愛に似た言葉の切っ先


急遽、日本帝鬼軍の会議が入ってしまった暮人様や天利様、征志郎様、深夜様の帰りを待つことにした。
普段は、暮人様以外の出迎え不要と言われているが、今回はきっとお三方で帰宅してくるはずだ。
その為、今回はきちんと出迎えしなくてはいけない。帰宅予定時刻が迫る中、鏡の前で身嗜みの最終チェックをする。なぜなら、天利様の前で失敗など許されない。
分家のまして一瀬出身である私が暮人様と恋仲にあることを、あまり好ましく思っていないらしい。
外が少し騒がしくなったから、そろそろ帰宅してくることがわかる。
玄関へ向かえば私以外にも柊家にお使いしている方々が集まっている。その中でも一番後ろで出迎える形をとらせていただいた。
扉が開く音と共に帰ってきたことを知らせるため、「天利様、暮人様、征志郎様、深夜様、おかえりなさいませ」深々と礼をしながら言う筆頭執事の方に連なりながら反響するかのように繰り返される言葉。
私も真似する形ではあるが、それを日々暮人様の前でだけやっていた。
そのため、いつもは暮人様に声を掛けていただき顔を上げるのだけれど今日は違う。
私を嫌っていると言ってもいい天利様が私の前で止まり、顔を上げるように命令してくる。


「一瀬の者だったな。まだ、いたのか」

「……っ」

「暮人をあまり惑わさないでくれ。ただでさえ、利用価値がないのだからな」

「…申し訳ありません」


悔しかった。何も言えない自分に。グレンのように文句のひとつでも言えればいい。
それが、出来ればこんなにも悔しくて泣きたい気持ちにならなくて済むのに。
ただただ、絞りでた言葉が謝罪のような許しを請うような言葉しかでなかった。
そんな私に気づいている征志郎様、深夜様は声を掛けることもせず通りすぎ暮人様だけがそっと肩を抱きながら部屋へと連れて行かれる。
いつもそうだった。私はこの柊にいると必ずと言っていいほど一瀬のクズや暮人様を惑わした女と蔑まれてきた。
それでも、暮人様は私のそばにいてくださった。だから、私はそんな暮人様のそばを離れないようにしていた。
でも、今回は天利様に面として言われてしまったためにショックが大きすぎて隠しきれない。
暮人様の私室へ連れて行かれ、ソファーに無理矢理と言っていいほどの力で乱暴に座らされた。
きっと、怒っているんだ。私があんなところで泣きそうになったから。私を恥と思ったんだ。
いつもの優しくて意地悪な暮人様がいない。
それが、胸を苦しくさせる。


「…申し訳ありません。あのような場で私は、私は…」

「何故、謝る。別に責めてはいない。今回は俺のミスだ。出迎え不要と言っていればよかった。そすれば、カレンが辛い思いをしなくて済んだはずだ」

「…私が弱いからいけないんです。暮人様は私のことを強いとおっしゃってくれました。私はそんな褒められたような人間ではありません。柊に権力に屈することしかわからない愚か者なのです」


駄々を捏ねる子どものように言うけれど、暮人様は聞いてくださる。
乱暴に座らせたくせに私の髪を撫でる手付きは優しくて、そのせいで我慢していた涙が溢れそうになる。


「泣いてばかりだな。最近は、喜怒哀楽の哀以外も覚えたと思ったが、やっぱり昔から変わらない。グレンの前で敢えて強く見せようとしたあの時もそうだ。本当は泣いて止めたかったんだろう。お前の考えそうなことなどわかる」

「なら、何故私を選ぶのです」

「言っただろう。お前は俺の癒しの場所だ。それに、柊という権力に忠実に見せかけて怯えているカレンこそ俺だけのモノになる。ただ、忠実なだけの人間などそばに置いてもおもしろくもない。だから、泣くな」


高校時代からそうだった。暮人様の周りは柊に忠実な名家の人たちばかりで校長よりも権力のある暮人様に逆らうなんてする人はいなかった。
そんな私が目をつけられるなんて思っていなくて、出会った時は怯えすぎて笑われたのを覚えている。
最初の理由はおもしろいというだけだった。
それがいつの間にか恋へと変化して、いまの関係になった。
私は最初から暮人様に捕らえられていたんだ。


「大好きです。暮人様だけは居なくならないでください」

「お前も勝手に死ぬな」


それだけで十分だ。愛の言葉など囁かれなくても、私には十分すぎる言葉だ。
もともと、愛の言葉など囁いてくれるような方ではない。遠まわしな台詞ばかりくださる方だ。
それでも、囁いてくれるなら囁いて欲しい。
たった一言の「愛してる」を。



20150512
Title:寡黙
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