最後まで、いいかな
お腹が張ると、目蓋が緩む。
日溜まりに浸った微睡みの中は、蜂蜜を含んだようにほんのり甘い。
浸食してくる眠気に抗おうという気力は、その甘さに呆気なく溶けていく。
何度も目蓋が落っこちてきて、暗転を繰り返す世界。
そんな転た寝一歩手前の霞んだ視野の中で、向かい合うようにして座る彼だけが、やけに鮮明にキラキラ輝いて見えた。
桃色の髪。青い目。
周囲に迸る、カラフルなキラキラオーラ。
「…霧野、お前まじでかわいーよなー。」
ぴたっと、霧野の右手が止まった。
静かに繰り広げられていた彼と問題集との睨めっこが、一時休戦される。
此方へ向けられた顔は、不愉快そうに眉を潜めていたけれど、彼の可憐さはそれくらいで削がれることはなかった。
寧ろ、
もっと困らせたくなる類いの表情。
思わず、頬が緩む。
が、必死に抑制。
つい口に出た本音は、彼の琴線に触れたっぽい。
何か弁解しようか迷ったが、眠たくって頭が回らなかった。
ぼんやり、彼の顔を黙ったまま見詰める。
「…何ばかなこと言ってんですか南沢さん。寝言は寝て言え。です」
まあ、既に半分、寝てるみたいですけど。
そう続ける彼に「うん眠い」と、頷いて欠伸をひとつ。
水の膜が視界を覆う。
うるうるした世界で、彼の鮮やかな頭髪や瞳が、さらに煌めいた。
「…もー南沢さん、勉強教えてくれるっていったじゃないですかー」
ぼやけた視界から、彼の口が開閉している様子が伺える。
そうだったお勉強。
彼は先輩である俺を頼って、わざわざ、家まで来て勉強に勤しんでいるんだった。
可愛い後輩に慕われているという現状は喜ばしい。
だけど、ここで疑問がひとつ。
「…俺じゃなくて、神童に聞けばいいじゃんか?」
愛しの愛しの神童拓人くんに。
目を擦りつつ、彼に言う。
そうなのだ。
そもそも。
彼が今日のような休日の午後、急に「勉強教えてください」なんていうメールを送ってくること事態が予想外だった。
こっちは、気持ち良く昼寝してたのに。
「恋人なんだから、デートついでに勉強会でもしてくればよかっただろー…」
まあ。
叶わぬ片想いとはいえ、好きな人の頼みは断れず「任せろ。」とかなんとか、
そんな感じのカッコいいお返事メールを軽い気持ちで返しちゃったのは、紛れもなく俺なんだけど。
ああ眠い。
午後は眠い。
受験生は夜行性なんだぜ、霧野。
知ってた?
「神童もさぁ、頭いーじゃん」
学校の王子様みたいな、そんなフィクション染みた名称を欲しいままにするあいつ。
俺の恋敵でもあったわけだが、正直、彼に勝てるだなんて毛頭思っていなかった。
だって、あの高スペックに加えて霧野の幼馴染みなんだぜ。狡いだろ。
付き合いはじめてからも仲睦まじく、俺が入る隙間なんか微塵もない。
「神童って、学年トップなんだろ?たしか」
「……そ、そうですけど」
なんだか言い淀んでいる彼に、俺の恋愛センサーが反応する。
なに。
まさかまさか。
「喧嘩でもしたのかよ」
「いえ。むしろ仲は良好です」
ザッサリ。
俺の細やかな期待が一刀両断された。
なんだよ。
期待させんな。ばか。
「でも、あの、その…」
「なになに?…ノロケなら勘弁なー」
好きな人のノロケとか、まじ罰ゲーム。
あ。でも、眠さ吹っ飛んぶかもな。
悪い意味で。
絶対2人ラブラブだよなぁ…くそ。
馬鹿みたいに絵になる2人を想像しながら、彼の言葉を待つ。
「み、南沢さんっ、俺って魅力ないですかね」
ん?
