アンタのせいだ
せっかく、先輩の部屋に来たというのに、色気も味気も無さすぎる。
頬杖ついて俯く俺の眼前には、教科書やら参考書やら。
普段は脳内容量に割く余裕もない所謂知識ってやつを詰め込んですっかり重たくなった脳味噌は、キリキリどこかに痺れを生じ始めていた。
そんな風に限界を訴えている頭を駆使して行う思考は、なんだかもうダメダメで。
鈍ってきた読解力に、苛々。
なんで数学って無駄に問題文ながくするの。
意味わかんねえ。
思わず「あー…もう」と、溜め息混じりの声が漏れる。
「…ねえ先輩、ここ分かんないんですけど」
シャーペンの先で指差しつつ、向かいに座った霧野先輩の顔色を伺う。
垂れ下がった桃色の髪が揺れ、翡翠色した眼球が此方を向いた。
そして、視線が合致。
効果音としては、カチリ、という感じ。
もう彼と目があってもバチッと火花が散ることはない。
ううん。寂しいような嬉しいような。
物足りないっちゃ、物足りない。
かも。
「ん、どこ?」
彼は右手を止め、少し身を乗り出すようにしながら俺に問い掛ける。
上目遣いに此方を覗き込んでくるものだから、迫ってくる顔の端麗さに怯んでしまい、若干のけ反った。
ハンパなく綺麗な顔。
大きな目。
それを縁取る長い睫毛。
淡くピンクの頬っぺた。
薄い唇。
ああ、
どきどきする。
「ココ」
「あぁ、ここかぁ。懐かしい」
「難しくないですかコレ」
「あぁ。俺も嫌いだった。ていうか、狩屋が出来ないって珍しいな」
「…だって」
だって、あんたと2人きりだから鼻っから集中出来てないんだよ。
よし。
思惑としては、ここから然り気無く雑談へ、そして休憩へと持っていきたい。
気分転換も必要だし。
せっかく先輩と2人きりなんだし。
そもそもさ、彼と2人きりで勉強会なんて集中できるわけないじゃんか。
しかも、先輩の部屋だよ?
俗にいう『おうちデート』と、今の状況は何ら変わらない。
「狩屋、お前聞いてる?」
「…あ。すいません聞いてませんでした」
「お前なぁ…、人に聞いておいて」
「ていうか先輩。俺もう疲れた。休みましょうよ」
あは。
然り気無さゼロ。
まあ中学男子なんてこんなもんだよね。
「俺、先輩と話したい」
にっこり。
そんな擬音がピッタリくるように笑えただろうか。
俺の笑顔って怖いらしいから。なんか企んでるように見えたら、嫌だなぁ。
彼は、暫し不満気に口をへの字にした後、乗り出していた上半身を戻して「しょうがないなぁ」と苦笑を浮かべる。
どうやら警戒心等は抱いていないようだ。
よかった。
正座を解いて、胡座へ体勢を変える。
らくーな姿勢になって彼との会話を楽しんだ。
サッカーの事とか、部活の事とか学校生活とか。
ど突いたりど突かれたり、下らないことで笑った。
喋っている内に、
ああやっぱり、
この人のこと大好きだなぁ。
って、しみじみ思っちゃって。
幸せすぎて、なんか途中で泣きそうになった。
時間よ止まれ。
ラブソングに有りがちなこの歌詞に心底共感。
すっごい分かる。
今までバカにして、ごめんなさい。
幸せだ本当に。
だからなんか、
「俺、やっぱり先輩がめっちゃ好きだよ」
こーんな、赤面ものの台詞吐いちゃって。
言い終えるなり、カアって顔が熱くなって、咄嗟に顔を手で覆って。
うわあ。俺のばか。なに言ってんだよ恥ずかしい。なにポロッと好きだよとか言ってんの。俺のキャラじゃないじゃん。おい。
と、羞恥に悶えつつ、
いや。待てよ。先輩だったらなんか軽く流しそうじゃね。だって先輩ってそんな感じじゃん。俺にときめいたことある?って問い掛けたくなるもん、たまに。
と、細やかな期待を抱きながら、指と指の隙間から彼の顔色を伺った。
