「………」
「………」
「………」
「………なに見てんだよ」


晴れ晴れとした良い天気の中、とある島の沖に停まっているサニー号の芝生の上で刀の手入れをしているゾロ。
いつもは一人で集中して手入れができるのに、今日ばかりはそうはいかない。
それは、真正面に座って自分をじっと見ているセーラの存在があるから。


「え?ゾロを見てるんだけど」
「………。なんで、見てんだよ」


あっけらかんと答えるセーラに、ゾロは一瞬呆れ、質問を変えた。
この二人は、所謂恋人同士なわけで。


「見てちゃ悪い?」
「気が散る」
「あれ、もしかして恥ずかしいの?」
「間違えて刀刺さっても知らねェぞ」
「どうやって間違えるのよ!」


見当違いなことを言われ、むすっとしたゾロは溜息をつきながら言う。
照れ隠しとは言えないような言葉を言われ、思わず反論してしまったセーラ。
だが、確かに何も言わずにゾロを観察するのは迷惑かなと思い始めたようで。


「ちょっとね、ゾロのピアス見てたの」
「……ピアス?」


にこっと笑いながら、ゾロではなくピアスを見つめる。
その視線に気づき、思わずセーラと同じように左耳にあるピアスを見る。


「なんか変か?」
「ううん、そうじゃなくて。いいなーって思って」
「………?」


何の脈絡も掴めないセーラの言葉に、難しそうに眉を寄せるゾロ。
そんな何も理解できていないゾロを見て、セーラはえへへと笑った。


「だって、3連ピアスっていったらゾロでしょ?」
「……そう、なのか?」
「そうなの!だからね、私も同じの付けたら、少しはゾロに近付けるかなって」


3連ピアス=ゾロという思考を初めて聞いたゾロは首を捻る。
だが、セーラは強く頷きながらピアスを見つめ、何故か恍惚の表情をしていた。


「別に、俺に近づく必要ねェだろ」
「……もう、ゾロは分かってないなー」


素直に思ったことを言ってみたゾロだが、セーラは頬を膨らませて呟く。
でもすぐに楽しそうに口元を緩ませる。


「私はね、ゾロとお揃いにしたいの」


そして、少しだけ恥ずかしそうにそう言った。
予想もしていなかった言葉を聞き、思わず目を見開くゾロ。
じっとセーラを見つめると、真っ直ぐと自分を見つめ返してくる。
どうやら意志は固いようだ。
ゾロは溜息をついて刀を芝生にそっと置いた。
そして片手をセーラの顔に添える。


「えっ……」


突然のことに思考が追い付いていないセーラだが、反射的に顔が赤くなっていく。
ゾロの大きな手が、自分の髪をさらさらと流していく。
普段このようなことをしないゾロが珍しい、とセーラが何も言えずにいると、


「やめとけ」


仏頂面のまま、ゾロは一言そう言った。


「え……えっ!?なんでよ!お揃いいいじゃん!」


一瞬何を言われたのか理解に戸惑ったが、否定されたと思った途端またぷんすかと口を尖らせる。
そんなセーラに、ゾロは再び呆れ顔で言い放った。


「……お前、ピアスの穴開いてねェだろ」


ゾロの視線の先にあるセーラの耳。
白く肉厚な両の耳たぶに、ピアスの穴は3つどころか1つも開いてはいなかった。
ようやく、先程髪を触った行為はこれを確認するためのものだとセーラは気付いた。


「そ、それはこれから開けようと……」
「痛いの嫌いだろ。海賊のくせに」
「痛いのが嫌いなのに職種は関係ないでしょ!」


職種か?とゾロは疑問には思ったが、あまり深く突っ込まないことにした。
元々セーラは海賊ではなく、自分と同じように成り行きでそうなってしまっただけなのだから。


「それに、ゾロとお揃いにする為なら一瞬の痛みくらい……」
「我慢できんのか?耳たぶに穴開けんだぞ」
「………うう」


やはり痛みを想像すると躊躇ってしまうのか、ゾロの軽い脅しに半泣きになっている。
その様子を見て、はあと分かりやすく溜息をつくゾロ。


「おれは、痛い思いをしてまでお前にんなことして欲しくねェけどな」
「っ……だって、」


諭すように言葉を続ける。
実際のところ、セーラの身体に傷をつける行為を素直に認められないというゾロの我儘も少なくはない。
これで諦めてくれるだろうと思っていたゾロだが、セーラはぐっと涙を堪えてゾロを見上げた。


