「おっいも♪おっいも♪」 「おっいも♪おっいも♪」 秋も深まってきた某日。 心地良い天気の昼下がり、観月の耳に届くのは高い声と野太い声が交互に歌う、非常に不愉快な音だった。 忙しく前髪をいじりながら、原因である桜花と赤澤を睨む。 桜花だけならまだしも、赤澤も一緒に歌っているとなると観月の心境は不快を通り越して憎しみになりつつあった。 「赤澤部長、その耳障りな歌を止めてください」 「お?だめだったか?残念だなー、桜花」 「うん……」 「別に桜花は構いません。続けてください。止めてほしいのは赤澤部長だけです。そして今すぐに桜花の頭から手をどけなさい。芋臭くなってしまいます」 「理不尽!」 あまりにもぴしゃりと言う観月の言葉に、赤澤は驚きながら素直に桜花の頭から手をどける。 この包容力の大きさは観月にも見習ってほしいところですが、しばらく無理な話でしょう。 そして許しをもらえた桜花は再び両手を上げながら「おっいも♪」と上機嫌に歌い始めた。 「大体、観月がこの歌の原因だろー?」 「あなたの騒音を僕の所為にするつもりですか?」 「だってよ、お前が焼き芋をしていいなんて言うのは珍しいじゃないか」 不愉快そうに眉を寄せる観月と、口角を上げる赤澤。 赤澤の言う通り、焼き芋を忌み嫌っていると言っても過言ではないほど、観月は普段焼き芋を拒否していた。 それを知りつつ、毎日のように「焼き芋がしたい」「したい!」と言うのは赤澤と桜花のもはや口癖になっていた。 そしてそれを許可した、とても珍しい今日。 「ほんと、珍しいだーね。ついにあの二人に洗脳されたかと思っただーね」 「しかも観月自身が芋を調達してくれるなんてね」 近くでやり取りを聞いていた柳沢と淳も言う。 ちなみに裕太はというと、相変わらず歌いながら竹ぼうきで落ち葉を集めている桜花を追いかけていた。 駆け足で集めているため、落ち葉が風で散ってしまう桜花の行為の後始末のためだった。 「ふん……何も、やりたくて持ってきたわけではありません。偶然、田舎の祖母からさつま芋がたくさん届き、処理に困っていただけです」 「それでも、焼き芋の話を持ちかけて来るなんて観月も優しいところがあるよね」 「俺は知ってるぞ!これが最近流行りのツンデレというやつだってな!」 「はったおしますよ?」 意気揚々と言い出す赤澤に、絶対零度の視線を向ける観月。 「まーまー、赤澤は覚えたての流行り言葉をすぐ使いたがるだけだーね」 「ちょっと古い気もするけど、赤澤だから」 そんな観月を落ち着かせる二人。 何故観月が怒っているのか分からない赤澤だが、相変わらずの気にしない精神でにかっと笑顔になった。 「すぐ怒るのも、ツンデレの特徴だそうだ!」 「クワッ!俺たちのフォローを無駄にするのはやめるだーね!」 空気を読め!と柳沢はボディブローを赤澤に決める。 学生ノリの軽いやつだが、赤澤はノリは良いため、ぐおーっと大袈裟なリアクションをとって数歩後ずさった。だが、何故殴られたのか理由は分かっていない。 そのやり取りをも冷めた目で見ながら、観月はふと視線を桜花と裕太へと向ける。 「おっ♪おっ♪おっいもーーーー♪」 「ちょっ、だから桜花落ち着いて集めろって!!」 どこからどう行き着いたのか、桜花はどうやら大きく円を書くように全力で走り、その真ん中に落ち葉を集める手法を行っていた。 風圧により落ち葉はふわふわ浮いているが、その後ろから追うように裕太が加わっているため、風が乱れ真ん中に集まるどころか散り散りになってしまっている。 その何とも言えない残念な光景を見て、観月は目を細めたが、すぐにカッと口を開いた。 