最初にこれをしようと言った思ったのはどちらだったのか今となっては見当もつかない。ただ、私が覚えているのは、おとなしく押し倒されていた彼女の白く長い指が、自分のそれに触れた瞬間だけだ。ひやりとした指及び指輪の金属と、掌の柔らかさ。私はその時予想外の箇所からの攻撃に息を呑み、彼女は暗闇の中ではっきりと笑っていた。そして、事も無げに指だけで輪を作り―納めて、私の唇を当たり前のように食んだ。一連の流れるような動作に何の迷いもなかった。私が突如とした快感に身を竦ませることも、それを宥めるのも、何もかも彼女が想定した通りだったとでもいうように。至って優しいが決して引き出した快感をどこかに逃がすことを許さない指は容赦なく私を擦りたて、その際私は―舌を吸い、吸われることに必死で、彼女の手首に触れていることしかできなかった。息を荒げた。よかった、と思う―少なくとも自分でする時とはまるで違う、異質の快感が迫ってくることは確かだった。情けなくも彼女の指を濡らし、音を立てはじめたところで、彼女のしっかりと切られた爪が尿道口に食い込み、そこで私は力が抜けて溜まっていた自分の唾液を彼女の舌に思い切り乗せてしまったのをはっきりと覚えている。精液は彼女の掌に多く、腹に少なく飛び、細まった自分の視界で彼女の白い喉はこくんと動いた。いとも容易く。こんなものだけでなく私が今飛ばしたそれさえも、同じように吸ってやると暗示するかのように、眉を上げて笑い、己の唇を舌で拭って。


基本的に。


あまり私は自分が攻めている最中に反撃を食らったことはない。他の女性との同じような行為の中では。されそうになったとしても、それはなんだか気恥ずかしくわざとらしい、不自然なものとしか思えずに丁重に断ったというシーンばかり思い出す。おそらく淡白なのだろう、欲望はできれば淡々と面倒な趣向を凝らさずに処理したいとさえ思ってしまう。だからこそ、そう、だからこそだ―あの反撃は目が醒めるような何かだった、とも思う。私が今まで付き合ってきた女性は出来ればそういう面倒なことはやりたくない、言うなれば私と似た者同士が多かったので―そういったことは性的な営みの中からきっちりと外れていた。し、今回もそうしようと思っていた。特に彼女は付き合った女の中では目に付く程度に若かったというのもあり、尚更。しかし彼女はふわりとそうするのが当たり前のように私に触れ、それ以上の行為への誘惑さえ見せた。自分から。おとなしく受身でばかりいる癖に。

私が、彼女の最初の男ではないということはおそらく―直感的に―もしくは論理的に理解していた。言葉にしたことは、なかったけれども。決して彼女は自分の男性遍歴を自ら告白したり、外でひけらかしたりする真似はしないからある種突き止めるのは困難とも言える。更に言えば、あの危なっかしい私生活や己の追い詰め方を見ていれば男という異物を自分の心に入れたことがないようにさえ見える。実際そうなのだろう、あまりにも人間関係に対して不器用すぎる―が―性的な接触に関してのみ、彼女は不気味なほど慣れていた。技術の高さというよりは、アンバランス極まりない、そういった行為全般への慣れだった。これらが一致して手馴れていれば恋愛経験が豊富か、そのような職にアルバイトで就いていたと言うだけで説明がつく。この得体の知れない気味の悪さはしばしば気分を悪くさせるといっても過言ではない違和感を生み出した。そういった時にああ男は本能的に性に関して未熟な女を求めているのかもしれない、と仮説を立てざるを得ない。





並んで横たわるベッドで、彼女が私の方を向いた。唇がれいじ、と動いたのが見えた。私はつまらないことばかり考えていたせいですこし反応が遅れたが、顔を倒して彼女のほうを向いてやる。ごそごそと柔らかい身体が自分に張り付く。私は、丁寧に彼女の顔にかかる髪を梳いて、耳にかけていく。明るい場所では私はひどく彼女との接触に狼狽するが、存在を知覚できる程度の暗闇で、ベッドの上で寄り添っているとそれはまるでそうすることが普通のように思えるときがある。それが夫婦というあの紙きれ一枚による契約の賜物なのだとしたら、まったく人間の倫理観などというものはハリボテにすぎない。簡単に色も形も大きさも、厚みも重さも変化してしまう。腰をそっと、決して強制にならないように尽力して引き寄せ、腕というより脇近い二の腕の窪みの上に彼女の頭を乗せる。「どうした」と言うが、答えは返って来ず、代わりに手が私の頬に触れた。ぺたりと。泣きそうな顔に見えた。たまらなくなって、そっと抱きしめるようにしてキスをしてやったらなかなか離れようとはせず、体をすり寄せて私の唇を啄むのをやめない。――――えらく簡単に煩悩の回路が起動する音がしたが、それだけではやはり証拠不十分と言わざるを得ないだろう。と思ったら彼女の背中に回していたはずの私の手はするりと動かされ、夜着の中に進入し―つめたい彼女の背中を、直に撫でていた。驚いて彼女の表情を見るが、えらく不名誉なことをしてしまったかのように口をつぐみ、目線を下げ、顔を赤くしていることだけがわかり、私はそっと額に唇をつけて背中をそのまま撫で上げていく。


