きみのしあわせ


「プレゼントは何がほしい?」


俺の呟くような質問に、パスタを頬張りながらコチラを見上げたルフィはいったい何のことだと言いたげに目をきょとりとさせた。べったりと口元にクリームを付ける姿はまるで子供のようで、俺は苦笑しながらそれを親指の腹で拭ってやる。


「なんだ?なんかのごほーびか?」


俺なんかいいことしたっけ?と小首を傾げるルフィは、グルグルとパスタをフォークに巻き付けながらパチパチと何度も瞬きを繰り返していた。あぁ、やっぱりだ。親指を汚すクリームを舐め取り、呆れたように顔をしかめれば、何故かルフィも真似をするように同じく顔をしかめて見せた。


「忘れたのか?」

「なにが?」

「今日はお前の誕生日だろ」


5月になったばかりのカレンダーを指差せば、ルフィは「そーいやそーだったか」とさほど気にした様子もなく呟いた。今はそんな事より目の前のクリームパスタの方が大事らしい。俺のより3倍近くあるパスタを頬張りながら、先程の質問に答えることなく一生懸命に口を動かしている。どうやら既にあの質問は無かった事にされているようだ。


「ルフィ、」

「ん?」

「誕生日プレゼント、なにがほしいんだ。参考までになんか言え」


学生の頃はあれやこれやと一人で考えて誕生日プレゼントを用意していたが、付き合いだして7年近くも経つ今では直接欲しいものを聞くというのがざらだった。別にプレゼントを考えるのが面倒というわけではなく、ただ単にお互いが一番気に入るものを、と考えた末に行き着いた結果がコレだったのだ。


「んー、そだなー」


あぐあぐとフォークを噛むルフィに、行儀が悪いから止めろと忠告しながら二人分の皿を重ねると、ルフィはにししっ、と口元を弛めながらテーブルに顎をくっつけるように体を倒した。どうやら欲しいものを思いついたらしい。その姿に苦笑しながら腕を伸ばし、柔らかな髪をくしゃりと撫でてやると、ルフィはシピッと背筋を延ばす。


「ゾロ!」

「あ?」

「俺、ゾロが欲しい!」


はいはい!と手を挙げながらそう言うルフィに目を見開く。何だその発言は。バカ丸出しじゃねぇか。俺は軽く溜め息を漏らしながら「テメェはふざけてんのか」と俯いた。別に呆れているわけではない。ただルフィが可愛くて、どうしてもニヤけてしまう口元を隠したかっただけだ。


「ふざけてねぇぞ!俺はいつでもゾロが欲しいんだ!」

「バカ、俺は駄目だ」

「えー、なんでだよケチ」

「あのなぁ、」


俺は元々テメェのもんだろ。頬杖をつきながらそう言ってやれば、ルフィはきょとりと目を丸くして、直ぐ様ぶわわっと頬を染めた。いっちょまえに照れているらしい。


「そ、そうか。ゾロは俺の、か」

「おー、だから他のもんにしてくれや」


重ねた皿を持って席を立ち、それをシンクに運ぶ。さっさと洗ってしまおうと蛇口を捻り、水に皿をさらしていると、不意に近付いてきたルフィが俺の背中に抱きついた。ぎゅーっ、とシャツを握る力は思いの外強くて少しだけ驚く。


「ルフィ?」

「や、やっぱりプレゼントにはゾロをくれ」


それは駄目、というか今更だって言っただろう。確かにその発言は可愛くて仕方がなかったし、なんだか心臓がやたらときゅんきゅんするが、俺はちゃんとしたプレゼントを用意してやりたいのだ。


「俺よりもっといいもんあんだろ?例えば、あー……肉とか」


お前肉好きじゃねぇかと軽く茶化しながら洗い終わった皿をかごに入れていると、ルフィは「いらない」と小さく呟いた。まさかあのルフィが肉をいらないと言うとは珍しい。


「1日中、いっしょにいてほしい。俺はゾロがもっと、もっともっと欲しいんだ」


俺んなか、いっぱいにしてくれ。そう言ったルフィは少しだけ背伸びしながら俺の頬にキスをした。あぁ、くそ。勘弁してくれ。コイツはいったい俺をどうしたいというのだ。

濡れた手を気にする余裕もなく、俺はルフィの体を抱き締めた。相も変わらず柔らかなその体に、子供のようにドキリとする。いつも思うことだが、ルフィが相手だとどうも調子が狂ってしまう。まるで毎日が純粋すぎる初恋を知った日のように胸が高鳴り、きゅんとする。もういい大人だというのにそんな想いを抱き続けているのは、俺がコイツを本気で好きだからなのだろうか。


「バカルフィ。テメェの誕生日なのに俺を喜ばせてどうすんだ」

「ししっ、ゾロが嬉しいなら俺もすげぇ嬉しいから、サイコーの誕生日だ」


本当に嬉しそうにそう言ったルフィがあまりにも愛しかったから、俺はルフィを抱きしめる力を少しだけ強めた。











きみのしあわせ
(それが僕の幸せだと、君は笑った)











苦しいぞ、と可笑しそうに笑ったルフィはまるでコアラの赤ん坊のように俺の体にしがみついた。はっきり言ってこの格好では色気もへったくれもない。……まぁ、可愛らしいとは思うが。


「1日中ゾロをはなさねぇからな!」


ぎゅうぎゅう抱きつくルフィを抱え、俺は密かに口元を弛めていた。ゴールデンウィークも終盤。外は家族連れや恋人たちでごった返しているだろうから、ルフィのご要望通り、今日はこの二人だけの空間でゆっくりしよう。











2012.05.05

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