DendrotoXin

幸せ卵



玄関を開けて廊下のすぐ左側に設置されたキッチンに、少しガタイのいい男がエプロン姿で仁王立ちしている。もう見慣れた朝の光景だ。

「弓場さ、卵焼き好きなの?」
「まぁまぁだな」
「なにそれ」

弓場は最近毎朝、卵焼きを焼いている。
いきなり卵焼き用のフライパンを買ってきたから、食べたいのかな、と思って、作ろうか?と聞いた。
しかし彼は少しバツが悪そうに一言、俺が作ると翌日から卵焼きを作り始めたのだ。
私はただ待っているのもなんだからと、簡易椅子でリビングへの道を封鎖し、卵焼きが焼けるのを眺めている。正確には卵焼きと弓場半々くらいで眺めているけれど。
弓場が卵を2つ、ボールに割り入れる。それだって最初は少しぎこちなくって、強く打ちつけすぎて殻が混ざって、照れを出さないように澄ました顔で殻を取り除いていたのを思い出して少し笑ってしまう。

「ナオキ、今日は甘めでいいか?」
「うん、弓場が作る甘いやつ好き」
「そうか」

だしと醤油と少し多めに砂糖を入れて、菜箸でかき混ぜる。
かしゃかしゃとボウルと菜箸がぶつかる音がきれいに一定で、また少しうとうとしてしまうけど、炊飯器の炊き上がりの音で起こされてしまった。
弓場が卵焼きを焼き始める前は、ご飯が炊けたらかき混ぜるのは弓場の仕事だったのだけれど、今は私の仕事だ。炊飯器を開けると湯気が一斉に立ち昇り、思わず半目になる。
毎回メガネを曇らせながらご飯をかき混ぜる弓場、可愛かったのになぁと少し残念にも思うけれど、卵焼きでも結局終盤には彼の眼鏡は曇っているのだ。どっちもたいして変わらない。弓場が鬱陶しそうにメガネを指で擦るとどうしようも愛しくなってしまうのは、結局変わらないのだ。
卵をフライパンに投入したのを横目に、電気ケトルに水を入れる。コンロが一口しかないから、お味噌汁はインスタントだ。そのせいか、彼は最初少し申し訳なさそうにしたけど、私は特に気にしてはいない。
そんなことよりも、弓場が毎朝卵焼きを悪戦苦闘して作り、私に食べさせてくれることが嬉しかった。
昨日の残り物を電子レンジで温めて、ご飯をよそって、お味噌汁の素をお湯でといて、一緒に買ったマグカップに麦茶を入れて。あとは卵焼きだけだ。

「今日は結構上手く巻けたな」
「え、ほんま?見せて見せて」
「は、おい、危ねぇだろうが。おとなしくしてろ」
「はぁい」

今日も弓場の卵焼きは完成したらしい。
すぐ来るだろうし、今日も楽しみにしながらおとなしくリビングのソファに座る。
卵焼きを持ってくる弓場は心なしか嬉しそうだ。今日はそんなに上手くいったのだろうか?

「ナオキのはこっちな」
「ありがとう」

目の前に出されたお皿には2切れ、今まで見たなかで一番綺麗に巻かれた卵焼きが乗っていた。

「え!めっちゃ上手いやん。毎日作ってるだけあるわ」
「そうだろ。自信作だ。」
「いただきます!」
「いただきます」
「せや、記念撮影しとこ」
「たかだか卵焼きを残しとくことねェだろ...」

そう言いつつも、弓場は顔が緩んでいた。
珍しいので弓場も一緒に写真に収めてしまおうとスマートフォンを構えてシャッターを押したところで気づいて、笑ってしまった。
弓場のお皿に乗っている3切れの卵焼き、端っこだろうが、形がわりとめちゃくちゃなのだ。
いつもはどれも平均してちょっとだけ不格好だから、今日はすごく綺麗なものがある分、普段に増して不格好さが目立っている。私はたまらなく愛しくなって、彼と自分のお皿を寄せてもう一枚写真を撮った。
怪訝そうな顔でこちらを見る弓場になんでもないと言って卵焼きを口に運ぶ。甘めの卵焼きが頬の内側に染みて、朝からとんでもない幸せ者だな、と感じた。
彼はこれからも卵焼きを出してくれるんだろう。
不格好な方を自分の皿に乗せて。



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