慕情はいつでも酸欠
いきなり、暮人様から吸血鬼殲滅部隊の研修組に対しての呪符の使い方を教えることを頼まれた。
殆どを柊家で過ごす私はすぐに了承の返事をするとちょっとだけ不満そうな顔をする。
頼んでおきながら、その顔はないんじゃないなと思うけれど、暮人様が考えることは私にはわからない。
鬼呪装備が主戦力となって以来、呪符は殆ど使わなくなったいま、帝ノ鬼の信者なら扱えるが、保護された子などは扱うことが出来なく、もし使えても基礎の基礎というレベルらしく、戦闘時の誘導で使えるくらいにはなって欲しいみたいだ。
朝食後に軍規定の制服を渡すと言われ、サイズなど教えてつもりがないのに何故かぴったりしたものが用意されていたのでびっくりした。
「葵さんがいつも着ていますから見慣れていましたが、袖を通すと感じが違いますね。どうでしょうか?」
「うむ、似合っている。いっそのこと俺付の従者にでもするか」
「じょ、冗談はやめてください。私が暮人様の従者なんて務まりませんよ」
「いや、そばにいるだけで十分だ。直ぐにでも執務室へ来てもらおうか、カレン」
本来の目的と違うことに発展している暮人様を止めることが出来る人などいるわけもなく、私は執務室へと連れて行かれた。
執務室から研修室までは近いといえば近いが、授業がない限り暮人様と一緒にいなくてはいけない。
こんな状況は、高校時代以来だと思うと妙に落ち着かない。
立ったり座ったり、本を読んだり閉じたりとしているためかチラチラと暮人様と目が合う。
「そんなに、ソワついてどうした」
「ええええ、そんなことないですよ。ただ、暮人様とその長い時間一緒にいるなんてことなかったから、そのなんだか緊張してしまって…」
「そうか、そんなことを考えていたのか」
おもしろそうに笑いながら、葵さんから渡された研究資料を読んでいる暮人様は「そろそろ時間だな」と言いながら、私を研修室へ行くように促す。
緊張がピークに達し、泣き目になった私の頭を撫でながら「はやく、帰ってこい」なんて、私にとっての殺し文句を言われてしまったため、大人しく頷き研修室へと向かう。
研修室の前まで行けば行ったで、暮人様と一緒にいるときよりも心臓に悪い。
それでも、私は教師として暮人様の将来の部下たち育てなくてはいけないと思えばこんなところで緊張しているわけにはいかない。
決意し教室に入り自己紹介をし終え、授業を始めようとすれば扉がいきなり開いた。
「おーい、お前ら担任である俺が…って、姉さんなんでいる」自信たっぷりに入って来たのはいいけれど私の姿を見た瞬間に、驚いているグレンがおかしかった。
「あら、グレン。ちゃんと指導しなきゃダメでしょ。暮人様に頼まれちゃったのよ」
「ちぇ、めんどくせぇな」
「ほら、言葉遣いが悪い。生徒にそんな汚い言葉遣いしないの」
「今更だろ。それに、呪符の扱い方よりも姉さんは鬼と契約しろよ」
「ああ、それはね。ほら、暮人様の許可が必要だからね。グレンと違って私は弱いから契約で死んじゃったら困るでしょ」
「それをここで言うか。鬼呪装備を持つことになる奴らに向かっていう言葉じゃなねぇな」
グレンの言葉は最もだ。私も鬼呪装備の実験に名乗りを挙げたとき、それは阻止された。
今でもそれを何故、阻止されたのかは暮人様に聞いたことは一度もない。
ただ、そばにいればいいだけの私には力を必要としていないようなものだ。
弱者を保護するなんて暮人様らしくはないと思いながらも、私は従っている。
「まあ、いいや。そろそろ、お前らも鬼呪装備持ちたいころだろうし試すか」
いきなり抜刀して、攻撃してくるグレンに生徒が気絶していく。
ギリギリ意識を保っている子いる中、私はそれを眺めているだけだ。
鞘に収めたのを確認しながら、気絶した子たちを放置しておくのはダメだと思いながらも、グレンのせいで授業どころではなくなってしまった。
「やっぱり、姉さんは意識保ってられるか」
「私が気絶していたらどうしていたの?」
「そりゃ、あれだろ。誘拐して久しぶりに姉弟揃って暮らしてみるとか」
「馬鹿ね。無理だってわかっているくせに」
そんなこと無理だってわかっていて、言ってくるグレンに呆れながらも嬉しくなる。
でも、いまの申し出がグレンの本心だったらシスコンだと思うし、それはそれで心配になってしまう。
廊下から慌ただしい足音が聞こえてくるから小百合あたりが来たのかなと思いながら、事後処理を任せる。
「どっか行くのか?」
「暮人様の元に戻る時間だからね」
「はは、本当に幸せそうなことで」
嫌味たっぷりなグレンにもわかるように「だって、幸せだから」と言ってその場を去る。
そして、暮人様が待っているはずの執務室まで全力で走ってみれば、すれ違う人たちは不思議そうな顔をしながら私を見ている。
でも、そんなことは気にしていられない。だって、はやく暮人様に会いたいから。
20150516
Title:寡黙