「私、ゾロとずっと一緒に居たいんだもん……」


その言葉に驚き、言葉が出なくなるゾロ。


「お揃いも確かにしたかったけど……私が痛いの我慢して、ゾロと一緒のピアスつけたら、それがおまじないになってくれるんじゃないかって……」
「……おまじない?」


やっとのことでそう繰り返し言葉を呟くと、セーラはこくんと頷く。


「たとえ何があっても、ゾロと離れ離れになりませんようにって。本当にずっと、傍にゾロが居てくれますようにって」
「………セーラ」


海賊でいる限り、いつ何が起きるか分からない状況と隣り合わせにある。
それを、海賊になって分かったセーラは密かに不安を覚えていた。
もし大好きなゾロと離れることになってしまったら。
考えたくなくても、つい考えてしまう。可能性がゼロではない限り。
その為、自分なりに思いついたおまじない……願掛けのようなものが、ピアスを開けると言う行為。
セーラがピアスをお揃いにしたいと言い出した真意がはっきりと分かり、ゾロは思わずセーラの名前を呟いた。
そして大きな手をセーラの頭に置く。


「……?」
「ったく、お前は……」
「あっ」


ぶっきらぼうに頭を撫でたと思いきや、セーラの後頭部を優しく包み、自分の方へと引き寄せたゾロ。
思わぬ形でゾロに抱き寄せられたセーラは、目を丸くしてゾロの胸板のぬくもりを感じていた。
思考回路が正常に戻りつつあった時、耳元にあるゾロの胸板からどくんどくんと鼓動が聞こえた。


「俺がお前の傍から離れるわけねェだろ」
「……ゾロ」
「だから、いちいちまじないなんかしなくていい。無駄だ。不安なら約束してやる。俺はお前の傍にいるって」
「………ほんと、に?」


言いながら、ゾロの鼓動が少しずつ速くなっていくのをセーラは感じた。
ああ、珍しく照れてる。証拠付きでそれが分かったセーラは恥ずかしさよりも先に、嬉しさが心を満たした。


「ああ。これでも一応……その、セーラのことは大事に思ってるからな」
「……ふふ、嬉しい!私も大好きだよ、ゾロ!」


ゾロの口から、はっきりとした好意のある言葉を聞けるのは稀だ。
その言葉がどんな願掛けよりも、その他の何よりも……強い力を持っている。
セーラは心からそう思い、ゾロをぎゅうっと抱き締め返した。





「……ん?セーラ、それ」
「あ、ゾロ。気付いてくれたんだ!」


その日の夜。
見張り台にいたゾロの元へとやってきたセーラ。
妙に嬉しそうな顔をしていると思えば、見慣れない服に身を包んでいることが分かった。
だがそれよりも、もっと重要なことにゾロは気付いた。


「……ピアス」
「えへへ、そうだよ!ゾロと同じ3連ピアス!」


満面の笑みを浮かべながら、首を左側に傾ける。
傾けられた左側では、猫耳フードの左耳につけられた3連ピアスが揺れ、小さな金属音を立てた。


「実際に耳にピアスの穴を開けるのは痛いけど、これなら痛くないし、簡単にお揃いにできるでしょ?」
「セーラ……」
「あ、でも、これはおまじないじゃないよ?ただ単に、大好きなゾロとお揃いのものが欲しかっただけだから」


やめたんじゃなかったのか、とセーラがつけている猫耳フードのピアスを見つめるゾロ。
その視線に気付いたのか、セーラはそう補足した。


「……ったく、諦めの悪ィ奴」


その表情を見てしまうと、何も言えなくなる。
怒る気は毛頭ない。いやむしろ、何故かゾロの心はあたたかかった。
そしてふっと微笑みながら、セーラのつけるピアスに指で触れた。


「セーラ、よく似合ってるぜ」


素直に言うと、セーラは恥ずかしそうに笑った。
嬉しそうに、幸せそうに、愛おしそうに―――――





3蓮ピアスと猫耳フード
(彼女のトレードマークが猫耳フードについたピアスになるのは、また後のお話)