俺は、卑怯な人間です。 俺は、汚い人間です。 自分のことしか考えられないような、醜く卑劣な人間です。 俺は君のように誰かに優しくできるわけでもないし、人間を愛しているなんて嘯いてもろくに本気で人を愛することさえできない。そんな俺を人と呼ぶにはあまりにも欠落し過ぎていた、人としての情や愛が。 でも人間の利己的な汚い部分だけを取り込んで生まれてきた俺は、自分を可愛がることだけは得意で、傷つくことをいつだって恐れ、忌避していた。 だからこそ、愛せなかった。 自分以外の誰かを本気で愛することで、自分が傷つけられるのが怖かったのだ。 「愛してるよ」 臨也の唇から零れたのは、静雄への愛の言葉。 今までの過去を憂う悲痛な声色で紡がれた言葉は、泣いているかのように震えていた。臨也は揺れる胸のうちで考える。 こんな風に自分の心がいつか嘘をつくことを、俺はどこかで分かっていたのかもしれないな。 そっと伏せてあった赤い目をゆっくりと、ふいに静雄に向けた。 −−−−静雄の琥珀色の目が、静かに涙を零している。 企画→かっこいい弱虫様 臨静×愛し(RADWIMPS) 『静雄が事故にあったんだ』 それは、ノイズが混じったような不鮮明な声。されど厭にしっかりと聞き取れたものだから心が沈むばかりだ。 新羅はインターホンの向こうで真摯な表情のままそう言った。 時刻は昼前。太陽は高々と青い空に昇り、憎らしいほどさんさんと輝いている。 小さな画面に映った旧友の姿。 見たことのないくらいに真剣なその表情は、事態がけして軽いものではないことを物語っていた。 「……。」 臨也は何も言わない。 ただ、音もたてずに玄関への道のりを歩き、鍵を開けて再び客間に戻っていっただけだった。 しばらくすると新羅がマンションのロビーから臨也の部屋に辿り着き、ドアノブを回す音が聞こえてきた。 「お邪魔するよ」 新羅はそう言って奥にいるであろう臨也の元へと足を進める。いつもと変わらぬ新宿の街並みが大きな窓の向こうに広がっているのが新羅の視界に飛び込んできた。 臨也は仕事用の椅子に座ったまま、机に散らばった書類の整理をしている。 その姿からは何の動揺も感情も感じられない。だが黙々と作業する彼を見て、新羅は口を開いた。 「静雄が事故にあった。」 臨也の作業は止まらない。 「今朝、道路に飛び出した女の子を庇って車に跳ねられた。」 そこまで話して、新羅は再び口を噤む。 臨也は鼻で笑った後に蔑みを含んだ静かな声で言った。 「シズちゃんが車に跳ねられた、…だからどうしたのかな。あれがそんなことでくたばるはずがない。」 断定のこもった言い方に新羅は口を挟む。 「それがさ、前々から時々あったんだ。静雄にもまともにボールペンが刺さったり、銃弾が貫通したりすることが。今回も、稀なケースみたいで…。今、意識がない状態なんだよ」 稀な、ケース。 臨也は初めて、新羅のことを見つめた。 鋭利に尖った赤の視線を受け流しながらも新羅は臨也をただ見つめ返す。 「あのさぁ、」 臨也の唇が弧を描いた。 「だから何なんだ?俺があれにどんなことをしていたのか知ってるんだろう?」 たくさん泣かせて。 苦しませて。 脳裏に浮かぶのは静雄の白い頬。 彼の傷ついたように揺れる瞳とそこから伝う透き通った涙。 ダイヤモンドよりも綺麗だな、なんて思ったけれどそんなこと言ってやらなかった。 代わりに浴びせるのはいつも通りの負の言葉。 嫌い。気色が悪い。化け物。憎い。寄るな。汚い。死ね。消えろ。 言えば言うほど、少しずつ歪む顔が堪らなく愉しくて。 大きな琥珀の瞳が静かに涙を零すのもいつものことで。 それでも、優しい化け物は臨也の冷たい手を離そうとはしなかった。 彼が独りなのを識っていたから。 彼が、自分しか本当に愛することができないのを識っていたから。 「君は静雄を傷つけた。」 新羅の淡々とした声が響く。 怒っているわけではない。だが彼が最愛の彼女以外のことで真剣になるなんて、とても珍しいことだった。 「静雄は君とは違い過ぎる、そしてそれを静雄自身も分かっていた。」 臨也は閉じた口の向こうで歯を噛み締める。 「なのにどうして静雄は君から離れていかなかったのか。簡単だ、静雄は君が好きだったんだよ。分かるだろう?」 「そんなの知っていた。だから利用して弄んだんだ」 好きだ、と静雄に言われてからは付き合ってあげる、なんて言っておままごとをし続けていた。 手も繋いだ、キスだってした。 でもだんだんとそれが怖くなっていった。 どっぷりと浸かってしまいそうで。…認めたくはなかったが、惹かれていったのだ。例えば風に揺れる金の髪。