三夜 「忘れ物とかない?」 臨也は玄関先で靴を履く静雄に、淡々とそう聞いた。 しかし、静雄はその言葉に何も答えない。臨也は静雄の無視に少し苛立って、また言った。 「捨てるの面倒だからさぁ、ちゃんと全部持ち帰ってよね。」 静雄はこの言葉にも答えない。どうやら靴を履き終えたようで、彼はすくっと立ち上がった。 「あぁ、あとさ、合い鍵。」 その言葉に静雄が肩を小さく震わせた。 はじめて返した反応に気を良くしたのか、臨也は厭な笑みを浮かべながら手を差し出す。 「返して。もう必要ないだろう?」 …少しの間の後、静雄はポケットから鈍く光る鍵を取り出した。それはばきりという音をたてて、静雄の拳の中で砕かれる。手を開けば無残な残骸が玄関先の冷たい床に落ちていった。その様子を、臨也が眉を顰めて見つめている。 「じゃあな。」 一言言い残して、静雄は臨也のマンションを出ていった。 ……どうして、こうなったのだろう。 寒空の下、ひとりで新宿の街を歩きながら静雄はそう考えた。 知り合ったのもつきあい始めたのも高校生からだった。それからずっと、およそ9年間もの年月を共に過ごしてきた。 手を繋いだり、抱き締めあったり。キスや体を重ねる、なんてことも散々した。 臨也は砂を吐くほど甘い言葉ばかりを口にし、俺はそれをうんざりしながらも甘受する。 それがずっと繰り返されてきた。これからも続くと思ってた。 それに、どこから違ってしまったのかがわからない。 気がついたら、互いを傷つけるような言葉ばかりが口をついて出るようになった。 口喧嘩をして、揉めて。 ここ最近はそんなことばかりだった気がする。…むしろ、最近臨也の笑った顔を俺は見ていなかった。 駅前に行くと、チキンやケーキの出店がちらほら現れ、クリスマスソングが楽しげに流れている。あちこちで見えるトナカイやサンタクロースのコスプレに、そうか、今日はクリスマスだったなと思い出した。 クリスマスは毎年どう過ごしていただろうか。 確か、高校生の頃は臨也や新羅、門田と過ごしていた気がする。高校生だからこその活気があの頃にはあった。馬鹿騒ぎした覚えがある。 卒業したらもう新羅や門田とは過ごさなくなったけれど、臨也…あいつだけは毎年一緒にいた。恋人だから当然なのかもしれないが、案外互いのスケジュールを合わせるのは難しいものだ。何とか毎年予定を合わせて、必ず夜は一緒に過ごしていた。 そうしてきたおかげで静雄は今までクリスマスに一人だったことがない。 そう、今年が静雄にとっての初めての孤独なクリスマスなのだ。 しかも、クリスマスに別れるとか、最悪だな。 静雄がつい嘲笑すると、口から真っ白な息が出てきた。宙を舞うそれは靄となり消えていく。 まるでそれは人の世の儚さを謳っているかのように静雄には思えた。 今まで過ごしてきた日々も、幸せも、笑顔も、すべて跡形もなく消えていく。 まるで雪のように。そう考えると胸の奥が痛いくらいに締めつけられた。何故?静雄は自問する。 そしてついにジングルベルの鈴の音を聞きながら、ふいに静雄は気がついた。 あぁ、そうか、俺、 「好きだったんだ」 臨也のこと。 温かな涙が静雄の瞳から零れ落ちた。 |