「観月さん、はい!!」


と、笑顔でプレゼントの箱を渡したのはルドルフ男子テニス部1年マネ補佐の桜花です。
その輝かしい視線の先にいる観月は優しい笑みを浮かべているものの、不思議に思っていた。


「……一体、何があったんですか?」
「んーとね、この前観月さんのティータイムの時間を邪魔しちゃったから、その代わりに!」
「……桜花が食べ物をプレゼントするなんて珍しいだーね」


少し離れたところで柳沢が淳や祐太に呟く。
布に包まれている箱からはほんのり甘い香り。
それは観月にも届いているのか、珍しくにこりと笑って、


「ありがとうございます。折角ですから、頂いておきましょう」
「ほんとっ?」


観月がプレゼントを受け取ると、桜花は飛んで喜んだ。


「それねっ、桜花が昨日頑張って作ったの!」
「ほう、桜花の手作りですか。それは楽しみですね」
「自信作だよっ!」


プレゼントを両手に持つ観月に、桜花は興奮気味に説明する。
傍目から見ると、母と娘のような和やかさがあり、一気に部室の空気がほわっと和らいだ。


「確かに……甘い香りがしますよ」
「うん!観月さんのティータイムに合うように、甘いの作ったの!」
「んふ、気がききますね。それでは、早速ティータイムのお茶菓子にしましょう」


観月は中身を確認せず、箱を机に置きました。
良い香りなので安心しているんでしょう。
その判断が後に命取りになることとは知らずに………。





そして午前の練習が終わり、休憩に入る。
早速部室にてティータイムの用意をする観月を見て、赤澤は不思議そうに声をかけた。


「観月、今日は早い時間にお茶を飲むんだな」
「ティータイムと言ってください。今日は桜花がお菓子を作ってきてくれたので、早いうちに頂こうと思いまして」


一瞬不機嫌そうに口を尖らせたが、目の前にある桜花が作ったお菓子を見ると、自然とその表情は柔らかいものになった。
そう説明している間にも準備が整い、いつもの時間が始まる様子だった。


「へえ……桜花、料理できたんだな」


意外そうに桜花を見ながら言う赤澤。
桜花も褒められたと思い嬉しそうに笑った。


「うん!ちゃんと皆で食べられるように、たくさん作ってきたよ!」
「じゃあ、俺たちの分もあるのか?」
「もちろん!裕太くんは甘いの好きって言ってたから、たくさん食べてね!」
「おお、さんきゅー!じゃあ早速……」


観月も今日は特別ですよと言いながら、人数分の紅茶を注ぎ、箱に手をつけ、ラッピングを丁寧に解く。
楽しみだと言わんばかりに、裕太も露わになる箱の中身を覗き込んだ。


「…………」
「えへへ、ちょっと見た目はアレだけど…」


恥ずかしそうに笑いながら桜花が言う。
その言葉に反応できないほど、皆さんは箱の中身の正体をまじまじと見つめています。
あの観月までもが、口をあんぐりと開けて状況を理解しようと必死に脳内を働かせています。
箱を開けた瞬間、目に飛び込んだものは黒くて不格好な形をした物体。
黒いのは焦げ跡なのか…ところどころ、元の色であるであろう青色が見えます。


「ちょっと待て。青色の食べ物なんてこの世に存在するのか……?」
「……まず、自然のものではありませんね。合成物でしょうか」


祐太が息を呑み、観月が動揺を隠すために髪をいじる。そのスピードが尋常ではありません。
その横では淳も平静を崩し、黒い物体を睨むように見ている。


「……香りは甘いのに、見た目が反則だね」
「ごめんね、ちょっと焦げちゃって…失敗しちゃったの」
「ちょ、ちょっとどころじゃないだーね……」


柳沢が恐ろしいものでも見たように一歩ずつ物体から遠ざかる。
誰もが食べようとしない異変を桜花に気付かれない為か、観月が先陣を切って話を切り出した。


「桜花、一体…何を作ったんですか?」
「マドレーヌ!」
「「「!?!?」」」


そう答える桜花に、再び言葉を失う皆さん。
見た目カチカチで金属のような艶のある物体がまさか柔らかいケーキのお菓子だとは思わなかったようです。


「あ…味付けは、どのようにしたんですか?」
「味付け?」
「え、ええ……何が入ってますか…?」


観月が恐る恐る聞く。答えを聞くこそすら恐ろしそうだ。
こんな様子の観月を見るのは初めてだと他のメンバーは珍しく思っているが、状況が状況です。
観月の気持ちがよく分かるのか、心の中で応援する。


「観月さんは甘いのが好きだから、お砂糖をたくさん入れて……あ、こっちがバター味で、こっちがココア味だよ!」
「(は、判別ができるのかっ!?)」
「(さ…流石、これを生み出した本人だーね……)」
「(おかしいな……砂糖は普通なのに、どうやって青色に……?)」


祐太と柳沢が驚きのままに、ひそひそと会話をする。
桜花に聞こえないように配慮するのが精一杯の優しさです。
そして淳は心の中で不思議に思いながら物体を見つめた。


「それから、隠し味を少し……」


言う桜花に、観月はぎょっとして桜花を見る。
淳も、それだと思って桜花を同じように見つめた。


「か、隠し味……ですか?それは何です?」
「えへへ、隠し味だから秘密だよっ」


そう言って小首を傾げて笑う桜花はとても可愛らしいです。
ですが、今はそんなことを考えている余裕は誰にもありません。


「あとね……」
「ま…まだ何かあるのですか?」
「うん……その……桜花の……」


言いづらそうにしている桜花を見て、皆さん頭上に疑問符を浮かべています。
そして、


「桜花の心が、いっぱいこもってるよっ!」


恥ずかしそうに、でも少し自慢げにそう言う桜花。
普通なら嬉しく思う気持ちですが、今の皆さんにはさらに血の気の引く言葉のようです。


「(やばいだーね!気持ちは嬉しいけど、桜花のは本当に気持ちだけだーね!)」
「(俺……亮より先には逝きたくないんだよね……)」
「(ちょっ、そんな不吉な事言わないでくださいよっ)」