そしたら。
先輩は、
「………………。」
って、沈黙して。
耳まで真っ赤にして、固まってて。
俺に見られてるって気付いた途端、
ビクって体を震わせ、オーバーリアクション。
乱れた前髪を手で整えながら、
視線をうようよ泳がして、
「……あっ、えっとな」
言葉を詰まらせつつ、
あからさまに照れながら、
一呼吸、おいて、
俺をじいっと、真っ直ぐ見つめて、
「…おれも、狩屋すごい好きだ」
って、
言った。
「………っ!!」
心臓が、停止。
ぐらって、視線が揺れた。
体全体が蒸発しそう。すごい破壊力。
普段の彼は可憐な外見に似つかわしくない男前な人で、しかも、恋愛に対して無頓着というか。
あんまり、甘えたり、そういうことしてくれなくて。
なんだか、俺ばっかり好きなような気がしていた。
だから今のは、すごい嬉しい。
嬉しすぎる。
「ま、まて、今のなし!!」
そんな風に声を張り上げて机に顔を伏せた彼の、
小さく震える左手へ手を伸ばした。
指と指を絡まして、控え目に握ってみる。
熱い。
彼の手も、自分の顔も。
「…俺のどこが好きですか?」
返答はない。
だけど、
桃色の頭が、ぴくって微かに動いた気がした。
「俺は、先輩の、ぜんぶが好きです」
自然に、手の力が強くなる。
華奢な指。
白くて、綺麗だ。
ああ、そういえば、恋人繋ぎはじめてかも。
「ねえ先輩は…?」
先輩は、俺の、どこが好き?
俺みたいなヒネクレ者の、どこを見て、
好きになってくれたんですか?
すると、彼の指が、俺の手をぎゅうっと締め返してきた。
そして、
「狩屋のぜんぶが好きだ」
彼が、顔を上げた。
はじめて見る種類の表情。
眉尻が垂れて、
凛々しい目元が心無しか潤んでいる。
頬はりんご病みたい。
「先輩、今、すっごい可愛いですよ」
「…っそ、そういうこと、いうな!!」
「なんで…?本当なのに」
「…うぅ、やめてくれ」
彼は顔を隠すようにして俯く。
だけど、手を握る力は弱まらない。むしろ、増した。
机の上には2人の指が絡んだ恋人繋ぎが、俺達の関係性を確りと証明してくれている。
「先輩、キスしたい」
数秒の沈黙の後、
彼は小さく頷いて、
ゆっくり、顔を此方へ向けた。
「…め、とじた方がいいか?」
「たぶん」
たぶんてなんだよ。
俺も相当、上がってるみたいだ。
瞼を閉じて、キス待ちする先輩は有り得ないくらい可愛くて同時に色っぽく見える。
もう、心臓どきどきどころじゃない。
握っていない方の掌で、柔らかい彼の頬を包み込んだ。
熱い。
熱、あったりして。
輪郭を覆う髪を掻き分け、耳の辺りまで指を伸ばす。
先輩顔小さいなぁ。
ああ可愛い。
「じゃ、い、いまからキスします」
「わかった」
顔を近付けていく。
手が震えて指の先端が、彼の耳を擦った。
瞬間、
「……んっ」
とか、トーン高めの声と共に、先輩の体が跳び跳ねる。
思わず、筋肉が凝固。
唇まであと数センチのところで、動けなくなった。
「…へっ、変な声ださないでください!!」
「悪い、耳弱いんだ…」
「弱いって…、触っただけじゃん!!」
舐めたりとか、してないじゃん。
どんだけ、敏感なんだよ。
「だって、狩屋だから…いつもより感じる」
「…………っ!??」
今のは刺激が強すぎた。
倒れそう。
アンタのせいだ
(もう、顔見れない。キス無理。)
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2012/03/11
あとがき
初々しいの意味を見失いました…!!すいません…。
だけど照れまくってる2人が書けて楽しかったです!!
柚姫様リクエストありがとうございました!!