すべてが無力になる瞬間


「グレン、いる?」控えめにノックをして、返事が返ってくる前に執務室に入り込む。
これぞ、完璧と思いながら回復祝いにアプルパイを焼いたために届けに来た。
暮人様が中々、グレンに会わせてくれないから柊の屋敷から脱走を試みてやって来たのだ。


「何だ…って、姉さん!!どうやって来た」

「んー、抜け出した。でも、ちゃんと置き手紙はしてきたよ。勝手に屋敷から抜け出したってバレたら暮人様うるさいからね。それに、怪我したなんて聞いてなかったから、今回はいいの」

「はぁ…お願いだから俺を巻き込まないでくれ」

「そんなこと言って、私に会えて嬉しいでしょ。はい、回復祝いのアップルパイ。私が焼いたから毒は入ってないかね」

「んなこと、わかってるよ」


素直じゃないグレンは正直可愛い。
いつも、気負っているから少しでも楽しい時間を過ごして欲しいと思うのは私の勝手だと思っている。
髪を撫でたくてウズウズしていると、「何してんだよ。それ、早くくれ」と言われるから仕方ないなと、机の上に置く。
お茶の準備しなきゃと思って、カップの場所など聞くけれどグレンは自分がやると聞かなくて、そのままソファーに座ること促されてしまったから大人しく従った。
グレンがお茶を淹れていると、勝手に執務室の扉が開いたから誰かなと思っていたら深夜様が「ねぇ、おやつない?」とやって来た。


「あれ、グレンがお茶淹れてる。珍しい…ってカレンさんがいるからか」

「深夜様、こんにちは」

「こんにちは。グレンのくせにアップルパイ食るとか羨ましいぞ」

「うるせぇ」

「よければ、深夜様食べてください。私が作ったのですが、お口に合えばと」

「いいんですか。じゃあ、貰おうかな」


グレン以外にも小百合や時雨の分を想定して作ったから、グレンひとりで食べる量より多いため深夜様が来てくれて少しホッとした。
このまま、小百合と時雨に会えなかったらどうしようと思っていたけれど、深夜様がいてくれるなら大丈夫なはず。
グレンの淹れてくれたお茶を飲みながら、食べているふたりを様子を見ていると作ってよかったと思えた。


「そういえば、暮人兄さんがさっきすごい形相でカレンさんのこと探してたよ。本当に、鬼みたいだったなー」

「…えっ」

「俺、知らねぇ」


突然、言われた深夜様の言葉に頭がついて行かない。
暮人様がすごい形相で…私を探してた。
置き手紙をして来たから大丈夫だよね?だって、脱走とかじゃないし後で屋敷に戻るつもりでいたから。
しかも、グレンが冷たい。


「グレン…私、どうしよう」

「関係ないな」

「ううう、グレンのバカ」


泣きそうになっていたら、「ああ、グレンがカレンさん泣かせた。暮人兄さんに報告しなきゃ」なんて、言うものだから余計に泣けてきた。
だって、私のせいでグレンが暮人様に叱られてしまうなんて嫌だから。
でも、グレンに冷たくされるのはもっと嫌。
そんな状況で、いきなり扉がバラバラに斬られ崩れ落ちた。
何があったのかわからないでいると、崩れた方からは暮人様が見える。


「ほら、飼い主が来たぞ」

「バカグレン」


飼い主とは暮人様に失礼すぎる。でも、私は暮人様に守られているから飼われているのも同然なのかもしれない。
そう思いはじめると、余計に悲しくなる。


「おい、グレン。カレンがお前の姉だということは、仕方ないが認めてやる。だが、泣かせていいとまでは認めていない」

「はぁ、別に泣かせたわけじゃねぇよ。勝手にこいつが泣き出しただけだっつーの。それに、何で姉さんが泣くのにお前の許可が必要なんだよ」

「それは、俺のモノだからだ」

「…暮人様っ!!」

「あはは、カレンさんここは感激するところじゃないよね」


深夜様の声なんて届かないほど、暮人様の言葉が嬉しい。
俺のモノだなんて、グレンがいる前でそんな恥ずかしい言葉を言われるなんて。
身体が熱くなるのがわかる。
そばにやって来た暮人様に立たされると、腰を掴まれそのまま寄り添うようにして歩かされる。


「じゃあな、一瀬グレンくん。カレンは返してもらう」

「とっとと、出てけリア充が」

「本当、暮人兄さん過保護なんだから」


グレンと深夜様が言っていることを気にもせずに、そのまま歩かされる。
廊下だというのに、暮人様は凛々しくしていらっしゃる。
それなのに、私は恥ずかしがってばかりでどうしようもない。
俯いていると、突然止まりだした暮人様に壁際まで追い詰められた挙句に「逃げたのだから、それなりの覚悟をしろ」と囁かれてしまったため、腰が抜けてへにゃりと座り込んでしまった。
そんな私を見て満足したらしく、お姫様抱っこをされたまま暮人様の執務室へと連行された。



20150507
Title:寡黙
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