臨静 Christmas 二夜 | ナノ




二夜




「いいいざあああやあああああ!!」
池袋の喧嘩人形の雄叫びは今日も響く。そしてクリスマスの夜の寒空の下、自販機や標識はまるでボールか何かのように飛び交っていた。
静雄の射抜くような視線の先には、たった今軽々と自販機を避けた臨也がいる。
怒りに震える静雄とは対象的に、臨也はそれはそれは楽しそうに笑っていた。

「あははは!シズちゃんさぁ、今日が何の日だか知ってるのかな?」
「うるせぇ。」
「世の恋人たちが幸せに愛を謳うクリスマスだっていうのに、シズちゃんのせいで池袋の恋人たちのクリスマスは台無しだねぇ。」
「殺す。」
「ねぇ、聞いてるの?死ねだ殺すだってそんなんじゃサンタさんがプレゼントくれないよ?」
「うぜえ失せろ死ね!」
そう言って静雄は勢いよく標識をまた一本引き抜いた。大きく舌打ちをして標識を握り締める。
なんでこんな日に限ってノミ蟲に会わなきゃならねぇんだ。
今日は聖なる夜、クリスマス。
確かに恋人たちの逢瀬を邪魔するのは些か申し訳ないが、自分のクリスマスを台無しにした臨也にも静雄は土下座をして謝って欲しいくらいだった。
ったく、今夜はゆっくりケーキでも買って喰おうかと思ってたのによ。臨也のせいで酷いクリスマスになりそうだ、いや、なってしまった。
「とりあえず池袋から消えろ、手前の新宿に帰れ、死ね!」
「馬鹿の一つ覚えみたいに死ね、死ねって言うのやめたほうがいいと思うけど?」
「うるせええ!!」

ひゅっと風を切って矢の如く、臨也に標識が飛んでいく。たが、臨也はそれを難なく交わしてわざとらしく溜め息をついた。
「あーあ、また公共物を破壊して…。そんな悪い子の所にはサンタさんなんかきっと来ないね。」
銀に煌めくナイフを出しながら、臨也は肩をすくめて揶揄する。
「可哀想なシズちゃん。」
鼻でそう笑われた静雄は、自分のこめかみがビキリと音を立てたのを聞いた。
もう我慢ならねぇ。それに向こうもナイフを出してきたのだから、今から振るうのは同意の上での暴力だ。ナイフなんて恐ろしいものを出してきたあいつが悪い。正当防衛だ。そう、正しい暴力だ。
不適に静雄は笑う。
臨也もナイフを静雄に向けて笑った。
「可哀想な君に、俺がサンタになってプレゼントをやるよ!」
そう高らかに言った臨也に、静雄はそばにあったゴミ箱を投げ飛ばす。だがやはり臨也には当たらない。すばしこく避けながら臨也は静雄との距離を縮めていった。
やばい、何か投げられるもの。
辺りを探したが手がすぐに届きそうなものは先ほどすべて投げてしまった。
舌打ちをして、静雄は臨也を素手で迎え打とうと構える。
そして、次の瞬間…。

臨也は静雄の腕を強く引いて、自分の唇に静雄のそれを押しつけた。

は?
静雄の頭が真っ白になる。
ぐっとさらに強く唇は押しつけられ、臨也の舌が静雄の唇をべろりと舐めた。まるで口を開けと催促するみたいに。
静雄は自分が臨也に何をされているかまったく分からず、目を開けたまま動けないでいる。それをいいことに臨也は静雄にキスを強要した。
上唇を啄んで、舐めて、今度は静雄の唇を包むようにキスをする。
くすぐったいそのキスに意識を奪われ、気がつけば静雄はぐっと臨也に腰を抱かれていた。
まるで、恋人のよう。
キスに没頭する臨也をよそに、静雄は働かない頭でそう考えた。あれ、一体俺は誰にキスをされているんだっけ。なんでキスをされているんだっけ。つうか今まで誰かとキスなんてしたことあったっけ。

臨也が名残惜しそうに唇を離す。
互いの顔もぼやけるほどの至近距離で、臨也は綺麗に笑って言った。
「サンタさんからのプレゼント、気にいったかな?」

Merry Christmas!

臨也はそう言い残すと踵を返して街のネオンに走り去っていった。


静雄はまだ自分の状況を掴むことができず、呆然と立ち尽くしている。
唾液で濡れた唇が冷たい風に吹かれて冷えていく。けれど胸の辺りは何故だか熱くて静雄はわけがわからなかった。
まて、俺は、キスを、された?
誰に?
サンタクロース?
いや、あの憎き、折原臨也に。

そう頭で認識した瞬間、猛烈に顔に熱が集まるのを静雄は感じた。まさに沸騰の如く、彼の顔は酷く赤い。
最悪だ。最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ!
キスされた!あの臨也に!
あいつのことだ、からかってキスしたに決まっている。ああ、初めてだったのに。
今日は人生最悪の日だ。
そう頭では考えているのに、静雄は心のどこかで熱い気持ちがざわめく自分が不思議だった。
なんで、こんな。
嫌なはずなのに、どうして嫌じゃないんだ。
「〜〜〜っ!」
静雄はその場でしゃがみこむ。

馬鹿か、俺は。
どうして嫌じゃないか、なんて。
そんなの、好きだから嫌じゃないのに決まってるじゃないか。

今日は最悪なクリスマスだ。
静雄はひとり顔を真っ赤にしながらそう小さく呟いた。






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