「裕太くん、逆です!」 言いながら、逆に回れとジェスチャーを送る。 はっとして観月を見た裕太もその意図に気付いたのか、桜花を追うのを止めて逆を向いた。 そして、走っていた桜花が裕太の目の前にやってくる。 「おらっ!捕まえた!!」 「あー!裕太くんに捕まっちゃった!」 自分の方に向かってくる桜花を捕まえるのは簡単だった。 ささっと桜花の脇の下に手を入れ、そのまま持ち上げる。 あっさりと捕まってしまった桜花はようやく動きをとめ、足をぷらんぷらんさせながら笑っていた。 「ね、落ち葉どう?桜花の後をついてきて面白かったでしょ!」 「集めてたんじゃなくて遊んでたのかよ!」 わくわく顔で聞く桜花に驚き、溜息をついた裕太。 そして、誰だ最初に桜花に落ち葉を集めるように指示したのはと眉を寄せ、観月だと思い出し口から出かけた言葉を飲み込んだ。 「……桜花、もう俺と部長で落ち葉は集めるから観月さんと芋を用意してくれ」 「わかった!裕太くん、後はよろしくね!」 小さな子に言い聞かせるように告げ、桜花がぴしっと敬礼をしたのを見送り、いつの間にか手際良く落ち葉を集めていた赤澤の作業に加わることにした。 「観月さん!」 「なんです?」 「落ち葉はね、桜花についてくるんだよ!」 まるで世紀の発見をしたように言う桜花を、可愛さ少々残念少々といった表情で見つめる観月。 目を輝かせる桜花の言葉にはノーコメントを貫くとして、観月はそっと膝を折り桜花の目の前にしゃがんだ。 「全くあなたは……。落ち葉を集めるだけが、どうしてこんなにも汚してしまうのですか」 そして言いながら桜花の服の汚れを手で払う。 桜花はきょとんとしながら、改めて自分の服が土や葉で汚れていることに気付いた。 「えへへー、ごめんなさい観月さん。でも、どうしても嬉しい気持ちが止まらなくって!」 「全くもう、あなたという方は……」 相変わらず素直というか、猪突猛進な桜花。 だが、観月は怒る気は全く起きず、むしろ自然と眉の力が抜け口角も上がってしまった。 「(強いて言えば……)」 目の前で無邪気に笑い、焼き芋を心待ちにしている桜花の表情を見て、観月は先程の柳沢たちの言葉を思い出す。 自分が焼き芋を提案するなど珍しい、というあの会話だ。 確かに、少し前までの自分だったらそんな提案はしない。むしろ何度も提案されていたが断固拒絶していた。 それでも、田舎から届いた大量のさつま芋を見た時、真っ先に思い浮かんだのが桜花の笑顔だった。 「(あなたの喜ぶ顔が見たかったというのが、僕の本心なのかもしれません……)」 実際、輝くような笑顔で鼻歌を歌いながら、服の汚れも気にしないほど走り回り喜んでくれた桜花。 皆の前では決して言わないが、観月はたまにはこういうのも悪くないと感じてしまった。 悔しいようなこれはこれで楽しいような、観月は自嘲気味に笑った。 「では、裕太くんたちが準備している間に、僕たちも用意をしましょう」 「はーい!」 観月の言葉に、桜花は元気に手を上げて返事をした。 そうして、観月と共にさつま芋をアルミホイルで包む作業をする。 途中一際大きな芋を見つけると、これは部長が喜びそうだねなど感想を述べる桜花を見て、観月は少しの嫉妬を覚えた。 「んふっ、部長は芋の味をしていれば何でも食べてしまいますよ」 かなり馬鹿にした言い方ですが、桜花はその真意を読めません。 「あはは、観月さんが持ってきたお芋なら、なんでも美味しいに決まってるもんね!」 「っ……」 純粋な桜花の言葉に、思わぬ反撃を食らった観月。 背後でその会話を聞いていた柳沢や淳は笑いを堪えている。 