ありふれた降伏
「暮人様?私をお呼びと聞きましたが、何か御用ですか?」
「特に用はない。ただ、顔が見たかっただけだ」
「もう、そのようなことで放送を使うのは止めてください。恥ずかしいじゃないですか」
「そうか。俺に愛されているのがわかるだろ」
悪戯っぽく笑ってくれた方が可愛らしいのに、暮人様はそんな感じに笑う人ではない。
きっと、暮人様がそのように笑ったらいつも以上にドキドキしてしまうだろう。
「何を考えている?」
「暮人様のことですよ。グレンみたいに悪戯っぽく笑ってくれたらどんな感じなのかなって考えていたんですけれど、想像つかないですね」
「…ならいいが、俺以外の男のことなど考えてくれるな」
「嫉妬ですか?私は暮人様しか見ていませんよ」
少し口角が上がるのを見れば、嬉しそうにしているとわかる。
表情に表さない方だから長年一緒にいると少しの変化でもわかるようになってきた。
昔は全くというほど理解できない人だったけれど、柊という名家に生まれ家督争いに身を投じていたのなら仕方がないことだとも思った。
私の場合は、グレンが生まれるまでは後継として育てられたけれど、そこまで厳しい思いをした思い出なんてなかった。
父が父だからかもしれないけれど。
「最近、父上がうるさくてな」
「やっぱり、私では暮人様には見合わないのでしょう」
「この崩壊した世界に身分など関係ないだろ」
言われてみればそうかもしれない。
あまり家柄を気にはしない人思っている。それに、古い因習に囚われているのは私だけなのだ。
暮人様はそのようなことは気にされていない。
分家が主家である柊と結ばれることは許されない。
一瀬の姫に心奪われた柊の男子。
いままた、同じことが繰り返されていると囁かれていることを暮人様が知らないわけがない。
それでも、そのことを放置しているのは暮人様が気にしていないからだ。
「私だけですね。古い因習に囚われているのは」
「…そうだろうな。俺はあんな廃れたものなど、どうでもいい。今があれば十分だ」
「暮人様らしいですね。だから、私は柊には逆らえないのです。その当主である天利様が私を暮人様に相応しくないと言われるのなら身分を弁えなくていけないのです」
「既成事実を作ればいいまでだ」
悪戯っぽく笑う暮人様が見たいと思っていたけれど、いま目の前にいる暮人様では無理な話。
だって、悪戯っぽくというよりも妖艶な笑みをしている。
暮人様は大人の方だから無理なのかもしれない。
その笑みから視線を離すことは許されないのだと、近づいてくる暮人様が言っている気がする。
20150819
Title:彼女の為に泣いた