愛したことが誇りです
走ってみたのはよかったけれど、完全に迷った。グレンのいる研修室に戻るのにも、いろいろな人たちに見られ絶対にはしたない人だと思われているから戻る気にもなれない。
立ち止まっているだけで暮人様が迎えに来てくださるわけでもないのだから、次に会った人に暮人様の執務室まで案内してもらおう。
そう思っていたら、前から歩いて来たのは深夜様だ。
私に気づいたらしく「あれ、カレンさん。それ、コスプレ?」と軽い口調で言ってくるから安心してしまう。
知っている人に出会えたことにすごく嬉しくなり駆け寄ってみれば「暮人兄さんにバレたら殺されるかな?」なんて言われてしまうから、暮人様の深夜様の扱いがよくわからない。
「何か怯えている動物みたいで可愛いね」
「うー、深夜様意地悪しないでください。暮人様みたいですよ」
「えー、それは嫌だな。それより、本当にどうしたの?」
「暮人様に頼まれて研修組に呪符の扱い方を教えようとしたら、グレンが気絶さてしまって授業が出来なくなったので暮人様の執務室へ戻ろうと思ったのですが、迷ってしまいまして…」
納得するような素振りをしながらも、笑いをこらえる気がないようで「グレンの執務室は迷わないのにね」なんて、言われてしまうと反論することも出来なくなる。
そんな私の頭をポンポンと優しく叩くる時点で、子ども扱いされている。
こんな扱い初めてされるから戸惑ってしまう。
「この前のアップルパイ美味しかったから案内するね」
「あ、ありがとうございます」
そんなやり取りが10分前のことで、案内されてやっと暮人様の執務室に戻ることができた。
深夜様が背中に隠れるように言ってきたから、隠れながら一緒に入ってみる。
「やあ、暮人兄さん。今日は届け物があってね」
「何だ、早くしろ」
「そんなこと言っていいのかな?」
いきなり後ろを振り向いたかと思ったら、手を引かれた勢いで深夜様に抱きついてしまった。
暮人様の目の前で他の男性に抱きついてしまった私は自害ものだと思うが、恥ずかしさに負けてしまい真っ青にならずに真っ赤になってしまう。
そんな私を抱きしめはじめるあたり、絶対に暮人様を挑発していると思う。
「どういうつもりだ。カレンを返してもらおうか」
「はは、事故だよ、事故。それに迷子になっていたカレンさん連れてきたんだから、お礼くらい言ってくれもいいんじゃない?」
「兄の恋人くらい弟なら連れてきて当然だろ」
「はは、僕養子だよ」
私を抱きしめたままの深夜様は力を弱めることもなく、挑発を続けているからいろいろドキドキしながらも停止して動かなかった思考がやっと動きはじめ、抵抗しようと身体が動く。
それを見て満足そうな暮人様の声が聞こえるが、いまはここから脱出しなくてはいけない。
そして、本来あるべき場所である暮人様の元に戻らなくては。
「深夜様ふざけないでください」
「えーっ、ふざけてないのに」
「私は暮人様以外の男性に抱きしめられる趣味は持ち合わせていません」
「グレンはいいのに?」
「あれは、弟です」
「だ、そうだ。だから、返せ」
「しょうがないな」と聞こえないくらいの声でつぶやきながら、私をそっと暮人様に向かって押し出してくるから、勢いでそのまま暮人様に抱きつく。
今日は何度抱きつけばいいのかわからなくなってしまう。
でも、やっと暮人様の元に戻ることが出来たから嬉しくて顔の表情が崩れる。
「ただいま、戻りました」
「寄り道しすぎだ。だが、その顔を見れて安心したよ」
きゅんときてしまった私は顔を胸元に埋めてしまう。
息をするたびに肺いっぱいに暮人様の匂いが広がってくる。
後ろで扉が閉まる音が聞こえたから、きっと深夜様が出て行ったのだろう。
そんなことよりも数時間ぶりに会えた暮人様の温もりを堪能したい。
「今日はいつもより甘えてくるな」
「…ダメですか?」
「いや、歓迎するよ」
優しく頭を撫でてくれる。深夜様に子ども扱いされるよりも、暮人様に子ども扱いされたい。
深夜様に頭を叩かれるのよりも、暮人様に撫でていただきたい。
そう思いながら、暮人様に抱きしめられる。
20150518
Title:寡黙