びくびく、と小さく私に納まってしまう身体が震える。はぁ、と温度の上がった息が吐かれた気配がする。肩甲骨から腰まで手を滑らせると明確に呻き声が漏れる。―ああ、やはり背中か。と納得しながら慎重に背中にかかる彼女の髪を払い、触れていく。面白いくらい身体は跳ねた。枕に提供していたほうの腕を―そっと抜き、その仕事の為に作られた正しい枕を差し込んで―片手で彼女のパジャマの前のボタンを外していく。半分ほどで、どうしても早いところ中に手を入れたくて耐え切れず胸を優しく掴んだ。彼女が身体を固くするので、また背中を撫でて緊張を解く。自分の手にも僅かに余る白い柔肉の塊はぐにぐに不思議なほどに簡単に歪む。指の合間から零れ落ちそうなほどに。彼女が息を荒げ、声を殺すように歯を食いしばるのが見えた。ので、私は背中を撫でていた手を尻まで落とすことにする―なぜこのコムスメは下着をつけていないどころか、下さえ穿いていないのかわからない―眉間に皺を寄せ、今度は私が歯を食い縛る番だった。大声で異議を申し立てたいところだが、何か悪いところがあるのか何も悪いことはない、強いて言うならこんな単純なハニートラップで大喜びする私の安い欲求だろう。


ぴったりと合わさる太股は汗とそうではないものでしっとりと濡れている。「…足を、」開いてほしいと言う前に彼女は顔を背けて仰向けに転がる。片腕で表情まで隠して。―自分が優位な時はむしろ淫猥さを見せ付けてくるというのに。私は鼻だけで笑い、彼女の上に圧し掛かって、片手は胸から離さずに足の間にもう片方の指を這わせていく。身体はゆっくりと弛緩して、それなりに濡れているそこに、指が届く。「う…ッ」彼女が小さく、しかし声を出す。感触だけでぷくりとしたものを探し当てて、親指の腹でやわやわと押し込んでいく。顔が見えないので仕方なく首筋に顔を埋めてたっぷりとそこに停滞する甘い匂いを吸い込み、顎の下を噛むように舐める。喉の薄皮は何度もひくつき、私がいちいち指示することなく足はだらしなく開かれる。指でさわっているそこは探らなくてもいい程度に大きくなり、尻がシーツを滑る音と、押し付けられるような下からの圧力が重ねられ、そこでやわく揉み続けていた胸を掴む手にも、下の指にも力を込める、と、小さく彼女が悲鳴をあげてびくんと跳ねた。その後はーはーと震える彼女の唇には噛み痕がくっきりと残っていた。……まったくこの癖は、なんとかしたいものだ。何らかの趣向を凝らすことになったとしても。



私が当たり前のように彼女の足の間に下半身を寄せると、そこでぐったりと横たわっていた彼女がばっと跳ね起きる。「ま、って」「…嫌なのか?」「ちが、うの…したい、ことが」あるから。潤んだ瞳で息も整わないうちからそんなことを言われればなんというか、様々な意味で従うほかない。広いベッドで、彼女は私の方に乗ろうとし、私はすとんと尻をつく。「な、んだというのだ」―白い手が、再び私の、そこに、すとんと服の上から落ちてくる。彼女は今度はにっこりと笑うのを隠そうともせず、「…怜侍ってえろいよね」などと勝手なことをのたまってぺたんと身体をベッドの上に猫のように這わせてそれを易々と取り出す。私は奇しくも先の記憶が、更に威力を増した結果となったことを悟り―唾を呑む。暗闇に大分目が慣れたせいか、それなりによく見える。持たれた根元と、そこに寄せられる唇、開かれる口、下品なほどあからさまに伸ばされる舌、鬱陶しげに耳にかけられる長い髪―の一部始終を。そこにばかり気を取られていたら、粘膜が触れた感覚はひどく遅れてやってきた。柔らかい内臓に包まれた、と表現さえしてしまえば―膣内と何ら変わりない。酸素を大きく吸い込みすぎた。彼女はやわらかく、手は離して口だけでそれを納めてしまう。私は息を落ち着ける意も含めて体を少し倒して、彼女の頭の上に手を置いた。そうしたら嬉しそうにぎゅうと目は瞑られ、じゅるりと音を立てて既に先から噴出し始めたであろう液が吸われる。う、―っ、先ほど私は、膣内と何ら変わりないと言ったが―そこには大きな誤情報が混ざりこんでいた、とだけ、言っておく。


