Mi e piaciuto, io amo.*家庭教師ヒットマンREBORN!
*獄寺隼×沢田綱吉
*12年後設定「あー、もう。何でこういうのってこんなに面倒くさいんだよぉ」
リボーンに用意されたブライダルのパンフレットを机に放り投げて、ふーっと大きなため息をつきながら机に突っ伏した。何故こんなに準備だけで労力を使わねばならないんだとぼやく様にそう言うと、目の前のソファに足を組んで座る小生意気な殺し屋が、厭きれたようにフンと鼻を鳴らしてみせる。
「それくらいこなせねぇで結婚なんてできると思うなよ」
「うっさいなぁ。10歳のチンチクリンに言われたくないよ」
「ほぉ?よく言うようになったじゃねぇかこのダメツナが。ちなみに俺は10歳じゃねぇ。13歳だ」
「ふーんだ。俺だって成長してるんですよ。もうこれでも26だし」
12年という月日は長い。あんなに怖かったリボーンとこんなふざけた会話が出来るようになるほどに。今までいろんな事があったなぁと、ふと思い出してフッと口元を緩めた。
俺がボンゴレの10代目ボスになって、本格的にこの世界に足を踏み入れて。あんなに怖かった殺しも覚えて、難しくて難解な暗号にしか思えなかったイタリア語も覚えた。
そんな中でもやっぱりミルフィオーレとの戦いが今までで一番でかい賭けだったなぁ。今からたった2年前、目を覚ました俺達に待っていたのは、あの頃よりは幾分平穏になった日常だった。まぁあの戦いを征したのは過去の俺達で、俺の中には≪過去の出来事≫としてしか残っていないのだけれど。大きな傷跡を残しながらも、スパナや入江正一という心強い仲間も増えた。誰ひとりとして、欠ける事が無かった僕の仲間。彼等と過ごした12年の間で、この2年間は俺にとって休息の2年だったのだろうかと、今更ながら実感して。
(このままが続けば、なんて我儘なんだろうなぁ)
ペラペラと机の上に乗った雑誌を覗き込むように捲ってみたものの、中に書いてある内容など微塵も頭の中には入っていかなかった。それほどに、俺はこの結婚に興味がないのだ。
「……結婚、か」
「嫌なのか?」
「準備が面倒くさい」
「≪嫌だ≫とは言わねぇんだな」
「言いませんよ」
これは俺の義務だから。
そう言って頭を上げると、リボーンは何も言わぬままにもう冷めて、香も飛んでしまった珈琲に手を伸ばす。口に含んだ瞬間に顔を顰めて見せるから、きっと不味くて飲めたものではなかったのだろう。
俺は来月結婚する。相手は5年ほど前からファミリー同士で協定を結んでいるあるマフィア組織ボスの愛娘。確かイタリア人と日本人のハーフだったような気がする。彼女は気立てが良くてかなりの美人だ。本当に俺と結婚してもいいのかと聞いたところ、頬を赤く染めてコクリと頷いた事を覚えている。別に自惚れているわけではないけれど、彼女は相当俺に入れ込んでいるらしい。そういう女性はマフィアのボスにとっては好都合だ。決して敵対マフィアに情報を漏らさないし、いつでもこちらに従順だ。
こんな事で結婚相手を選ぶのはどうかと思うのだが、しかし、こういうやり方でなければ結婚など出来ない。一般の女性を娶ったところで、妻となった女性が苦しむ事は目に見えている。どうあがいたところで、俺が人を幸せに出来る事など皆無なのだ。
「これでも一応、俺は彼女の事大事にしたいって程度には愛してるから」
「お前に愛が語れるとは思えないが」
「13歳のお前に言われたくない」
「ハッ、お前よりも俺の方が恋愛経験は豊富だ」
「タラシ」
「タラシじゃねぇ。女が俺をほっとかねぇだけだ」