突拍子もない霧野の問い掛けに、頬杖で支えていた顎がズルッと滑り落ちた。
危うくぶつかるところだった。
咄嗟に体制を整え、誤魔化すように咳払い。
なんとも地味な醜態に羞恥しつつ、向かいの彼の顔色を伺った。
「い、いきなりどうした霧野」
「えっと、だから…っ、俺に魅力あると思いますか?」
勉強みてやってる最中に、何いってるんだよこいつは。
有るに決まってるじゃん。
少なくとも俺にとっては。
ドキドキ。
上昇する心拍数。
動揺を悟られまいと、必死に冷静を取り繕う。
「霧野。よく、意味が分からない」
「神童、なにもしてこないんですよ…」
「へ?」
「キスしたり、そういうことしてこないんです」
「………へぇ」
「だから、俺に、魅力ないのかなって…」
これは、
恋愛相談、か。
なんだ。
成る程ね。
「…最初っからそれが聞きたくて俺のトコ来たわけか」
「…ハイ」
俯きつつ肯定する彼の言葉に、頭がガーンと揺さぶられる。
…うわぁ。
恋愛相談とか、罰ゲームどころじゃない。
拷問。
「…なんで俺?」
「え、えっと…」
「別に怒んないって、言ってみ」
「南沢さん…え、えろいから…」
えろいからなんか、そういう魅力とか色気とか、熟知してそうかなって。
顔真っ赤にしながら、そう続ける彼の言葉に、暫し呆然。
えーっと。
どうしよう。
俺、いま。
すごく良からぬ事を、考え中。
「教えてください。その…魅力のだしかたとか、そういうの」
…前言撤回。
拷問どころか、
美味しい展開じゃね。コレ。
「お前はそのままで充分魅力的だよ」
なんて、言う程、俺は紳士じゃないし。
だって俺、えろいんだもん。
お前も、
わかってるんだよな?
彼の隣へ腰を移動させた。
彼の赤面顔にもう半ば擦りきれた理性は、体の疼きを治める役割を果たせそうにない。
肩に腕を回し、彼の体を此方に引き寄せる。
「み…、南沢さん?」
「まあまあ」
然り気無く離れようとする彼を制止し、彼の首筋に指を撫で付けた。
息を吸い込む音がして、ビクッと肩が震える。
「…声きかしてよ、霧野」
「こえ…?」
そう。
可愛い声。
指を伸ばして、耳を弄くった。
と、「ひゃ」とか、そんな感じの高めの声が彼の口から零れる。
ふうん。
耳が弱いのか。
ならば、と、耳に唇が掠めるくらい顔を寄せた。
髪から香る甘い匂いに、全身が高揚していく。
「…え?み、南沢さん…ちょっと、あのっ」
「…教えてほしいんだろ?魅力とか色気の出し方」
耳元で囁くと、彼の体が強張った。
感じてんのか、怖がってんのか、どっちかは分からないけど、
どっちみち、
今更止めらんない。
「俺が、男の喜ぶ反応教えてやるよ」
「…え!?」
「いーじゃん男同士なんだし。…あ。お前と神童も男同士だけどさ、それとは訳が違うだろ?」
俺は女子が好きだからさ。下心とかないし。
こんなに清々しく嘘吐けるなんて。
げすいなぁ俺。
「男同士なんだからそんな過敏になるなって。練習だよ練習」
「…で、でも…っ、…ひゃっ」
耳の輪郭を、舌先で辿る。
びくびく小刻みに震える彼の体を抱き締めて、逃げられないよう拘束した。
「…………っ、ん」
「…我慢すんなって」
まあ、我慢してるとこも、そうとう煽られている気分になるけども。
頬にキスし、首元へ顔を埋める。
さて。
どこまで教えてあげようか。
最後までいいかな?
(…泣かれても、途中でやめないかも)
‐‐‐‐‐‐‐‐
2009/03/20
ひとこと
微エロどころか微々エロですね…文章能力がなくてすいません(T-T)練習します!!
南沢さんのケダモノっぷりをもっとかきたかったです。
でもきっと南沢さんは途中で蘭ちゃんに泣かれて渋々やめる。
リクエストありがとうございました!!
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