「観月さーん、こっちは準備できましたよー!」 ここで、少し離れたところから声が聞こえる。 どうやら、裕太と赤澤が落ち葉を適量集め終えたようだ。 「わかりました。では桜花、半分ずつ持ちましょう。落とさないように気をつけてくださいね」 「うん!」 包んださつま芋をカゴに入れ、二人で仲良く運ぶ。観月は半分と言っていたが、実際は桜花のカゴの方が量が少なく軽めだ。 変なところで気にする桜花のための方便だった。そのことに気付かない素直な桜花は笑顔でカゴを運ぶ。 そして集まった落ち葉の中に一つずつ仕込んでいった。 「それじゃあ、火をつけるだーね」 火の準備は柳沢と淳の担当だったのか、早速点火をする。 火は弱いながらも少しずつ燃え広がり、やがて落ち葉の中から煙が出てきた。 落ち葉の山を中心に円になるように待機している皆はそれぞれ待ち遠しそうにその山を見つめる。 「あったかくなってきたね!」 「だな。皆でこうして囲むのもまた楽しいものだな」 「そうだろう。焼き芋は美味いだけじゃなくて楽しいんだ」 桜花の言葉に裕太も頷く。 そして一番嬉しそうに眺めるのは赤澤。 長年の希望が叶えられて、さぞ満足しているようだ。 「うん!楽しい!ぽかぽかしてくるね」 この楽しさを観月にも分かってくれるかなと桜花は観月を見上げて言う。 にこにこ満面の笑みの桜花にそう言われては、観月も焼き芋の熱とは別に心がぽかぽかしてきた。 「ふん……まぁ、たまにはいいでしょう。その代わり、明日からはまた練習をきつくしますよ」 「なんでだーね!」 それは関係ないだろうと柳沢は愕然とする。 だがそう反応したのは柳沢だけで、他のメンバーは大して気にしていない。 桜花も練習をサポートすることを苦には思っておらず、元気に挙手をして返事をした。 「んふっ、どうやら柳沢くんには特別メニューが必要みたいですね」 「クワッ……あ、炙り出されただーね……」 観月の発言は桜花に対する照れ隠しもあることは分かっていたが、まさか反応しただけでこんなことになるとは思っていなかった。 隣で淳がクスクスと静かに笑っている。予想済みだったようだ。 「お、そろそろ良い頃合いだぞ」 ここでお芋マスター……ではなく、赤澤がしゃがみ、軍手をはめた手で落ち葉の中を見てみた。 危ないよと桜花は言うが、赤澤は慣れているのか大丈夫だと言い慣れた手つきで探っていた。 「へえ、やっぱり焼き時間とかあるんですか?」 「それもあるかもだが、俺のは勘と匂いだ」 「(り、理由が野生的だ……)」 感心するように裕太が言うが、すぐにそれを後悔した。 こと芋に関しては赤澤を頼りにするが、勘と言われてしまっては少し心配になる。 「勘でもいいですから、確認してみてください。桜花、煙に近寄ってはいけませんよ」 「はーい!」 観月がそう促しつつ、前のめりになって焼き芋に注目している桜花に注意する。 煙は赤澤も被っているが……そこは別にどうでもいいようだ。本人も気にしていない。 「よし!やっぱり俺の勘は当たってたぜ!ほらよっ!」 にいっと笑った赤澤が一つの焼き芋を取り出し、真ん中で綺麗に割ってみる。 すると中から黄金に輝いた焼き芋が良い香りと共に顔を出した。 「うわぁ〜〜!」 そのあまりに見事な照り加減に、桜花は目を輝かせる。 これには他のメンバーもおおっと歓声をあげ、観月もほうと覗き込んだ。 「これは桜花にやるぜ。ほら、軍手してても熱いから気をつけろよ」 「うん!ありがとう、ぶちょー!」 すっかり良い兄貴分のように思われる赤澤が桜花に焼き芋を手渡す。 確かに軍手越しとはいえ焼き芋は熱くて、じっと持っていることはできなかった。 