一夜 『ごめんって。どうしても外せない仕事なんだ』 「うるせえ。」 『仕方ないだろう?俺だってやらなきゃならないこともある。』 「黙れ。」 『ほんとに悪かったよ。ちゃんと年末はシズちゃんのために開けておくから…』 「死ね!」 電話口から聞こえてくる臨也の声にそう吐き捨て、乱暴にボタンを押し、静雄は電話を切った。 怒りのせいで押した携帯のボタンが陥没したが、意にも介さずそれをポケットに突っ込む。 やめた。やめた。 もうあいつとは会うもんか。 そう心に決めて、静雄は怒りに顔を歪ませた。 池袋の街にはもう夜の帳が降りていて、カラフルなイルミネーションが美しく辺りを輝かせている。歩くカップル。流れるクリスマスソング。腹がたつほどクリスマス一色だった。 ……別に、約束をしていたわけじゃない。 静雄は早足のまま煙草を取り出して、火をつける。紫煙が宙を舞い、口に含むと苦味が口内に広がった。 そう、毎年クリスマスを一緒に過ごそうだなんて約束はしていない。ただ何となく、一緒に過ごすものだと思っていたのだ。去年もその前もさらにその前の年もそうだったから。そしてそれは今年も変わらないと、そう思っていたのに。 重い溜め息をついて、静雄は苛立ちを発散させようとする。しかしそれは治まることを知らずに膨張するばかりだ。……今夜は、ひとりで過ごそう。 新羅の家には行けない。きっとセルティと二人で過ごしているだろうから。二人は俺が来れば歓迎してくれるかもしれないけれど、何だか邪魔をしたくない。 幽はクリスマスも仕事だろうし、トムさんも確か友達と会うとか言っていたと思う。 このまま家に帰ろうかとも思ったけれど、それもやめた。 家に帰ったら一人きりだということを思い知らされそうで。 そうこう考えていると苛立ちは寂しさへと姿を変えていく。 足を止めてはならない。そう静雄は強く感じた。 歩くのをやめたら、孤独感に押し潰されてしまいそうだ。 すると、ふいに静雄は臨也の顔を頭に思い浮かべた。 …今思えば、電話の向こうで臨也は珍しく真摯に謝っていた気がする。 いいや、謝るもんか。一緒に過ごせない、そのことに静雄は存外深く傷ついていた。 だが、あんな風に一方的に怒って電話を切って。 それこそ臨也を傷つけたのではないだろうか。 臨也だってまさかクリスマスの夜まで好き好んで仕事をしたかったわけじゃない。それなのに、馬鹿だのうるさいだの死ねだの…。 ……少し、言い過ぎたかもしれない。 徐々に後悔で重くなった静雄の足が止まると同時に、煙草の灰がぼろりと落ちた。 すると、突然静雄の体は暖かな腕の中に閉じこめられた。 はっと目を見開いて、静雄は固まる。背後で誰かが息を切らせながら自分を抱き締めているのだ。 一体誰だろうか。 いや、それは愚問だった。 静雄はこの腕を知っている。細く、けれど力強くて、自分を幾度も抱き締めてきた優しい腕。 背中に額をこつんと当てながら、男は言った。 「ごめん。」 たった一言。 いつも余裕の表情ばかりの男が息を荒げながらそう言ったのだ。恐らく、急いで新宿から池袋にやってきたのだろう。よく静雄の場所が分かったものだ。 静雄が小さく、名前を呼ぶと腕の力は一層強まる。 「デスクに向かって仕事はしなくちゃいけないけれど、一緒に居てよ。そばにいて。」 それだけで、頑張れる。 男の優しい言葉に、静雄は不覚にも嬉しさのせいか懺悔のせいか涙を瞳に滲ませた。 「…俺、も。悪かった。…我が儘を、言って。」 そう言うと男は背中で小さく笑う。素直だね、と言われた静雄は不機嫌そうにばかと呟いた。 |