DendrotoXin

Lovey-dovey



これと同じ時空の話
いろいろあって同棲することになった初日の話


「ズミ、コーヒー牛乳飲む?」
「結構です」
「遠慮しなくていいのに」

私の家のリビングで既にパジャマ姿でくつろいでいる彼女に嬉しさが込み上げて駆け出して叫びそうになる気持ちを、冷蔵庫から取り出したモーモーミルクで飲み下す。
彼女の好意はうれしいが、ナオキが作ったコーヒー牛乳はいただけない。ナオキはカフェイン中毒というか馬鹿舌なのだ。彼女が口をつけたあのカップにはコーヒーも砂糖もありえない量入った液体が入っている。以前貰った時に数時間舌が麻痺して以来、二度と彼女のコーヒー関連は口にしないと心に決めている。
彼女の半乾きの髪に手を伸ばし肩に掛かったバスタオルで拭いてやると、くすぐったいのか身を捩る様が愛らしい。

「きちんと乾かさないとストレートパーマが取れますよ」
「分かってるんだけど、引っ越し作業大変でもう疲れちゃったの。ズミ乾かして」
「仕方のない人だ。ドライヤーを持って来ますのでおとなしく待っていてください」

仕方のないのはどちらだろうか。彼女の放り投げた役目ならなんだって欲しい男の方が、ろくでもなくてどうしようもなくて仕方がないのではないだろうか。
髪を乾かすのも料理も掃除も洗濯も、彼女のためならなんだってして差し上げたい。私がいなければ何もできなくなってしまえばいいとさえ思う。彼女がそれでダメになろうが関係ない。私の傍にいてくれればそれで良いのだから何の問題があるだろうか。
洗面所からドライヤーを持ち出し、リビングのコンセントに挿す。ソファで既に船を漕いでいる彼女にドライヤーの風を当てると音に驚いたのか体を跳ねさせ、頭をドライヤーに激突させる。びっくりしたし痛いと文句を言うナオキも愛しくて、今すぐ抱きしめたい衝動を抑えて、ぶつけたあたりにキスをした。
終わりましたと声をかけると、彼女は体ごと振り返って私の首に腕を回した。お礼の言葉と共に施された首筋に触れるだけのキスは、ナオキの愛に飢えた私にはあまりにも刺激的だ。彼女とは何度も体を重ねたはずなのに、たかだかキス一つで熱が集まっているのを感じた。彼女が不思議そうに私を見つめる視線を感じる。

「そういえばズミ、パジャマは着ないの?」
「寝るときはこの格好ですよ。いつもそうだったでしょう」
「うーん...そうだったかも。でも持ってるでしょ。私が取ってこようか?」
「いえ...」
「青地に白のストライプのシャツとズボンはパジャマじゃないの」
「なぜそれを?」
「やっぱりあれパジャマでしょ!本当に普段それ着てる?」
「......着替えてきます」

愛しい彼女と同棲まで漕ぎ着けて心躍る1日目。既に今記憶を無かったことにしてしまいたい。それか、格好をつけようとした過去の自分に普段通りにしろと忠告したい。重い足取りで寝室のクローゼットへ向かう私の後をペタペタとついてくる彼女のスリッパの音がやけに軽快で、見栄を張った私を笑っているように聞こえる。
今の自分の格好は良く見られたいという下心を抜けば、ナイトウェアとして決しておかしな格好ではない。Vネックの黒いシャツに柔らかめの素材の白いアンクルパンツは、ガーゼ生地のパジャマと比べると睡眠の質の差を感じはするが、寝づらくもない。あえて言うならば首元は冷えるが。

「いつ気づいたんですか」
「気付いたわけじゃなくてさ、いつだか忘れちゃったけど、ズミが洗濯物入れ忘れてた時に干してあったの見たんだ。ズミって普段こういうパジャマ着るんだなって思った」
「洗濯物......そうでしたか。ナオキは...この格好はどう思いますか」
「えぇ〜?最初はそれがナイトウェアだと思ってたしなぁ。でもそうだね、パジャマ持ってるって知ってからは、この人本当に私のこと好きなんだなぁって思ってたかな」
「ナオキ、好きです」
「うん」
「幻滅しましたか」
「今更ズミのどこに幻滅するの。してないよ」
「良かった」
「えっ、うん?」

心底安心した。格好つけがバレていることほど恥ずかしいことはない。これを理由に速攻で同棲撤回などされたらなどと嫌な考えに思考を奪われ、少しだけ胸が早鐘を打っていた。小さくため息をつきながらクローゼットを開ける。衣装ケースに入っているパジャマを取り出すと、横から顔をのぞかせた彼女に奪われてしまった。