だが、そのあたたかさも更に食欲を刺激してくる。 そして赤澤は他の皆にも焼き芋を手渡し、自分も焼き芋を持つ。 皆一様に割った焼き芋を手に、部長らしく赤澤が音頭をとった。 「んじゃあ、日頃の部活お疲れさんってことと、芋を持ってきてくれて更に焼き芋をしようと言ってくれた観月に感謝しつつ……」 「(……少しニュアンスが違いますが……)」 まるで自分が進んで焼き芋をしたがっているような言い方に観月は少し眉を寄せたが、ここで水を差す程のことではないと思い甘んじて受け入れた。 「いただきます!」 「「「いただきます!」」」 そして赤澤の言葉に続き、それぞれ声を合わせて焼き芋を一口頬張る。 観月も直食いということに少し抵抗はあったが、やはり空気は読めるのでそのまま焼き芋に噛り付いた。 「美味しい〜〜っ!」 「だな!甘くて美味いぜ!」 「さつま芋って、こんなに甘くなるんですね!」 元々焼き芋肯定派の桜花、赤澤、裕太はその美味さに素直に舌つづみを打つ。 「んまいだーね!冷える体が嘘みたいにあったかくなるだーね!」 「クスクス……確かに、美味しいね。皮まで食べられちゃうよ」 焼き芋をやってもやらなくてもどちらでもいい、でもやるからには楽しみたいという柳沢、淳もその出来に満足そうだ。 「………確かに、美味しい……ですね」 そして観月も、あれだけ忌み嫌っていた焼き芋という行為。 その行為の末に出来上がって甘くてホクホクとした感触を楽しめる焼き芋の味に驚いていた。 「ふふっ、やった!観月さんも美味しいって言ってくれた!」 「まあ、分かり切っていたけどな!」 どうやら観月の反応が気になって仕方がなかったらしい桜花がその呟きを聞いて飛び跳ねて喜ぶ。 その喜びようを見て、ふんっと鼻を鳴らして得意気に言いつつも満更でもなさそうな赤澤。 赤澤のそんな態度には若干の不快感を覚えるが、桜花が喜んでくれるだけで観月は心が焼き芋のようにホクホクとあたたかくなった。 最初に芋を見て想像した時のような笑顔が、目の前に実現しているのだから。 「ね、観月さん!焼き芋も美味しいし、楽しいでしょ!」 はふはふと、未だに熱くて口の中で冷ましながら食べる桜花。 そのあどけない表情に言われ、観月もすっかりと邪気の抜けた顔になった。 「桜花、ずっとこんな風に皆と焼き芋したかったの!」 そして桜花は焼き芋を飲み込むと、幸せいっぱいの表情で皆を見回す。 「だって美味しいものをみんなで食べるのは、すっごくすっごく幸せだから!」 純真無垢な笑顔にそう言われてしまったら、皆も笑顔になるしかなかった。 桜花はただ焼き芋が食べたかっただけではなく、その時間を皆と共有したかったのだと分かった。 「……本当、あなたといると色々なことを感じさせられます」 「?焼き芋が美味しいってこと?」 観月が微笑しながら、自分の敗北を認めたような表情で桜花に向けて呟く。 その本意を桜花はいまいち分かっていないようだったが、観月はそれでも良かった。 「……僕も桜花や皆といると、楽しいと思ってしまうことをですよ」 だって今日は素直に自分の気持ちを伝えることができそうだから。 そうだ、芋を焼こう! (たまにはこんな煙にまみれる午後も悪くないと思った) 今回もヒロインに振り回される皆さんのお話です。 ですが今回は今までとは違って、仲良しな雰囲気が濃かったのではないでしょうか。 観月さんも一段と素直になって……ほっこりしていますね。 そんな皆さんを想像しつつ、私もほっこりしながら書きました。 ああ、芋でいいからこの皆さんの中に混ざりたいです。 |