今日のティータイムは豪華ですよお、とおなまえが持ち込んできたのはシュークリームであった。昼休みの終盤、昼食は既に別に済ませているため仕事に戻ろうと思ったところで携帯に連絡が入り、いいものを貰ったから紅茶を淹れておけとの命令―だったので―私がおとなしく彼女の分まで準備していたところの話だ。「それは、君が用意したのか」「んーん、もらった!私が前お土産あげた子がお返しにって」おそらく経歴から選ばれているのだろうが、私ほどではないものの時には彼女も海外出張を任されることがあり、その流れの話だろう―耳に入った噂では碌でもないものばかりばらまいているらしい(問いただす勇気はない)。 にこにこ上機嫌に笑いながら彼女は箱を私の机の上に乗せ、勝手知ったる自分の家とも言いたげに皿まで出す。まあたまにはこういうものも悪くはないだろう、と私は丁寧に紅茶をカップに注ぐ。「怜侍クリームはどっち派?」ごそごそと彼女が箱の中を弄っている。「カスタード」「はーい、じゃあ私生クリームにしよ」生クリームも嫌いではない、むしろ好きな方だが、やはりシュークリームで食べるとなるとあの薄い包み込むようにふわりとした、もしくはさくりと香ばしくかたい生地から溢れるのは柔らかい山吹色の緩めに作られたカスタードクリームと相場が決まっている。それは鯛焼きの中身はたとえ他の具材がいかに魅力的であろうとあんこでなければならない、という定説と近い。「どーぞ」ストレートのまま美しく澄む紅茶の側に、丸い小山のようなそれが置かれる。「ありがとう。…では」頂こう、と私は執務室のソファに掛け、彼女も隣にすとんと座る。


口にすると程よい甘さの、卵とダークラムの香りが仄かに燻るとろりとしたクリームが溢れ出る。文句なく美味しい、だろう。趣味の良いものだ―と持ち込んだ相手に感心しつつ私がもぐもぐと無心に食べていると、ふと彼女の視線を感じてそっと横を見る。「……ものすっごく幸せそうだね、怜侍」「なッ!そ、そんなわけがないだろう!この程度で、私が―」「すごーく顔緩んでたよ、ヒビが消えるくらい」「ぐ…」なんだこの気恥ずかしさは…だ、だがしかし上質な物を相応に堪能するのは道理だ。何も責められる謂れはない。私が再びシュークリームを口に運ぶと、生地の合間からクリームが僅かに溢れて親指の爪にかかる。む―卑しい、が――しかし拭き取っては、勿体ない―と、私はそこを掬い取って何の気なしに淡く黄色に濡れた爪を舐める。と。「なにいまの」「…は?」「なにいまの」彼女が信じられない、という顔で私を見る。ま、まだ見ていたのかッ!食べるのに集中したまえ、と言いたいものの品性を欠く行為に及んだのは自分であり、言い訳のしようもなく私は唸る―が。「えっろ」彼女は眉をひそめて神妙にそう言い放ち、ぱくりとシュークリームに意識を戻す。


な、なにを考えているのだこの女は―いや――それは今に始まったことではなかった。私はげんなりとして紅茶を口に運び、彼女の意識から外れたことをいいことに視線をそちらに移す。彼女は棚にがっしりとはまったファイルの群れに無作為に目を滑らせながら、ぼんやりとシュークリームを少しずつ齧っている。しばらく見てきて気づいたことだが―彼女は食事という行為そのものがあまり好きではないのか、よほど美味しい好物を与えない限り上の空極まりなく物を食べる。そしてよく零す。今回もそうなるのではないか、と私は思っていたがとりあえず零しそうな危なっかしさの代わりに―――うす赤い艶やかなグロスのかけられた上唇に乗る白いたっぷりとした生クリームや、それを気怠く削り取る濡れた小さな舌がはっきりと見えて、私は図らずとも先ほどの彼女の言葉の意図を理解してしまう。まったく、歓迎しない、ことに――私は無心を意識してシュークリームに戻る。と、今度は彼女から声がかかる。「ね」「ム?」「ちょっとちょうだい」カスタードも食べてみたい、と彼女がじっと下から私を見る。僅かな動揺を抱えつつ食べかけのこれをどうやって分けてやろうかと思案していると、「さっきみたいに」予告なく爆弾が落とされた。「な、そ―れは」「指でちょっと掬って。機能的でしょ?」そう銘打てば大抵のことは受け入れるだろうと思っているのなら大間違いだと言いたいが――構うまい、この程度どういうことはないだろうと私は親指の脇でカスタードクリームを掬って口に差し出すと、彼女は躊躇なくそれを咥えこむ。


一瞬で後悔した。


象徴的すぎてコメントを控えるレベルの図である。彼女の睫毛は憂げに伏せられ、親指の腹を、短めで器用には回せない舌がさするように舐め―(背中に鳥肌が立った)、ただそのようなアレと違うことはおいしそうというよりは私の指を掃除するように舐めながらずっとそれを甘噛みしていることで――な、なにを考えているんだ私はッ!とりあえず深く息を吐く。そこで彼女は簡単にそれを引き抜き、一度だけ吸いつくように先端にキスしたあと「おいしかったー」と間延びした声で笑い、箱に付属していた使い捨てのアルコールティッシュであっという間に咥えていたそれを拭って再び自分のシュークリームに戻る。鮮やかな速さに私は呆気にとられたまま、「あ、ああ」などと返事をし――動揺は未だに収まらない。何とも心地良かったあの一瞬がしつこく脳裏にちらつき、固まっていたところで「ああ」、「怜侍もいる?」と次の攻撃が鳩尾を貫いた。私が何か答える前にするりと彼女はまたもう一枚のティッシュで自分の指を拭い、するりと人差し指に生クリームを乗せて私の鼻先に差し出した。ぼんやりとしたまま、私は、それをそうっと口にする。予想していたよりずっと爽やかな甘さに牛乳の匂いと舌触り、それに若干の人肌特有の塩味―という順序で零れたクリームはカスタードと同等に美味しかった。彼女が音もなく目を細めて私を見る―私はいつもの他人を威嚇するときと同様に顎を引いてそれを睨み、細長い指を舌足らずの彼女のそれよりずっと長く厚い自分の舌で包んでやる。彼女はふふふと音をだし、唇を開く。「ね、こっちも悪くないでしょ」


おなまえの妖しく細められた瞳が私を見て笑っている。視線だけで私は抗議しつつも、次はそちらを口にしてもいいかもしれない―と、頭の片隅だけはじわりと、沸く。



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