「どうしたの?」
「「「なんでもないよ(だーね)」」」



あくまで、桜花の聞こえないところでの会話です。
悟られないように爽やかな笑顔を見せる皆さんが痛々しくも思えます。


「さっきからどうしたんだよ。食わないのか?」
「あ、赤澤部長……。あなたにはこの恐ろしさが分からないんですか?」
「?俺小腹が空いてるんだが……先に食ってもいいのか?」
「「「えっ」」」


赤澤の発言に桜花意外が驚きの声をあげます。


「ほ……本気ですか?」
「?ああ」
「さすがです……やはり、似た者同士だとウマが合うんでしょうか……」


さらっと失礼なことを言っている観月。
だが今は、その雄姿を讃えています。


「しかし、桜花がカレー味のかりんとうを作ってくれるとは、俺の好物を覚えてくれているんだな」
「「「(バカ澤(部長)今までの話聞いてなかったな!!)」」」


そういう人物ですから仕方ないですよ。
勘違いしたままの嬉しそうな表情で物体を口に運ぶ赤澤。
祐太が慌てて止める前に、すでに食べてしまいました。


「んぐんぐ……………ぬ、ぬうおおおおーーーー!!」
「な、何で叫ぶんだーね!?」
「赤澤、君のことは忘れないよ」
「か、勝手に殺さないでください!」


淳が手を合わせるのを祐太が縁起でもないと止める。
その間に赤澤の叫びも終わりました。


「あ、甘いっ!とてつもなく甘いっ!これはカレー味じゃないのか!?」
「誰もそんなこと一言も言ってないですよ」


そこに驚いたのか、赤澤は目をぱちくりさせて目の前の物体を見つめる。
阿呆らしいと、観月は額を手で抑えた。


「部長?これはケーキだよ」
「ケーキ……そうだったのか。それならば甘いのは当然か……」


桜花の言葉に納得する赤澤。
そこで納得できるのも凄いと思いますが。


「しかし桜花は凄いな。こんなに固いケーキが作れるんだな。斬新だ」
「(固い時点でケーキではないことに気付きなさいバカ澤部長……!)」


口では言わない、少し優しさを覚えた観月。


「ま、桜花は料理もでき……」


その瞬間、バタッと音を立てながら赤澤がその場に倒れました。
顔は笑顔のままだったので、自分でも気付かないうちに身体だけが反応してしまったんですね。


「「「(し、死人が出た……!!)」」」


ただ気絶しているだけです。


「あれ?部長……どうしたの?」
「き、きっとお腹いっぱいで眠くなっちゃったんだーね」


不思議そうに赤澤の顔を覗きこむ桜花。
そんな桜花に、柳沢が気にするなと言いながら赤澤の顔をタオルで隠した。
そして振り向き、


「あ、甘いんだったら祐太の大好物だーね」
「えっ」


裕太に矛先を向ける。


「クスクス。俺はそこまで好きなわけじゃないし、祐太に全部譲るよ」
「ちょっ」


淳も乗ったのか、裕太の方をぽんと叩いた。


「そうですね。僕たちは桜花の気持ちだけ受け取ることにして、祐太くん、お願いします」
「待っ」


観月もやはり自分の命が大事なのか、裕太を犠牲とすることに全く抵抗は無い様子。


「ん?なに?一人じゃ食べられないの?全く、まだお兄ちゃん離れできてないんだね」
「仕方ないだーね。俺たち先輩に任せるだーね」
「んふっ、では僕が食べさせてあげましょう」
「やめっ……………」


先輩たちの強く生≠求める瞳には敵いません。
祐太は先輩たちに支えられ、桜花の作ったお菓子(?)を口に詰め込まれました。


「ぐわっ……」


そして全速力でトイレへと向かう祐太を見送る酷い先輩たち。


「あれ?裕太くんが全部食べちゃったの?」
「ええ。とても好評でしたよ」


きょとんとした表情で言う桜花に、観月は先程の所業などなかったかのように爽やかな笑みを浮かべる。


「本当だーね。あー、食べられなくて残念だーね」


決して食べたくないわけではないと、予防線を張るように柳沢が苦笑いで言う。
その言葉を聞いて、桜花はにこりと笑った。


「それなら大丈夫だよ!今のはティータイム用で、こっちが……」


そして桜花が鞄から取り出したものは、


「ほらっ、お持ち帰り用の一口カステラ!」


マドレーヌと同じく、黒くて固い物体がごろごろ入った可愛らしい袋だった。





未確認物体A襲来事件
(食いしん坊な裕太くん以外の皆で食べよ!………あれ?どうして皆泣いているの?)




このお話は元お題夢「せっかく心をこめたのに」です。
失礼ながらお題から解体させていただき、加筆修正を行い短編ページに移動しました。
聖ルドルフといえばやっぱり観月さん。とても人間らしい観月さんがいますねここには。
シナリオ通りにいかないヒロインちゃんに振り回されて、不憫で可愛いです。
そして何気にルドルフの皆さんって、ツッコミ・ボケ・天然・悪ノリとかキャラが揃ってて書きやすい!