「ピッコロさん!こんにちは」


天界へとやってきたライはピッコロに声をかける。
隣にはいつもと変わらないミスター・ポポと、少し成長して大きくなったデンデもいた。


「ライさん、こんにちは」
「デンデもこんにちは!」
「……また来たのか」


デンデが笑顔で挨拶してくれることに嬉しく思い、ライも笑顔で手を振る。
だが隣にいたピッコロはどこか呆れたような、そんな表情だった。


「当然!いつでも来ますよ、あたしは」


そんなピッコロの表情には慣れっこなのか、ライは構わず笑って言う。
これは鬱陶しがられているわけではない。
ピッコロなりの心配の形だとライは気付いていた。


「今日は悟飯の高校とやらの編入日だろう」
「うん、そうだよ。聞いてよピッコロさん、悟飯ったらあたしが一生懸命作ったお弁当を忘れていっちゃって……」


それでさっきまであたしも高校に居たんですよ、とライはピッコロに伝えた。


「初めて行ったけど、すごくたくさん人がいたの。悟飯があの中に馴染めるか心配は消えないけど……でも、今日見て少しだけその心配は薄くなったかな」


相変わらず難しそうな表情のままでいるピッコロに、ライは高校の様子を思い出して語るような口調で言う。
そんな口振りのライの話を聞いて、ピッコロは少し眉を寄せた。


「ならばお前も通えばいいだろう」
「………」


ぴしゃりと言うピッコロの言葉にライは微笑を少しだけ切なそうなものへ変える。
悟飯が高校へ通うことになるという話は、ピッコロにも世間話の一つとしてリアルタイムで伝えていた。
その度にピッコロは同じことを言う。


「……あたしは、別に……」


ピッコロのその言葉は正論だとは思う。チチも今朝同じようなことを言っていた。
通おうと思えば高校に通うことは可能だろう。厳しくはなるだろうが、そのくらいの貯蓄はある。
だがライは高校へ行かないことを決めた。それはもちろん、家でのことを手伝い学ぶという大事な理由があるからだ。
だがそれとは別に、修業も続けたいと思っていた。天界という遠くの場所に住んでいるピッコロと共に。


「悟飯のようにやりたいことをやればいいんだ」


言い淀むライにピッコロはもう一度言う。
後押しをするような言葉は嬉しくもあるが、少し悲しくもあった。
セルとの戦いが終わり、地球は随分と平和になった。
母であるチチとの約束通り、その後ライと悟飯の二人は勉強に励んだ。悟飯ほどではないが、ライも成績は良い。
だが学者になるという悟飯と違って、その先にライの夢はなかった。
そんな自分が惰性で高校へ通うなど気が進まなかったし、高校で夢を見つければいいというのもまた違うような気がした。
それに夢というほどのものではないが、ライは……この先の未来を、尊敬しておりまたその感情が好意へと変わったピッコロと共に過ごしたいと願うようになった。
だからライはこうして天界へと足を運ぶ。毎日とはいかないが、その頻度は高い。


「……ありがとうピッコロさん。でも、いつ何が起こるか分からないし、修業も休んでいられないよ」


無理矢理笑みを作り言うライ。それも確かに本音だった。
それを見てピッコロもまた短く溜息をつく。
セル戦以来、ピッコロはライに対しても悟飯に対しても修業をしろと言うことは一度もなかった。
幼い頃から無理矢理戦いに巻き込まれ、その度に傷つく二人を見てきたからだ。
それに自分が昔言ったことも覚えている。
戦闘のせの字も知らない双子を半ば強制に拉致し、いずれ来るサイヤ人との戦いの為に鍛えようとした時。
学者になりたいとべそをかく悟飯に対して、サイヤ人を倒してからなればいいと言ったことを。
地球が平穏でなければその夢も叶わない。そこから立て続けに脅威との戦いは続いたが……今は至極平和だ。今こそその夢を叶える時だとピッコロは理解していた。
神の力を得たピッコロはたまに下界を見る。ライや悟飯と同じ年頃と見える子供たちは平和の中好きに友達と遊んだりしている。
そういうふうにライも過ごせばいいと、ピッコロも考えるようになっていた。今まで辛い思いばかりして、戦いに縛られてきたのだから。


「……そうか」


だがその気持ちはなかなか伝わらない。お互いに。
こういう重い空気になると、決まってライの方から空気を変えようと口を開く。


「もう、ピッコロさんはあたしが相手じゃ不満なの?あたしだって昔ほどじゃないけど、ちゃんとまだ強いんだから」


むすっと子供の頃よくしたように頬を膨らませ、腰に手を当ててピッコロを見上げて言う。
ライもずるい手とは思いながらも、こうすることしかできなかった。


「……別に不満があるわけではない」


ピッコロもそう言われては諦めるしかなかった。
事実、ライと組み手をすることに不満はない。むしろ身になるし楽しいとさえ思うことがある。ただ本当にこれをライが望んでいるのかと疑問には思うが。


