「私は生き残りたくなんてなかった」そう彼女は語った。本当は死にたかったのだと。彼女の家族と共に。友人と共に。想い人と共に。俺はそんな彼女の傷を手当しながら静かに息を吐いた。その言葉はたった今ふと思いついただけの言葉なのか、彼女を救った俺への皮肉なのかは分からない。ただ、それが本心だということは分かった。そして、彼女が泣きそうなのも。……彼女の故郷は小さな島に一つしかない小さな町だった。俺が物資の調達の為に寄った時にはもう、他の海賊によって壊滅状態だった。悲惨だった。その中で、俺はまだ息のある彼女を見つけた。逃げる途中で力尽きたのか、彼女が倒れている背後にはかつては民家であっただろう灰の山だった。虫の息も同然だった彼女をベポに船内まで運ばせ、俺が手当をした。何の気まぐれかは今でも分からない。ただ安い偽善を押し付けたのかもしれない。嬉しくない施しだったのかもしれない。その証拠に、彼女は目を覚まし俺が海賊だと分かった途端、何のつもりだと俺の睨んだのだから。その目は今までいくらでも見てきた。心から海賊を恨み憎んでいる目。だが俺も、彼女の口から礼の言葉が飛び出してくるなんてこと期待していなかった。むしろ、この反応こそ予想通りだった。唇を強く噛み、きつく俺を睨み続ける彼女。俺は表情を変えずに「興奮すると傷に障るぞ」とだけ言った。そうすると彼女はようやく自分の身体にある包帯に目を向けた。全身火傷と言う大怪我を抱えた彼女。その事実を見てか、彼女の力強かった目元は一瞬にして弱く脆いものへと変わった。俺はその隙を見て、包帯を取り代えようとした。そして放った言葉が冒頭のあれだ。弱く、鈴の音のような声で。そして続けた。「あの時死んだ方がずっと楽だった」「皆と一緒に、私も」と。俺は何も言わず新品の包帯を彼女の腕に巻く。痛々しい火傷の痕が覗いた。彼女にも見えたのか、眉根を寄せて「どうして助けたの」と呟いた。放っておけばよかったのにと。あの島のたった一人の生き残りであろう彼女。気付いたら、彼女の目から涙が溢れ出していた。俺は傍にあったタオルで彼女の目元を拭った。まだ動かすことのできない彼女の手の代わりに。「どうせ気まぐれなんでしょ。こんなことしないで」彼女は涙声で続ける。「海賊なんかに優しくされたくない。手当もいらない」そう言うものの、身体を動かすことのできない彼女は俺の手当てを受け続けるしかなかった。しびれを切らしたように彼女は声を大きくする。「やめてよ。もう、やめて。どうせ情けをかけるなら…私を殺してよ…!」と。俺は彼女の呻吟に眉を寄せた。そして今まで重く閉じていた口を開く。「気まぐれでも助けた命は無駄にしない」…そう言うと彼女は怒りの様子で、少し前の言葉と同じ言葉を放った。「じゃあどうして助けたの」……。俺は少し黙って、彼女を助けた時のことを思い出した。悲痛、苦悶、痛哭といった表情で死んでいる多数の人間の中。ただ一人…悔しさを表情に浮かべていた彼女。拳をきつく握り締め、自分の非力さを呪いながら気を失っている姿に俺は目を留めたんだ。そして思った。彼女は今死ぬべき人間ではないと。……いや違う。それは綺麗事だ。俺が本当に感じたのは、

「お前に、生きて欲しいと思ったからだ」

これが今の俺の本心だった。言うと、彼女は驚き…再び涙を滲ませた。そして小さく声を漏らしながら泣いた。生きて欲しい。何故そんな簡単な言葉を俺は説明できなかったんだろう。助けるという行為は…そういう思いがあるからこそできるものなのに。そして俺は咽び泣く彼女に静かに言った。「俺と一緒に来い。死にたかったなんて言うな」と。そして彼女に約束をした。お前を死なせないと。お前の傍から離れないと。俺が一生、お前を守ると。すると彼女は頷いた。小さく、何度も何度も。涙を流しながら頷いた―――





そして俺は、彼女の濡れた頬に手を添えた
(これが俺と彼女の出逢いであり、共に生きる理由となった出来事)