「んふっ……やはり、午後のティータイムは欠かせませんね」


パリッ…パリパリッ…。


「………桜花さん、その不快な音を止めてもらえませんか?」
「ほぇ?」


聖ルドルフの部活時間は色々と大変だそうです。





「なんで?これ私のおやつらよー」
「食べながら話さないでください。……いいですか?桜花さん」


自分専用のソファに腰を下ろし、優雅にティータイムを楽しんでいる観月は静かなる怒りを生む。
問答無用で叱りつけたりしないのは観月なりの優しさだったりします。
それに気づかないのは、部員用のソファに深く座りもたれる小さな女の子……ルドルフのテニス部女子マネージャーである1年の桜花だ。
立場的に、観月の補佐(という名のほぼ雑用)である。


「今日は休日ですね」
「うん」


人差し指をピンと立て、張り付けたような笑みを見せる観月。
きょとんとした表情で頷く桜花。


「休日には何があるか知ってますね」
「うん。観月さんのユウガでキラビヤカなティータイムの時間」
「(この間の観月さんの言葉のまんま言ってるから棒読みだ……)」


静かに見守っているのは観月以外のルドルフの方々。


「そこで僕は、今日1日の疲れを癒すのです」
「うん。前にも聞いたよ」
「(そういえば、先週のおやつはゆでたまごだっただーね……)」


殻を割る音が気に食わなくて止められました。


「そう、ティーダイムだけが僕だけの時間となる……」
「(クスクス、周りに僕たち居るんだけどね)」


自分専用のソファ、テーブルを用意するあたり、本気で一人の空間を創り出したいようですね。
きっと、いつもは邪魔するなオーラを放っていることでしょう。


「ですから、」
「うん」
「そういうパリパリと音のする物を食べるのは止めるように言ったはずですよね……?」
「そうだったっけ?」
「「「(忘れてる!)」」」


観月以外がやっぱりと落胆しました。
観月は全身に力が入ってます。拳がぶるぶると震えています。
桜花用に張り付けた笑顔が割れる音が聞こえました。


「まぁまぁ観月、そう言ってやるな。家庭の事情っつーのがあるだろ?」
「どこの家庭に3時のおやつに海苔を出す所があるんです?」


見かねた赤澤が仲裁しようと声をかけるが、観月にきっぱりと断絶されました。
ギロリと睨まれ、取りつく島も無しです。


「い、いいじゃないですか、たった3枚ですし…「数の問題ではありません」


あまりにもきっぱり言うので祐太もたじたじです。
桜花だけは半分食べた1枚目の海苔を手に持ってぽけーっとしています。


「僕がどれほどこの時間を楽しみにしているのか……皆さんは知らないでしょう」
「そんなの知らないだーね」
「大体、ティータイムっていう時間は観月が勝手に作ったんじゃんか」


体と声を震わせながら言う観月に、柳沢と淳は文句を言う。
淳の方は少し面白そうに笑っているが。


「それはマネージャーの特権だからです」
「……だったらよぉ、部長の俺の願いも聞いてくれよな」
「嫌です」


ぶーたれるように赤澤は言う。
だが観月は間をおかずに、赤澤の方を見向きもせずに拒否した。


「何でだよ、ただちょっと落ち葉拾って芋があればできることなんだぞ?」
「私も焼き芋は賛成だよ!」


空気の重さが判らないのは桜花だけなのか、呑気に手を上げて笑ってます。
観月は口元がヒクつくのを感じ、とりあえず深呼吸をして心を落ち着けます。


「話が逸れてしまいましたね。本題はおやつです」


観月が軽く咳ばらいをした。


「普通、ティータイムでは紅茶を飲み、その紅茶を引き立たせるお菓子を用いますね」
「はーい!」
「何ですか、桜花さん」
「海苔はおやつに……「入りません」……えー!!」
「そうだったのか……」


いつの間にか観月のティータイム講座になってます。
参加者は桜花と赤澤。ソファにちょこんと座り、目の前で腕を組んでいる観月の淡々とした説明を聞く。
祐太は強制参加なのか、桜花に腕を組まれ同じくソファにしげしげと座っている。
俯いているその目には疲れが見え隠れしていた。
柳沢と淳は面白そうに思ったのかソファの後ろで見学です。