「それじゃあ決まり!あたし着替えてくるね」


パンと柏手を打って、ライはにこりと笑って神殿の中に向かう。
いつもここで修業をするため、道着などは神殿に常備しているのだ。


「………はぁ」


その後姿を見送ると、ピッコロは珍しく声を漏らして溜息を吐いた。


「ピッコロさん……」
「……俺はたまにあいつが分からなくなる。悟飯のことが心配なら共に高校に通えばいい。そうすれば心配も消え、ライ自身にも友達とやらが増えるだろう」


会話をずっと静かに聞いていたデンデが、ピッコロの溜息を聞き心配そうにピッコロを見上げる。
するとデンデにはまだ素直に心の内を吐露できるのか、ピッコロは呟くように言った。


「修業するより遥かに楽しいはずだろう……」
「……確かに、そうかもしれませんね」


ピッコロの眉をしかめたそんな呟きに、デンデは切なそうな笑みで言う。


「でも、修業をするだけがライさんの本当のやりたいこととは限りませんよ」
「………」


その少し情けないデンデの表情を見てピッコロは黙る。
そして数年前のとあることを思い出す。それは未来からやってきたトランクスの言葉。

「その頃すでに、ライさんはピッコロさんのことが好きだったみたいです」

ピッコロも忘れたわけではなかった。
好きという感情の基本的な意味も知っている。それには友情の意味もあれば恋愛の意味もあるということも知っている。
友情の意味で見れば、自分はきっと共に戦った仲間たちのことを大切に思っているのだからその気持ちに近いのだろう。
だが、恋愛の好きという感情がどんなものかそれは分からなかった。その先に何があるのかも。友情とどう違うのか予想もつかなかった。
そしてきっと、ライの好きというのは後者のほうだ。


「………だから余計に、困っているのだ」


デンデが言いたいであろう本当の意味も分かっている。
だからこそ、ピッコロはライとの距離を置こうとしていた。
ライが幸せになるには、きっとその方がいいと思って。





「た、ただいま……」


ピッコロとの修業を終えライは自宅へと戻ってきた。
するとそこには得体の知れない恰好をした人物が悟天と共に鏡の前で何やらポーズをとっていた。


「あ!おかえり、ねえさん!」


その人物はライに気付くと振り向き手を振る。
あまりに突然で見慣れない恰好だったために驚いたが、声はそのまま悟飯だ。
ライは目をぱちくりさせながら悟飯を見つめた。


「そ、それ、どうしたの……?」


まさか高校の知り合いの趣味か何かでコスプレを始めたのか?そうとさえ思ってしまった。
怪訝に思うライに悟飯はウキウキしながら説明した。
悟飯が度々超サイヤ人になって街の悪人をこらしめていたが、それが「金色の戦士」として噂になってしまっていたこと。
このままでは正体がばれるリスクも上がるため、完全に正体がばれないにはどうしたらいいかとブルマに相談したら、この変身スーツを作ってくれたのだと。
名前もグレートサイヤマンともう決めたらしい。


「そうなんだ……」


とりあえず悟飯の新しい趣味ではないことに安心したライがほっと胸を撫でおろし、改めて悟飯の姿を見る。


「にいちゃんかっこいいよね、今もいろいろポーズを見せてくれたんだ!」


悟天も羨ましそうに悟飯を見る。その言葉を聞いてまた悟飯は調子に乗り、シュピーンと決めポーズ的なものを披露する。


「ねえさん、どうかな?このポーズ!こっちの方が決まってるかな?」


どうやら変身時の決めポーズを考えているのか、また別のポーズを見せてくれる。


「悟飯……」


そのポーズを見て、ライは静かに悟飯の名を呟く。そして、


「それならさっきのポーズに、こう、こういう感じでステップしてマントを靡かせたらいいと思う!」
「あっ!それ確かにいいかも!ふっ!……こんな感じだね!」
「そうそう、良い感じよ悟飯!やっぱりマントは良いわよね!」
「さすがおねえちゃん!すごいな〜!」


どうやらグレートサイヤマンに関して協力的のようだ。
恰好のことに何も突っ込むことはせず、むしろマントがあることが高ポイントらしい。これはピッコロの影響もある。
美的センスも双子は全く一緒というわけである。
ああでもないこうでもないと悟飯の変身ポーズを鏡の前でキャッキャと考える子供たちの姿を見て、チチも楽しそうに笑っていた。