「ね、着替えさせてあげる」
「結構です、自分で着替えます」
「私がやりたいの、ダメ?」
「いや、......お願いします」

他人に着替えを手伝われるというのは、稚児のようで抵抗感がある。しかし、彼女がそれをしたいというのなら話は別だ。断る道理など何もない。
バンザイをしろと言う彼女に、言われた通り手を上げる。20cm程ある私とナオキの身長差に、腕を上げた高さを足して届かないのは明白で。しゃがんでくれと言いながら私のシャツを脱がせようと爪先立ちになるナオキが少し面白くて、笑みが溢れる。それが癪に障ったのだろう。シャツを顔あたりで脱がしかけたまま、ベッドの方へ誘導された。
ナオキは私をベッドに座らせて、シャツはそのままにズボンを脱がせた。視界が遮られているため、見えない彼女の行動を想像して少し期待してしまったが、可愛い追い剥ぎに遭っただけであった。側から見たら間抜けな格好になっていることは想像に難くない。シャツは自分で脱いでしまおうかと思った所で、彼女にシャツを捲られた。
シャツを私の腕から抜き取ったナオキは、少しだけぼうっと私の体を眺めていた。今はセックスをするわけではないが、私だけ服を脱いでいるというのは初めてだと気付いて、また少し興奮した。
ナオキの目線が私の勝手な盛り上がりを通り過ぎ、腹、胸、首を上り私の視線を捉えた瞬間、背中をゾクゾクとした何かが走り抜けた。

「脱がされて喜んでるの?ねぇ、今日はセックスしないよ」
「分かっています。その気になる前に早く着せてもらっても?」
「はいはい。右腕通して」

ベッドに乗った彼女に言われてパジャマに腕を通す。パジャマの柔らかい生地を肌で感じて、少し気が抜けた気がした。思えば、彼女と暮らしていくということに少し気を張っていたのかもしれない。
ナオキと一緒にいると多少なりとも見栄を張ってしまう。少しでも彼女が好きだと思えるような男に見えれば良いと、理想の男性像に近づこうとしてしまう。
私が彼女の理想になどなれるはずないのに、馬鹿げた話だ。笑顔が爽やかで、少しお茶目で、コンテストマスターで、ジムリーダーで、たまにチャンピオン。そもそも彼女の隣の家に生まれ直さなければいけない。

「あれ?そっか、男性用ってボタン逆なんだっけ。こっちからだと止めにくいね」

そう言って背中側から膝立ちで抱きしめるように手を伸ばす彼女の髪が首元に当たってくすぐったい。ボタンを留めていく彼女の手元を見ていると、彼女が自分の生活に溶け始めている気がして泣きそうになる。
好きでどうしようもなくて、愛して欲しくてたまらなかった人が、私のパジャマのボタンをかけてくれている。それは愛の言葉などよりよっぽど誠実な愛ではないだろうか。
私の緊張が、彼女の柔い指先に解かれていく。
ボタンをかけ終わったナオキは私の背中にしなだれかかった。腕を私の腹に回して抱きやすい場所を探し、そしてじっと動かなくなった。

「ナオキ、ズボンは履かせてくれないんですか。それともこのまま寝ろということですか」
「疲れちゃった...もうこのまま寝ちゃおうよ」
「ダメです、まだ歯磨きもしていないでしょう」
「うん...おやすみ」
「この痴れ者が...」

もう半分寝ている彼女からズボンを奪って手早く履き、彼女を抱き上げてリビングへ連行する。

「私の歯磨きが終わったら、あなたの歯磨きもして差し上げますよ」
「やだ。ズミにされるくらいなら自分でやる」
「つれないことを言わないでください」
「歯磨きしてもらうとか子供みたいだから恥ずかしいよ」
「ふっ...」

ついさっきの私と同じ気持ちになっている彼女がなんだかおかしくって、笑みが音になって口から漏れ出てしまった。急に笑った私に、むくれて頬をつねってくる彼女の手を握る。
あぁ、愛しい人。私に触れてくれる手も、私を見てくれる目も、彼女からもたらされる痛みさえも、ナオキの全てが愛しくて、たまらない。

「私がやりたいんです。ダメですか?」

いつか彼女も私と同じ気持ちになる時が来れば良い。
それまでに私は、ナオキを私の生活に溶かし切ってしまおう。

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