※ゴスペル〜続き





「………嘘でしょ」



私は手を差し出しながら呆気に取られて目の前の涼しげな顔の男を見つめる。さんざんアメリカで過ごしていた頃繰り返していたミツルギ、これがミツルギ…つまり、このひとと昔そういう仲だったタテユキはそもそもバイ・セクシュアルだったってことでいいのか…?「話したことあるよね。彼が御剣…レイジくん。で、レイジくん、こっちはうちの可愛いパラリーガル―候補のおなまえちゃん」「ム、これはご丁寧に。御剣怜侍と申します。…日本語は平気ですか」「あ、いえ、私日本人なので…ご心配なく」それはよかった、というようにミツルギはすと微笑む。甘めの綺麗な顔をしていて、背は高いうえに体つきも良く、何よりこれほど洗練された紳士的な気配を纏っているのに遊び人の匂いがしないのはおそらくゲイだ――珍しくもないと私はなんとなく納得する。タテユキも私の前だとミツルギって呼ぶのに、レイジなんて言ってるし。


ミツルギは感情の出ない顔のまま、運ばれてきた紅茶に口をつける。「てっきり信楽さんはこれまで一人で仕事をなさっていたのかと思いましたが…良かったです」「さすがにねー。二国を行き来してると、どうしても事務手続きが億劫でさ。細々としたとこに手が回りきれないし。レイジくんもそのへんわかるだろ?」「そうですね。自分が留守の場所を任せられる部下がいるというのはとても良いことだ」「でっしょでしょ。彼女は主にアメリカ担当だからさあ、そろそろ日本にもほしいなって―」ミツルギが顔をしかめる。「…信楽さん」「ジョ、ジョーダン…ではないんだな、これが。その気になったらいつでも頼むよ」


私は自分のアイスコーヒーにミルクをたっぷり入れながらじっと二人の話を聞いていたけど、タテユキは本当に楽しそうに笑いながら喋っている(タテユキが表情を隠すために笑うとき以外の笑いというものはなかなかに珍しい)。エンヴィだ―というよりは、不思議な気持ちになる。タテユキは孤独なひとだから。ふわふわ浮くみたいに、誰にも沈まないように生きようとしているから。本当にこの人を信頼していて、親愛の情を持っているんだろうと―思う、それはおそらく私より。そこに関して心が痛まないといえば嘘になるけど、それよりもタテユキが屈託なく笑うというのはタテマエばかりの時間よりずっと好きだから、構わない。「私も、ミツルギさんがうちの事務所に来てくれたらいいなって思います。すごく」


にっと私は笑う。ミツルギは面食らった顔をする。「むうう…そ、それは、ありがとうございます。お気持ちはタイヘン、嬉しいのだが―」「あれ。ホントに?オジサンびっくりしちゃった、おなまえ」「こんなクールでセクシーなヒトと一緒に仕事できるなんて最高だもん。何か問題が?」「まあレイジくんは昔から可愛かったけどさ、そんなハッキリ言われるとへこむなあ…若いだけが魅力じゃないのに」「あ、ミツルギさん、タテユキとはどれくらい一緒にいるんですか?小さい頃から?」タテユキは四角い砂糖をぽいとホットコーヒーに一つ放って、しくしく泣きまねをしている。「それは、…父がいた頃―私が幼い頃に、何年か。以来今回の帰国まで会うことはほぼありませんでした」…え。それは、つまり。


「………タテユキ」「うん。なに?オジサンの加齢臭がなんだって?」「違う。タテユキってミツルギさんが子供の頃からそういうことしてたの」「え。」私は声をひそめて耳に刷り込む。「だから、小さい頃からそういう関係だったのって―」「ちょ、ちょ、何言ってるのおなまえ!ヒドい冗談はやめてくれよ」「じょ、冗談って!ミツルギさんはタテユキのパートナーじゃないの?」私の声が耳に入ったのか、ミツルギさんはこの世の終わりのような顔をしてタテユキは汗だくでホールドアップに入る。「――信楽さん」「な、ちょ、ベイビーどうしてそんな結論に至ったの?なるべく過程を省かず詳細に教えてほしい」「だってタテユキ、あっちにいた頃からミツルギ、ミツルギって―昔の奥さんみたいに。だから私てっきりそういうことだと」


ミツルギはおっかない顔を緩めて、耐え切れないというようにふきだす。


「し、失礼。まさかそんな誤解をされていようとは―」「レイジくん!ひ、ヒドい!否定してよ!ほらほら一緒に!」「別に私はそういうことは気にしないしタテユキが幸せならそれで」「いやいやいやいや!違う!違うよ!レイジくんはボクが昔すごおくお世話になった弁護士の御剣信さんの息子だって」「……え?いやっでもミツルギって―」ミツルギは可笑しそうに顔を歪めて笑っている。「どういうことですか、信楽さん。私は助手にして恋人を紹介する、と聞いてこの席に来たのですが」今度は私が面食らう。タテユキはほっぺたを赤くして、ばつが悪そうに顎を掻いている。「う、うん。そのはずだったんだけどね。いやあ意思疎通って難しいな―」


「―タテユキ」私はうぐぐと唇を結んで、そのスタイルの良すぎる細腰を肘で小突く。「ひょう!ごめ、ごめんって―だっておなまえちゃんこうでもしなきゃきっと信じてくれないだろうって思って、言うの忘れてたっていうかその」「ちゃ、ちゃんと言えっ!ミツルギさんをゲイにしちゃったじゃん!」「…私はストレートです。まあ、あまりに強く情熱的に求められればあるいは一考の価値はある問題かもしれない」「あーーレイジくんまでそういうこと言うんだ!オジサンをいじめられっ子の席に立たせるんだ!もうヤダ若い子達嫌い!」

フ、とミツルギが笑い、再び紅茶を口につける。「さすがに趣味の悪い冗談でした。しかし、なんとも信楽さんらしい話ですね」「…もお、ホントにね。自分が情けないよ。…ああでも」がっくり肩を落としていたタテユキは、すこしだけ優しく笑いながら隣に座る私の腰を引き寄せる。「オジサンが幸せなら、なんて健気なこと言うなんてビックリしちゃった。嬉しかったよ」綺麗に響く、低く落ち着いた声でタテユキは私に言う。ミツルギは紅茶のカップを持ったままわざとらしく窓の外に視線を逸らしている。「ごめんね、心配させちゃってさ。でもそういうことだから。おなまえはボクの可愛い恋人でーす、信さんにもそう言うつもりで連れてきたんだ」


私はううう、と唸る。恥ずかしさとその他諸々の感情で。「…タテユキのばか」「ばかなオジサンよりクールでセクシーなレイジくんのがいいのかな?」「……っもう、それとこれとは話が別だから!ミツルギさんがそうなのには違いないし」「え?!ここは『ううんタテユキが一番クールでセクシーだよぉ』ってくるとこじゃないの!違うの!」「うーん、それはちょっと無理があるかな」「なんかリアルな否定の仕方やめて!思いのほか傷ついた!」

たとえそうだろうと私はタテユキ以外興味ないけどね、と喉奥まで押し込むと、口元に笑みを浮かべたままのミツルギと目が合い、穏やかに私は笑われる。懐かしい思い出を淵から覗き込むような、とても柔らかい表情で。タテユキは困ったような顔のまま、幸せそうに笑っている。憂いの消えた、夜じゅう降り続いた雨の止んだ朝みたいに。




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