***


くそ。なんで、どうして。
そんな言葉しか頭に浮かんでこない。
第一、俺がいつそんなことをしたというのか。

…まったく身に覚えのない罪を着せられて、静雄は職員室の中で首を傾げたまま椅子に座っていた。朝、学校に来たら先生に呼びとめられて。職員室に連れてこられて。たくさんの先生に囲まれたまま、そのままずっと説教紛いの対談が続いている。


話を砕いてみれば、それはとても簡単なことだった。

俺は、いじめをしたらしい。



「あの、俺、やってないっすよ…」

何度もそう弁解するが、先生たちは決まってこう言うのだ。

「嘘をつくんじゃない。被害者が君にいじめられたと言っているんだ。言い逃れはできないぞ。」


静雄は眉間に皺を寄せたまま、自身の記憶を一から辿ってみる。が、いじめなんてした覚えはない。

静雄はいじめという行為を酷く嫌悪していた。自分より弱い奴をいじめるなんて、それはとても最低な行為だと静雄は自負している、……折原臨也とタメをはれるくらいに彼はいじめという行為が嫌いだった。

………やはり、覚えはない。
おまけにそんな身に覚えのないことで、俺は退学までさせられてしまうらしい。

退学なんて、もしもそんなことになったら弟に心配をかけてしまうだろう。それだけは、なんとしても避けたかった。


「…先生、俺本当にやってないっす。」


何度言ったかわからない言葉を呟き、静雄は頭を掻いた。
その態度、静雄の言葉に教師が口を開きかけた瞬間……。


バン、と勢いよく職員室の扉が開いた。


静雄はゆっくりと振り返る。すると、琥珀色の瞳が丸く見開かれた。

そこには、折原臨也。いつもの厭な笑みを浮かべたまま、人を見下したような赤い目で彼は職員室を見渡す。

乱暴に開かれた扉の音のせいで、職員室内は静まり返っていた。
その静寂の中、臨也の上履きの音が響き始める。

静雄の瞳は臨也を捕らえて離さないし、臨也も静雄に目を向けるとその目を逸らすことはしなかった。


「助っ人登場。」



臨也は静雄の前で足を止めて、笑いながらそう言った。




な、
「なんで手前なんだよ…」


「シズちゃんひっどー」

静雄が額を押さえてそうぼやくのに、臨也は頬をひきつらせて笑う。
まったく、こっちの苦労も知らずに。


「シズちゃんさぁ、せっかく俺が助けに来てあげたんだからもっと何かないの。ありがとう臨也様、とか。」

「ねぇよ、死ね」


こいつ…………。と、臨也は舌打ちをして一瞬眉をしかめるが、はぁ…と溜め息をついて教師に向き直った。
その顔には人の良さそうな綺麗な笑顔。「先生、平和島君はいじめなんてしていませーん」


突然の臨也の登場に教師たちはぽかんとしていたが、彼の言葉にはっとしたように反応して困ったように言い返した。


「だ、だが、被害者がいてだな」



「その被害者って、こいつらのことですか?」


臨也が答えるより先に、扉の方から返答が聞こえてきて、静雄は弾かれたように再び振り返る。



「門田…新羅……。」



二人は静雄に微笑むと、どん、と三人の男子を職員室内へと突き出した。


「……ドタチンと新羅ずるいんだけど。いいとこ取りじゃん。来んの早いっつーの」

と呟く臨也に困ったような視線を向けた門田は教師たちを見据えて堂々とした口調で話し始める。


「こいつら、静雄に彼女をとられて……、まぁ勝手に女の方が静雄を好きになっただけなんですが、それで静雄に嫉妬をして嘘をついたんです。本当は、静雄はいじめなんて働いていません。」


門田は静雄に力強く頷いて、笑いかける。そんな彼に静雄は柄にもなく鼻の奥をツンとさせた。
こんな風に、自分の為にいろいろしてくれるなんて…。
静雄の胸に感謝の気持ちが溢れ出す。


「君たち…それは本当かね?」


教師の一人が新羅と門田に突き出された三人に聞けば、彼らは観念したように各々返事をした。

…まったく、臨也は一体彼らに何を言ったんだか。
新羅はちらりと赤い眼の友人を盗み見る。
この三人が静雄を陥れた犯人だということも、彼らを職員室に連れていくときに何と声をかければ良いかも臨也が教えてくれたのだ。恐らく彼らの弱味を握り、メールか何かで脅しをかけたのだろう。
新羅と門田は「臨也の友人だ」と、言われた通りに声をかけただけ。すると途端に彼らは顔を青くして、従順に新羅たちに従い…今に至るというわけだ。



あーあ、ほんと臨也ってそういうの得意だよね。


新羅が心の中で溜め息をついて再び静雄に目を向ければ、もう教師たちが静雄に謝っているところだった。
静雄は、いやいいんでほんとに、なんて言いながら困った顔をしている。



「先生、じゃあシズちゃんは連れて帰りまーす」


臨也はぐっと静雄の肩を抱き寄せて、そのまま半ば強引に職員室を出ようとする。静雄は珍しく大人しかった。助けにきてくれた臨也に、乱暴を働きたくないのだろう。すると、

「あ。」


新羅が突然声を上げた。職員室を出ようとしていた臨也と静雄と門田は三人揃って新羅の方に顔を向ける。

「何?」

「いや、そういえば言ってなかったなぁ…って。ほら、あれ。」

「あぁ、あれか。」


静雄は首を傾げながら三人を交互に見つめる。
あれって何だ?


