぼろだ。

歪んでしまった純粋な想い。それを人は、愛憎と呼ぶ。



「ドタチンは、俺を最低な奴だと思う?」



臨也が再び問いかけた。
門田はその問いに少し考えた後、ゆっくりと教室の扉へと近づき、ふと思い立ったように足を止める。


「っつーより、」
馬鹿な奴だと思う。

門田はそう言い残して、教室を出ていった。
…その言葉に臨也がどれだけ救われたかを、門田は知らない。






(矛盾した気持ち、愛欲と憎悪の螺旋が絡まる。)