柔らかく濡れた筋肉である舌が、裏側を蛞蝓のように這っている。ぎゅうと口がすぼめられることによって、内壁だけで自分の粘膜まで削り落とされそうになる。ぐしゃ、と彼女のつむじの毛を乱してしまう。とろりと眼球は蕩けるように熱くなり、溜息が何度も漏れた。じゅるじゅると音がする。そのうえで、舌の上を何度も滑らされている、のだ、と思う。何をされているかまで―クソッ、この快感の中で冷静に判断できるものか―奉仕というにはあまりに暴力的で、捕食されているというほうが、その、近い。おそらく。頭を撫でられて喜んでいるのはともかくとして。揺れる耳とはためく尻尾が見えたとしてもそれはネコ科の肉食獣か、もしくはいたいけな―私のような心優しいウサギを貪る悪しきオオカミか、そのあたりのものだ、間違いなくッ!などと懸命に違うことに意識を集中させようとしても快感は残酷なほど下半身の中に溜まっていく。そして、ぷあっと息をつくように一度口から離される。はあはあと肩で息をしているのは、私ではなく彼女のはずではないのか―と思うが淡い期待はあっけなく裏切られ彼女は私を見てくすっと笑い、上唇を挑発するように舐める。「かわいい」奥歯を思わず歯で弾いた。屈辱のあまり。もう一度、事も無げに続く口辱から逃れたそれを咥え込んで―咥え込んで、え――?さっきよりも更に、奥に。先端に、ごつんとした感触。もにゅもにゅと口内が全体でそれを包み込み、彼女の喉が先端を咥え込んでいた。さすがにこれは苦しいのか―痛々しげに片目を細めている、しかし裏腹と言ってもいいほど喉は何度も自分の先まで綺麗に内臓に納め、収縮する。暖かく濡れた、柔らかい肉でぎっちりと。子宮口にもし自身を納めることが可能ならこんな感覚なのではないか―などと、考えざるを得なかった。ともすれば彼女の頭を抑えつけてそのまま奥に捻り込んでやりたくなる上に、そうしたとしても彼女は暴れるどころかそれを狙っていたかのようにまた私を挑発するに違いない。それに乗るのは癪で―このまま情けなく吐精してしまうのはもっと癪で―ひたすら私は、顎が砕けかねないくらい歯を食いしばることに集中するしかなかった。涙が滲んでくる。腰のあたりはもう、どろどろに何かがせり上がって来る感覚まで察知している。するりと彼女が頭を傾け、私の顔を上目だけで覗き―強情め、と視線だけで呆れて呟くと―唇をわざと引っ掛けながら中ほどまで口から抜き、決して立てなかった歯で先端との境目を優しく刺激するように甘噛みした。「…あ、う、ッ―」ついに息は、声となって漏れた。のと同時にそれはびくびく、とゆっくり何度か跳ねて、精液は彼女の口の中に全て納められた。やはりあの時の私の唾液のように、なんてことはなく、こくこくと飲み干していく。口をもごつかせながら。はあ、と息をついて気を抜いた瞬間を見計らうように尿道に残っていたものを吸い上げられ、私はまた不意打ちで小さくはっきりと声をあげてしまう。快感によって。



―何が言いたかったかと、いうと。



私が淡白なのは自明の理というヤツだが、淡白なままでは間違いなくこのまま私は彼女に調教されてしまう気がする。「へへへえ」とか言いながら抱きついてきたこのオオカミに骨までしゃぶりつくされおまけに焼かれた粉まで酒にされかねない。ぎゅうぎゅうと抱きしめる身体は、やわらかく温かい。先程までの狂乱ぶりはまるで嘘のようだ。「…怜侍って、ほんと、えろいよね…」くすくすと含み笑いの混じったトーンの低い囁きさえ無視すれば。「…君は卑怯だ、声も表情も隠して」「怜侍だっておなじことしてたもん」「ほう―」それは、私にはその隠匿を暴くまでの技術があるわけないだろう、という旨の挑戦だろう―彼女はご機嫌で私に甘えている。私は不毛な、昏い復讐の悦びの始まりを胸に抱えつつ―今日はおとなしく、とりあえずは眠ってやろうと思う。彼女がぐっすり眠り込むまで。


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