そして、犯人の彼らも三人に目を向ける。門田が彼らに言った。


「ほら、お前ら静雄にブラックコーヒーとメロンパン買いにいかされたって言ってただろ?」


は?
と静雄は目を丸くして門田を見つめる。
何だって?
そんなの言った覚えがまったくない。

しかし、新羅はうろたえる静雄を余所に次々と話を進めていった。


「でもさ、静雄ってブラックコーヒー飲めないんだよね。甘党で、ミルクも砂糖もたっぷり入ってないと駄目。だから嘘だって一発で分かったよ。」


…悪かったな。甘党で。
ブラックコーヒーなんてあんな苦い飲み物、飲めるわけがないじゃないか。
静雄は眉を顰める。


さらに、臨也は酷く冷めた目で彼らを見据えながら続けた。
「で、もう一つ。君たちさぁ、シズちゃんになんか買ってくるならメロンパンなんてもんじゃなく、まぁ、なんだ、」



「「「プリン買ってこいよ」」」



三人の声が重なったのに、静雄は今度こそ呆然とする。
新羅は相変わらずにこにこと笑ったまま、しかし口調はからかうように。門田は苦笑いを浮かべながら三人をたしなめるように。そして臨也はその笑みに怒りを露わにして三人にぶつけるようにそう言った。

また、犯人の三人と教師たちも口をぽかんと開いたまま呆然としている。
今更他人に注目をされるなんて意に返さないのか、新羅と臨也は静雄に「行こうか」なんて言って静雄を職員室から連れ出した。

一方不慣れな門田は、困ったような溜め息をついて頭を掻く。
やがてぺこりと教師たちに礼をして、彼も職員室から出ていった。



***


「まーったくさぁ、シズちゃんを陥いれようとするなんて信じらんないね」

臨也の声が廊下に響いた。
今はもう授業が始まってしまっていて、廊下には人っ子一人いない。
…他のクラスの奴に丸聞こえだろうに。門田は本日何度めか分からない溜め息をついた。

「静雄を陥れるなんて、君がいつもやっていることじゃないか」

「だからさ、信じらんないっていうのはあいつらレベルの人間がシズちゃんを陥れようとしたこと。あんなずさんな計画じゃあ上手くいかないって。頭足りてないよねぇ。そのくせ、シズちゃんを騙せると思ってるんだから。ほんと救いようのない馬鹿だよ。俺ならきっともっと上手くやれるね」

「臨也、君いつか静雄に殺されるよ」


新羅は笑いながらそう言うが、臨也は気にも止めず静雄の顔を覗き込んで言った。
その顔には、人の悪そうな笑みを浮かべながら。


「ま、ともかく。シズちゃんは今回の件で俺に多大なる感謝の念を抱くべき………………、は?」




臨也が珍しく呆けた声を出すものだから、門田と新羅は思わず目を向ける。
丸く見開いた赤の瞳。いつもの嫌な笑みもなく、ただただ驚いたと言わんばかりの表情だ。

二人が気になって静雄の顔を覗き込んでみると……。

「………え、なに、静雄。君…」
泣いてるの!?

新羅が大声でそう問えば、静雄は新羅に軽く蹴りを入れた。
当然静雄の軽く、というのは常人のそれを超えているため新羅はごろごろと回り転げた。


あははははは、と腹を抱えて笑っている臨也は目尻に涙まで浮かべている。


そう、静雄は泣いていたのだ。目元を赤らめぽろぽろと涙を流しながらうるせぇ、と悪態をついて。


「な、なんだい静雄。君そんなに感動したの?」

「…悪ぃかよ」

ずず、と鼻をすする静雄を見て爆笑している臨也が息も絶え絶えに口を開く。

「シズちゃん何泣いてんの!うっわ、気持ち悪ー!あははっ、何その顔涙でぐっちゃぐちゃ!」

そんな臨也を門田がすぱん、と叩いて叱りつける。なんでこいつはこういう奴なんだろう。


門田は静雄に目を向けて考える。
…静雄は、きっと嬉しかったんだろうな。
今までこいつは疑われたらきっと誤解が解けることもなく、そのまま悪者扱いをされたままだったんだ。
静雄にとって、誰かにこうして庇ってもらえることなど今までなかったのかもしれない。…だからこそ、歓喜あまってしまったんだろう。


「……あの、よ、」


静雄が鼻声で呟いたのに、三人は改めて静雄に向き直った。
静雄はそれにうっ、と言葉を詰まらせたように動きを止める。


あの、その、なんだ、


なんてぶつぶつ言いながら口をすぼめる静雄は、普段の男前な様子からは考えられないくらいに酷く可愛らしい。



「……あ、」


あ?



「あ、ありがと…………なっ、」


三人は揃って目を丸くする。
吐き捨てるように言われたその言葉、…きっと羞恥心で死にそうになりながらも伝えようとしてくれたのだ。ましてや天敵の臨也にまで言うとなると尚更。

静雄はその場にしゃがみこんで、両腕に顔をうずめた。耳が赤いようすからして、顔もきっと真っ赤なのだろう。



三人はそんな静雄を見て、困ったように笑いあった。








(そんなもんより、プリン買ってこいよ)

*プリン勝ってこいよ、って言わせたかっただけ



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