リボーンはワザとらしく鼻を鳴らして、俺が出してやったバームクーヘンを口の中に放り込む。元々甘いものは得意じゃないらしいが、俺が出してやったものはちゃんと食べてくれる。こういうたまに優しいところに女性はひかれたりするんだろうか?そう考えると、その一瞬の優しさの為に日々の屈辱に耐える女性たちが可哀そうでならない。頭の隅で考えたことを小さく口にすると、苛立ったらしいリボーンに銃口を向けられた。
「俺は女には優しいんだよ」
確かにイタリア人はジェントルマンとか言われるけど、その分男に容赦ないんならイタリア人は酷い奴だと顔を顰めて見せた。
「不公平だ」
「言ってろ」
そんな会話をしていると、不意に携帯電話のバイブ音が部屋に響く。一瞬俺のだろうかとポケットに手を宛がったが反応はなく、俺じゃないのかと息を吐いたと同時、リボーンが通話ボタンを押して耳に押し当てるのが見えた。ボスの目の前で通話かという意味を込めて見つめると、リボーンは気にした様子は全くなく会話を続ける。イタリア語、という事は本部の部下かと考えているうちに通話は終わり、リボーンは携帯をそのままポケットにしまった。
「誰から?」
「愛人」
「愛人…って24番目の?」
「いや、27人目」
「増えてる!!!」
やっぱお前タラシだと吠えるようにそう言うと、リボーンは知らねぇと言って腰を上げた。もう俺と話す事はないという事だろうか。
「ちゃんと式場と招待するマフィア関係の奴等ピックアップしとけよ」
「わーかってる」
ヒラヒラと手を振って大丈夫だと伝えると、リボーンは部屋から出て行った。たった一人になった自室で、俺はパンフレットにもう一度目を通す。幸せそうに微笑みあう男女が写ったその写真を見て、あぁ、幸せそうだとそう思った。来月には俺もこんな笑顔を写真におさめる事になるのだろうか?
「………めんどくさ」
今日何度目かの溜息をついた。普通、こういうのはウキウキしながら彼女と考えるものだと思ってた。式はチャペルにするか挙式にするかとか、披露宴のお色直しは何回だとか。いったい誰を呼ぶかとか、子供は何人欲しいねとか、そういう未来を語り合って決めるものだと思ってた。
でも現実は疲労感を与えるだけ。
確かに俺は彼女を愛してる。照れた顔や笑った顔、仕草の一つ一つが可愛いと思うし、大事にしたいと思う。幸せにしてあげようと思う。だけど胸にぽっかりと開いた空洞は、どうにも上手く埋まらない。
その理由は……。
ふと頭の中に思い浮かんだ理由は、ドアをノックする音で霧散した。いつものように「どうぞ」と声をかけると、失礼しますと聞き慣れた声にトクン、と胸が疼くのを感じた。ドアを潜って入ってきた端正な顔立ちの男は、いつも至極真面目な顔をして俺の部屋に入ってくる。銀色の髪が歩く度に揺れて、チラリと覗くのは形のいい耳に付いた緑色の澄んだ色合いの石の付いたピアス。前に何の石なのかと聞いたところ、「エメラルドですよ」と少しだけ気恥ずかしそうにそう言った。後から知ったんだけど、エメラルドの石言葉は『幸福』なんだってね。優しい君の事だから、きっと僕らの事を思って願懸けのつもりで付けているんだろう。そんな君の想いが、嬉しかったのを覚えてる。
「書類の整理ができました」
「うん、ありがとう」
礼を言いながら差し出された書類を受け取った。彼は几帳面で、彼の作る書類はいつもきちんと揃っている。雲雀さんや笹川さんが作ってくれる書類はガタガタな事が多い。
「……ブライダルのパンフレット、ですか?」
「え?あ、うん、そう」
机のパンフレットの上に書類を置いて、何となく彼の目からそれを隠した。だってほら、今にも泣きそうな顔してる。
獄寺くんは俺の事が好き。
それはマフィアのボスへの信頼なんてものじゃなくて、列記とした恋愛対象として。それに気づいたのはいつだっただろう?確かなのはミルフィオーレとの抗争が始まる少し前くらいだっただろうか。
