目の前に広がるのは昨日までの平凡とは全く違う世界。強面で屈強な男たちが狂ったように暴れ人々を傷つけていく、残酷な世界。私は自分の家からすぐの海にある大きな船を見た。そこのマストについているのは、真っ黒でドクロを象徴としている旗。それだけ見ればあの男たちが何者かなんてすぐに分かった。傷つけることしか、奪うことしか、不幸を運ぶことしかできない海賊……。私は外で繰り広げられている惨劇を震える拳を握りながら見つめていた。そして怒りと憎しみが込み上げてきた。何も、海賊たちへのものだけではない。それは自分にも向けられていた。外では、逃げ惑うたくさんの人々。燃え盛る家。目も背けたくなるような光景があった。それなのに。何もできない自分が。恐怖でその場を動けない自分が。とてつもなく情けなく、惨めで、卑怯だと思えた。私には戦う力なんて勇気なんてなかった。近づいてくる海賊。私はもつれる足を無理矢理動かして家の奥へと逃げた。だけど、海賊は愉快そうに笑いながら私の家に火を放った。熱い。苦しい。布に水が染みるように広がっていく火。それらはすぐに大きな炎となって私を包んだ。逃げ場も火で覆われ、私はがたがたと震えて動かない身体を必死に小さくした。熱い。熱い。熱い。服も焦げ、このままじわじわと殺されるのかと大きな畏怖を抱いた。私はこのまま死んでしまうの?そう思うと畏怖は大きくなって。私は大きな悲鳴を上げながら、熱さや痛みを必死に我慢して外へと走った。すでに炎に焼かれ半壊しているドアに体当たりし、脱出する。煙を吸ってしまったみたいで、げほげほと咳が止まらない。私は全身の痛みに耐えながら、目をゆっくりと開いた。昨日までは平和で幸せで、笑顔が溢れていた世界を見た。そこにはもう――――――

「っ――――――!!」

途端、私は勢いよく目を覚まし、激しく鳴る心臓の存在に気付いた。…私は生きている。ここはどこ?肩で息をしながら辺りを見回す。見覚えがある。そうだ、ここは。
「……起きたか」と、どこか落ち着いた…でも少し心配してくれていたのか頬に手を添え、数滴の汗を拭いてくれる彼。ここは海賊船の、治療室だ。そしてこの船の船長である、彼…ローを見て私はようやくさっきの記憶が夢だったことに気付いた。そして、昨日あの残酷な世界から彼に救われたことも。ローは私の呼吸が落ち着いたのを見計らって、悪い夢を見たのかと聞いてきた。私は見開いていた瞳から力を抜き、ゆっくりと頷いた。すると彼は一瞬だけ切なそうな顔をした。それが何を想ってかは分からない。ただ、傍にあったおかゆを持って私に差し出してきた。私が不思議そうにそれを見つめると、彼はスプーンでおかゆをすくって、少し息を吹きかけて冷まし、再び私に差し出してきた。その無言の行動に私は反応に躊躇していると、ローは複雑そうな顔をして言った。「……俺は慰め方も、優しくする方法も分からない。ただ、泣くなとしか言えない」……彼の言葉でようやく気付いた。私の頬にあったのは、汗ではなく涙だったのだと。「辛い記憶は決して消えない。だが、塗り替えてやることはできる。上手くはできないかもしれないが……。少しは、俺を信じてくれ」……どうやら、私がおかゆを食べないのは、自分を信じてくれていないからだと思っているらしい。昨日の彼の言葉を思い出す。私に生きて欲しい……彼は確かにそう言ってくれた。彼は海賊だし、その言葉は嘘かもしれない。でも、私はそれを疑おうとは思わない。事実、私はその言葉に救われたのだから。彼はこうも優しい目で私を見つめてくれるのだから。
…死ぬのは怖かった。生きていたいと思った。でも、死んだ方が楽だと思った。生きるのは辛いと思った。だけど、私は再び生きようと思った。この人が救ってくれた命だから……この人の為に。この人の傍で。私はそう思い、彼の持つスプーンの…少し冷めたおかゆを口に含む。一瞬ローは驚き、私を見つめた。そんなローに一言、まだ痛みで表情を作るのも辛いけど……必死の笑みを浮かべて、

「………ありがとう」

と呟いた。すると彼は意外そうに目を開き…少しだけ安心したような表情をした。もう一度、この世界を生きてみよう。あの幸せな日々にはもう戻れないけど……。忘れることもできないけど、もう一度。新しい世界を見てみよう。彼が見せてくれる世界を。あんな辛い思い、二度としたくないから。もっと強くなろう。彼によって救われた命、もう無駄にしない為に。あの時生き長らえて良かったと思えるように。もう一度。世界を見つめたいと…この時、私は強く思った。





残酷な世界にさよならを告げて
(あの日を境として、私は生まれ変わるんだ)