振り向いた拍子に見せるあどけない表情。無愛想な言葉ばかりを紡ぐ形の整った唇。思わず抱き寄せたくなるような細い体。 ……………毒されていった。 平和島静雄という化け物に。 でもある時ふと思いたったのだ。 もし、平和島静雄が自分から離れていって、自分一人が取り残されたら。 一度毒されたらもう戻れない。 そんな中、平和島静雄が自分を置いてどこかに言ってしまったとしたら。 きっと、まともじゃいられない。 そう気づいてからは何もかもが簡単だった。 嫌いと言って、突き放して。 傷つく前に傷つけて。 そうすることで、自分の身を守った。 「弄んだなんて嘘だね」 新羅の言葉は臨也の胸の痛いところばかりを突く。 臨也はそれに眉を顰めながら歯をさらに食いしばった。 「君は弄ぶという理由が欲しかっただけ。本当は君は静雄に告白される前から、…いや。出会ったときから静雄のことを………」 「新羅!」 声を荒らげた臨也。 新羅はそんな臨也を見て、目を丸くした。 彼らは中学からの付き合いだったが、新羅はこんな臨也の姿を見たことがなかった。 辛そうな、……人間らしい、彼の顔。 「……。」 「新羅、心はどうしたら伝わる」 俯いたまま、臨也はそう問いかける。 「…言葉があれば、伝わるよ」 「じゃあ、言葉が嘘をつくときはどうしたらいい」 新羅はどこかぼんやりと窓の外を見ながら、再び答えた。 「…君が素直になれば、言葉は嘘をつかないよ」 「じゃあ、どうしたら素直になれる」 間髪を入れずに問われる質問。 新羅は切ないような微笑みを浮かべて、そっと呟きを落とす。 「……君が誰かを、“愛せば”」 その言葉に、臨也は顔を歪めて前髪をくしゃりと握った。 人を、誰かを、愛する。 「静雄は、優しさから君を愛したわけじゃない。」 新羅はゆっくりと窓に歩み寄る。 「静雄は、何も君だけを愛したわけじゃない」 透明な窓にそっと新羅の指先が触れた。 滑らかな動きで、それはすべり落ちていく。 「静雄は、君を愛することで自分自身をまた、愛したんだ」 臨也はぐっと拳を握り締め新羅の言葉に聞き入った。 そう、だからこそ静雄は臨也の言葉にいつも涙を流していたのだ。 あの涙は、辛い、悲しい気持ちから流れていたものではない。 「……あぁ、そうか」 だから、君は泣いたのか。 心が“泣いて”と叫ぶまま。 まるで俺を嫌いにならないようにと。 俺を嫌うことで自分を嫌いにならないように、と。 そう………、祈るように。 「ありがとう、新羅」 そう言って臨也は駆け出した。 すれ違い様に新羅は「来良病院」と小さく囁く。 臨也はそのままマンションを飛び出して、池袋まで足を走らせた。 そう。 シズちゃん、君は人を愛した。 俺を、愛してくれた。 その優しい心が枯れそうになるまで。 君自身の為、 君の分まで、 枯れるまで、愛したんだ。 なら、今度は俺も愛してみよう。 俺をずっと愛してくれていた、君を。 君のように………。 そして、物語は冒頭へと遡る。 病室に駆けつけた臨也を待っていたのは、意識を取り戻した静雄だった。 「愛してるよ」 臨也の唇から零れたのは、静雄への愛の言葉。 今までの過去を憂う悲痛な声色で紡がれた言葉は、泣いているかのように震えていた。 臨也は揺れる胸のうちで考える。 こんな風に自分の心がいつか嘘をつくことを、俺はどこかで分かっていたのかもしれないな。 でも。 もう嘘はつかない。 傷つくことを、恐れない。 君がそばにいてくれるのなら、俺はどんなに傷ついても、君を愛することができるだろうから。 そっと伏せてあった赤い目をゆっくりと、ふいに静雄に向けた。 すると、 「俺も、愛してる」 泣いているような静雄の声。 彼の瞳からは大粒の涙が零れていた。 それは今までの涙とは違う、喜びを孕んだ滴。 ……あぁ、知っていたのか。 臨也はそっと微笑みを浮かべる。 こうなることを。 心がいつか人を救うのを。 君はいつも、知っていたんだね。 −−−やがて静雄は、柔らかな微笑みをその顔に灯すだろう。 企画、かっこいい弱虫様に提出します。 なんだかぐだぐだした作品になってしまい申し訳ありません…。 イメージ的には、 静雄が臨也に傷つけられていたのを見かねた新羅が臨也を窘めにいったというか…← 新羅としても静雄の辛そうな姿は見ていられなかったのかと。当然です、静雄はえんじぇるですから← で、運悪く?事故にあって軽く意識がなかった静雄が無意識に臨也の名前を呟いたらいい。それを聞いた新羅が暗躍しに臨也の家に押しかければいい。あとは本編にそって…です。 やらせていただき、楽しかったです!! 本当にありがとうございました! |