「結婚って面倒だよね。色々考えるの大変で肩こっちゃうよ」
苦笑を浮かべながらそう言うと、獄寺くんは寂しそうに微笑んだ。あぁ、そんな顔しないでほしい。もういい大人なんだから、感情くらい上手く隠してよ、俺みたいに。
「御相手はどんな方なんですか?」
「可愛い子だよ。気立ても良くて、料理も上手い。笑った顔も可愛くて俺の奥さんにはもったいない人、かな」
「そ、ですか」
「たぶんもうちょっとしたらみんなにも紹介すると思う」
そう言って笑って見せると、獄寺くんは「はい」と言って小さく笑った。そんな顔をさせたいわけじゃないのに、と思うけれど、決して君の笑顔を俺は引き出せない。その事が苦しくて、気付かれぬように拳を握った。
「10代目の御相手です。きっと素敵な方なんでしょうね」
「うん。幸せにしてあげたいと思う人だよ」
「お優しい、方なんでしょうね」
「うん。いつも彼女の優しさには癒されてる」
「きっと、そういうお方が貴方には一番お似合いなんでしょうね」
「…うん。俺もそう思う」
優しい言葉。嬉しいはずなのに嬉しくない。君に言われると、胸が苦しくなるだけなんだ。
「あ、そろそろ俺は失礼します」
「うん。結婚式には獄寺くんも呼ぶから、大きい花束でも用意しといてよね」
「そのつもりですよ」
冗談めかしてそう言うと、獄寺くんは笑いながら返してくれる。彼の事だから、きっと薔薇とかそういった派手な花を用意してくれそうだな。静かに去っていく彼の背中を見つめていると、不意に彼がこちらを振り返った。どうしたのかと小首を傾げると、彼は一瞬真面目な顔をして、次の瞬間、ニカッと満面の笑みを向けてくる。滅多に見せないその笑顔は、12年も昔から俺が好きな、子供っぽい笑顔だった。
「ご結婚、おめでとうございます!俺、10代目が幸せですげぇ嬉しいっス!!」
「あ、え?」
「幸せになってくださいね」
彼はそれだけ言うと、スッと扉の奥に消えていった。パタン、と閉まったドアを見つめて、俺は呆けるように口を開けた。
「は、はは。なんだあれ」
珍しく見せた笑顔であんな言葉を言うだなんて反則だ。
「嬉しいって……止めてよ」
俺が結婚するのが、そんなに嬉しい?君以外の人物のモノになる俺を見て、君は何も思わない?
「はは、あーぁ、俺っていつまでたっても報われない」
確かに俺は彼女を愛してる。照れた顔や笑った顔、仕草の一つ一つが可愛いと思うし、大事にしたいと思う。幸せにしてあげようと思う。
だけど、俺が幸せになれる自信はない。
彼女を愛してる。だけど、一番じゃない。
「一番じゃないんだ」
ツゥっと頬を流れた涙が、パタリと俺の手の甲に落ちた。一番愛している人は、俺の最愛の人は……。
「君なんだよ、獄寺くん……」
あぁ、今すぐ君の元に走って行って抱き締める事が出来たなら。今すぐこの想いを口にできたなら、それほど幸福な事はないだろう。
君の想いを知りながら、傷つける事しかできない俺を許してください。
俺はマフィアのボスで、君は俺の部下で。決してそれが覆ることはない。お互い好き同士なのに、決して交わることの許されぬ関係。
「…っ、ごめん、ごめ……」
子供のように同じ事を繰り返し、止まることを知らない涙を隠す様に、掌を目元に宛がった。
「…っ、愛してるんだ」
決して報われぬ恋をしている。決して届かぬ恋をしている。馬鹿だと笑いたければ笑えばいい。無駄だと言いたければ言えばいい。それでも俺は、この想いが、一生消えぬことを知っている。
Mi e piaciuto, io amo.
(好きでした、愛でした)
2012.09.16
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