愛玩されて生きる方法というものは、どうやらもう数学の難題よろしく解決されて提唱されているらしいけど私はその正体を知る由も無い。そういう手段を使いたくないと言ったらたぶんそれまでになるけど、私はどうしても彼に対してそれを使うことができない。彼は笑うだろう。そうしてそのあと、気づかないふりをして、知らぬ存ぜぬを通して、私の頭に触れるだろう。知ってますか。わたしセックスしたことあるんです。それも、何回も。初めては知らないおじさんとだったんです。3万円ももらえました。盾之くんとだってしたことあります。こういうことは好きじゃなくてもできると思っています。あなたの身体を見る度に私は全部それを引き剥がしたくなります。そうして貪ってやりたいとさえ、思います。私には品が無いのです。慎みもないんです。がっかりしましたか。私を見下しましたか?それが欲情です。私に、いま、ちょっとだけ欲望を持ったでしょう。私の勝ちです。ねえ私本当に汚いんですよ。こんな顔して、ふわふわに髪なんて巻いちゃって、優しいダークブラウン程度に色も抑えて、爪はベビーピンクにしか塗りません。それは別に法律事務所なんて真面目なところに出入りしてるからじゃないんです。あなたの目に少しでもまともな女として映りたいからです。しょうもないですね。笑ってください。あなたの息子さんはまだ小学生なのにとても女に対して頭のいい子で、私の顔を見て不思議そうに顔をしかめます。「香水のニオイが混ざってませんか」なんて言っちゃって。彼は知ってるんです。私がここに来る時だけ、ちょっと高い落ち着いたものに変えてくることを。いつもは安っぽい派手な匂いさせてるって知ってるんです。きっとお母さんが、きちんとした人だったんでしょうね。



「君は頭のいい子だよ」



それでもあなたは私にそう言います。ご存知、でしょう。私はきたないのです。私にとっての正義のヒーローの指先に触れることもできないほどに。「よく気がつくし」だからどうか、どうかそう呼んでください。お願いします。私には膜がないから。あなたに嘘をついているから。私は本当はしょうもない人間だから。底が浅いから。「…怜侍も気に入ってるんだ、君の事は。私が言うのもなんだが、息子は頭が良い」ねえ嫌う理由なんていっぱいあります。ありすぎるくらいです。ここであげつらってみせてもいい。大学は適当に行きました。ろくに授業に出なかったくせに教授に必死に頼み込んで卒論も通しました。高校もさぼりがちでした。中学なんて覚えてません。小学校のころは怜侍くんと違ってバカばっかりやってました。池からおたまじゃくしを盗んだりしてました。カエルの卵って、本当に気持ち悪いですよね。透明の膜の中で、ぶるぶる小さな塊が動くんです。私はあれに親近感を持っていたんです。ゆるゆるでぬるぬるで、みんなと一緒に枠の中でうろうろするだけ。膜の外には出られないんです。好き勝手、安全な枠の中で動き回って異端みたいな顔して。私の人生みたいです。今の私だって、手足の生えたおたまじゃくしみたいなものです。カエルになる直前の。私は永遠にそれなんです。いつまでもカエルになんて、なれない。


「だからこそ」


君の告白は受けることができないんだよ、とあなたは言う。


私は情けないくらい簡単にあなたの前で、泣く。あなたはひどく優しい顔で私に黒いハンカチを貸してくれる。「信さん」「あまり自分を虐めて生きるのはやめなさい」触れてくれるだけでいいのに。涙を拭ってくれるだけでいいのに。なんて誠実なんだろう。あなたの誠実さは私を貫く。くだらない優しさよりずっと質量をもって。「私も君のことが好きだよ」机の上で、そっと指を組んで―ぎ、と軽くかなり使い込まれてる椅子が鈍い音を立てる。優しい言葉で、愛を囁いて拒絶されたら私には行き場がなくなってしまう。憎むことも愛し続けることもできない。穏やかな諦観だけが残っている。「君はとても真面目だし、そこから外れて生きたことなんてないのだから、こちら側にきてはいけない」


あなたが死んでもう18年経つのに、ああ私はまだ夢の中のあなたの言葉の意味さえ、わかりません。




博士と孔雀


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -