DendrotoXin

いってらっしゃい、お元気で



※なんで急にワンピース夢?:見なくても大丈夫です

夢主のイメージイラスト:イメージを描きおこしましたが、お好きな想像してくださって結構です。



「よぉ、刺青屋」
「...あれ。予約入れてないでしょ、お医者海賊屋さん」
「丁度近くを通ったからな。お前ならすぐ治せるだろ」
「えぇ、えぇ。でも割増よ。今パイが焼けたところなの」
「そうか、悪いな」

キッチンへと引っ込んでいった彼女を見送り勝手にソファに座る。ナオキがパイに構ってる間はしばらく戻ってこないだろう。想像以上に沈むソファに体を預け、問題の部分を眺める。
先日潜水艦のメンテナンスを手伝った時色々あり指を切断してしまった。指は自分で治したから良いものの、刺青にほんの少しだが線のような隙間ができてしまった。命に別状はないが、気になるものは気になる。ついでに他の部分も見てもらえればまた気持ちよく航海できるというものだ。
シャボンディ20番区画の海に面したこの刺青屋は今日も相変わらず営業という営業をしていない。というのも、彼女は悪魔の実の能力者専門の彫師だ。個人情報だからと誰が客かは教えてはくれないが、噂ではサカズキもこいつの客らしい。
何故そこまで能力者ばかりかを彼女に以前聞いたことがある。ローは大丈夫だろうから特別、秘密にしてね。と帰ってきた金払い以外の答えにおれは感心してしまったのを覚えている。普段の彼女からは考えられないほど、彼女の能力と合致しきちんと理に適っていたからだ。
ナオキは普通の人間に腕力で勝つことはできないが、地上で海に溺れさせることができる。
ナオキの悪魔の実の能力、ユウユウの実はある液体を自在に流動させ、定着させることができる。体液が入っていれば広範囲で流動させることも可能だ。実際彼女は刺青のインクに自分の血を混ぜて、デザインを客の体に定着させている。この店はシャボンディ諸島の海に面している。ほぼ端に建っていると言ってもいい。最初は変な立地の店だと思っていた。だが、この立地には理由があった。
彼女は客が来る前に自分の血を少量、海に混ぜておくらしい。もし能力者の客が何かしでかせば、海水を引き上げて溺れさせる。おれが純粋に驚いて褒めた時、彼女は最近は海楼石の手錠とかの方が効果があるのかしらねと言っていた。だが客との信頼関係を築くことが必要な刺青屋という職業で客に悟られず警戒するというのは、おれは正解だと思う。
このデカい窓から見える海を味方につけた彼女は今日もこの危険で安全な場所でのうのうと生活しているというワケだ。

「お待たせ」
「早いな。何時間か待たされると思った」
「お客さんをそんなに待たせないよ。はいコーヒー」
「おう」

2人分のコーヒーをテーブルに置いた彼女は、またキッチンに戻っていった。おれは普段砂糖を結構入れて飲むが、呼び戻す程のことではないと思いそのままカップに口をつけた。このコーヒー、ブラックに気を遣って入れたわけではない量が入っている。覚えてくれていたのか?別に客商売としてはこういう手法もあるのかも知れないが、マイペースでめんどくさがりの彼女が自分の好みを覚えていてくれたのは嬉しい。少し照れくさいが。

「これローのぶんね」
「なんだこれ」
「りんご煮たやつ。パイあんま好きじゃないかなと思って中身だけ」
「...どうも」
「私が食べ終わったらチェックするからね」
「頼む」

彼女は普段そんなに表情が変わる方ではないが、そんなに嬉しいか?と思わせる表情でアップルパイを頬張り始めた。人がモノを食べてる時にあまり見るのは良くない気がするが、思わず見てしまう何かがあった。視線に気づいたのか、彼女が不思議がりながらも煮たリンゴを勧めてきたので、フォークでリンゴを口に運んだ。
別にとんでもなくうまいとか、癖になる味とかではない。でも若干ハチミツの香りがして、煮すぎていないところが彼女らしいなと思った。たまにシャリシャリとした部分が残っていて、嫌いじゃない。
彼女もおれも、特に何も話さないまま食べ終わった。ナオキといる時、軽口を言うのもわりと気に入っているが、何も喋らない時間も気を使わなくて好きだ。おれといる時は彼女も気を遣わずいてくれたら嬉しいと思う。彫師という枠を超え人間として、ナオキのことを案外おれは気に入っている。

「おいしかった。っと、それじゃあさっさとなおそっか。どこが気になるの?」
「指の文字だ。他も一応見てくれ」
「わかった」

彼女が手に器具を付けて、おれの隣に座ろうとしてきたので足を組んでスペースを開ける。おれが立った方がおそらくやり易いだろうが、彼女が隣に座っておれの身体を、正確には刺青をだが、くまなくチェックしてくれるのが少し気に入っていた。医者として他人の身体をチェックすることは多くあるが、他人にチェックされるというのはなかなかない。しかも、健康かどうかではなく外見で、だ。
刺青を入れ始めたころは何も思っていなかった。こういうモノだろうと思っていた。だが最近はナオキの視線を感じるたびに、背筋にゾクゾクとした感覚を覚え始めている。
彼女に見られることに快感を覚えているのだ、おれは。
ナオキがおれの手を取って、手につけたピンのような器具で刺青の文字に触れる。すると、ずるずると文字が抜けていく。彼女は抜いたそれを一度自分の上着に移していく。ずるずる、ずるずると、右の小指から順に刺青のインクが抜かれていく。痛みはないが、確実に何かが抜けていくこの感じ。これを味わうためだけにメンテナンスに来る奴もいるんだろうなと考えると、少し腹の底が重くなる。
右の小指から親指までと左手は親指から。問題の左手の中指の文字を抜いた時、彼女が少し唸った。

「すっごい微妙な途切れだね」
「まぁな」
「良く気付いたね。ほぼ欠損してないから見た目じゃわかんなかったな」

確かに見た目はあまり変わらなかった。だが、彼女が身体から刺青を抜くと、刺青の欠損部分がモロに途切れて出てくるので彼女にはどこが悪いか一目瞭然だ。途切れたAの文字に彼女がインクを足してつつくと、何もなかったかのように彼女の上着の上で元の形にくっついていた。
念のためと左の小指まで全部抜いた彼女は、他に不具合がないかを確認するとまたおれの手を取った。

「はい、もどしまーす。順番間違ってないかローも確認してね」
「間違えるなよ」
「間違えないけど、一応ね」

彼女の上着に載せられていた刺青達が、シールのようにどんどんおれの指に戻ってくる。戻る時は一瞬だ。彼女がここだと思う位置にのせ、なにか染み込んだと思えばもう終わっている。綺麗になって戻ってきた指の刺青に気分が良くなるのを感じる。それに、今日はまだ体の刺青が残っている。
益々気分が良くなるのを感じたおれは、まだ彼女に言われていないのに自分で上着を脱いだ。おれが腕を広げて続きを強請ると、彼女は珍しがりながらもおれの身体に入った刺青のメンテナンスを続けるのであった。


「終わったよ」
「ああ、いい感じだ」
「そ。お代は10万ベリーね」
「ほらよ」
「どうも。って、これ...え、いいの?」
「......割増分だ」
「そういえば...、ありがとう。お見送りさせてね」

いつも世話になってる礼も含めて多めに包んだはいいが、気恥ずかしくなってきてしまったので早く店を出ようと思った。しかし、店から出る寸前、小走りで追いかけてきた彼女に袖をつままれてしまう。この指に制止力など微塵もない筈だが、何故かおれは動けなくなってしまう。
彼女がおれの左手を両手で包んで持ち上げ、刺青あたりに唇が触れた。

「いってらっしゃい、お元気で」

おれを見上げて不敵な笑みを浮かべる彼女の表情に驚いてしまって、適当に返事をして逃げるように店を出た。おれは今相当に不自然ではなかっただろうか。いやでもナオキだってあんなことをしてきたのは初めてだ。金を多く支払ったから?いや、金を支払う前のコーヒーだって、もしかして。
考え出したら止まらなくなっていけない。少し鼓動が早くなっているのは、いつもより早足で歩いているからだ。そう思いながらも、あの店に何か置いてきてしまった気がしてならなかった。
おれはまた、あの店に刺青を治して貰いに行くのだろう。




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