「でもね、観月さん」
「何です?」


観月の講座の途中、桜花がピンと手を上げて物申す。
特に嫌な顔はせずに、観月は桜花を見た。


「海苔は海藻だからやっぱりおやつだと思うの!」
「あなたは海藻をどんな目で見てるんですか?」


観月が呆れ顔で問うがにこにこと桜花は流してます。
あの観月の言葉をこうも軽やかにスルーできることは、皆さん感心してます。


「でもまぁ、いいじゃないか。本人が楽しければそれで」
「……部長」
「ん?」
「貴方は紅茶と海苔は合うと思いますか?」


ジト目で言う観月。
うーんと改めて考えている赤澤に、こんなことに悩むほど赤澤の脳みそは残念なのかと観月は一瞬にして何かを諦めた。


「クスクス、洋と和は合わないと思うよ」


淳が観月のとても残念そうな顔を見て、面白そうな顔をしながら口を挟む。


「そうです。洋式の部屋に和式のおトイレがあるのと同じくらいおかしいのです」


おトイレですか。


「いいですか?そもそもティータイムがオシャレな風習になったのは……」


観月が知識をペラペラと喋る。
それを真剣に聞こうとしているのは赤澤だけなのが何とも言い難い。しかも理解しているわけもなくちんぷんかんぷんな表情。
桜花は飽きてきたのか鼻歌を歌いだし、裕太はそんな桜花をぎょっとした様子で見ています。
柳沢と淳も面白くなくなってきたのか欠伸をしています。


「……おい、桜花」
「ん?なーに、祐太くん」
「……先輩ってつけろよ。……観月さんをあんなにしたのはお前だろ?」
「うーん……そうなのかなぁ?」
「そうなんだよ。だから、止めてくれよ」


じゃないと部活ができない、と祐太が呟く。
そんな祐太を見た桜花は、にこにこと笑い、


「うん、分かった!」


と親指を立てて裕太に宣言し、観月に近づく。
祐太は本当に分かったのか心配したが、こういう時は大体桜花が何とかしてくれるので何も言わなかった。


「ねぇねぇ観月さん」
「なので………と、何ですか?桜花さん」


知識披露に没頭しており、桜花が目の前に来たことにも気付かなかった観月。
だが、声をかけられたことで目の前でこちらを見上げる桜花を見た。


「私もね、ティータイムの時間大好きなの」
「なっ……」


唐突な言葉に、観月は驚き目を見開いて桜花を見つめる。
対する桜花は、今まで何度もこれで観月の気を収めてきた、無垢な無敵スマイルを観月に向けた。
裕太が思った、何とかしてくれる、という根拠はここにある。


「だから、自分の大好きな食べ物持ってきちゃうの。それを、観月さんとも食べたいから……」
「桜花さん……」
「(海苔とゆでたまごは大好きな食べ物だったんだーね……)」


柳沢はポカーンとした表情で桜花の説得を眺める。


「……分かってくれれば、いいんですよ」
「(あ、納得しちゃうんだ)」


だが観月には心を打つ内容だったらしく、うんと力強く頷いた。
それを見て、相変わらずだなぁと淳は静かに笑った。


「海苔は好きだけど、今度からは我慢する!甘い物持ってくるから!」
「そうですね、その方がよろしいです。甘いものは紅茶に合いますからね」
「だよね!だから……今日はごめんね?」
「いいえ、構いませんよ。桜花さん、僕も少しキツく言ってしまって悪かったですね」
「ううん、観月さんは悪くないよ!」


と、桜花は観月に抱きついた。
観月も可愛い妹を扱うかのように頭をポンポンと撫でる。


「「「(何だかんだで仲がいいな、あの二人……)」」」


呆れたり、微笑ましそうだったり、色々な表情を浮かべて二人を見つめる人たち。
ルドルフの今日は、とても楽しく充実したティータイム日和でしたね。





そして次の休日。

ポリポリポリ……。


「っ……!桜花さん!」
「んぇ?」
「一体、それは何です?」
「金平糖!すっごく甘くて美味しいんだよ!」
「甘いっ……確かに、とても砂糖が効いてますよね……っ」


その日は涙目の観月を皆で慰めることとなった。





僕とあなたのティータイム論争
(そして僕も貴女を甘く見ていました……!)




このお話は元お題夢「三時のおやつに海苔一枚」です。
失礼ながらお題から解体させていただき、加筆修正を行い短編ページに移動しました。
超天然ヒロインちゃんにたじたじな観月さんがとても微笑ましいです。
ブツブツ言いながらも、なんだかんだヒロインちゃんには甘いんですよね。まさに聖ルドルフの母の名に相応しいです。