「もう、悟飯。まだ皆に挨拶してないのに……」
「そんなのいいよ別に!というより、学校に来ちゃだめじゃないか!」


バタンと教室の扉を閉めた悟飯を見て、ライは残念そうに呟く。
だが悟飯はそんなこと構っていられないのか、必死な表情で言った。
扉の向こう側にクラスメイトたちの気配を感じたために、悟飯は膨れるライの手を引っ張り、誰もいなさそうな屋上へと向かった。


「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。今のあたしと悟飯なら、双子だなんてばれないよ」
「ああもう…変なところで楽観的なんだから……」


屋上につき、誰の気配も感じなくなったところでライは言う。
その言葉を聞いて、悟飯は目に見えて項垂れた。
悟飯は人一倍、正体がばれるのを気にしている。自分がセルと戦った少年だということを。
なのでその時、同じようにテレビに映っていたライの正体がばれてしまうことも不安に思っていた。
ましてや自分たちは双子。瓜二つな姿がテレビに映ってしまっているため、双子だと知られると正体が分かってしまう危険性も高くなる。
昔と違い、今は体格も顔つきも男らしく女らしくなっているとはいえ、いつ誰に正体を勘付かれるか分からなかった。
そのために、さっきのクラスメイトの前ではライのことを「ねえさん」ではなく名前で呼んでいた。


「双子なんて珍しくないのに……悟飯は変なところで心配性だよ。その心配を自分自身に向けるべきだよ?さっきの野球の二の舞にならないように」
「えっ!?み、見てたの!?」


悟飯はまた驚いたのか、目をまん丸にしてライを見つめた。


「授業中で声かけられなかったから。それに、悟飯がうまくやれてるかも気になってたし」
「う……」
「見守った結果、やっぱり心配は消えなかった」


ふう、とわざとらしく溜息をつくライに悟飯はばつが悪いのか何も言えなくなる。
だって難しいんだよ…と困ったように呟く悟飯を見て、ライは仕方なさそうに笑う。


「でも、思ってたより楽しそうにしてたから、そこは安心したかな」
「……ねえさん」


その優しげな表情を見て、悟飯はしばらく茫然と見つめる。
ライは悟飯がうまく力を抑えて生活できるかも気になっていた、それ以上に学校生活に馴染めるかの方が心配だったのだ。
そのことに気付いた悟飯は、今回のことに多少驚きはしたものの、その気持ちを嬉しく思う。


「………でもやっぱり、ねえさんがいないのはちょっと寂しいよ」
「えっ」
「いつもずっと一緒だったから…ふとした時にねえさんがいないのが、なんだか不思議なんだ」
「……悟飯……」


少し前、てっきりライも自分と同じように高校に通うとばかり思っていた悟飯。
今まで同じ道を歩んで来た双子にとって、初めて別々の道を歩くことになる出来事だった。
だからと言って、それを疑問に思ったり一緒に行こうと言うほど悟飯は子供ではなかった。
今更、やっぱりライもと言う気もない。
自分は学者になるという夢のために。
そしてライは。


「……ねえさん、これからピッコロさんのところに行くんでしょ?」
「えっ!」


にこりと笑いながら悟飯が言うと、ライは驚きで目を見開き、ついでに頬も染める。
その反応を見て、悟飯はやっぱりとまた笑った。


「そ、そうだけど……どうして笑ってるのよ」
「ううん、なんでもない。やっぱり今日も行くんだね」
「………ま、まあ…」


にこにこ顔の悟飯から視線を逸らし、唇を尖らせながら肯定する。
この年になると、ライ自身も悟飯も自覚していた。
自分はピッコロのことが好きなのだと。
ライはピッコロのことが好きなのだと。
だが、まだその想いを伝えてはいないようだ。それどころかライは、悟飯が自分の気持ちを知っているということすら知らない。


「い…今でも修業は続けてるし……」
「うん、そうだね」


何故か言い訳を言うようにライは口を開く。
それを悟飯は優しげな表情で見つめた。
ライにとって、それがピッコロに会うための理由だ。表向きは。
だが本当は、ただ会いたいだけ。だがそんなことを言ったら呆れられてしまう。
ライはそう思っているし、悟飯も長年ピッコロと過ごしてきたため分かっていた。
そんなライのことを、悟飯は表立って行動することはないが、しっかり応援している。


「じゃあピッコロさんによろしく伝えておいて。またボクも、無事高校生活送ってるって報告しに行くよ」
「ん、わかった」


言うと、悟飯は授業に向かうべく教室へと戻ろうとする。
するとライは何か思い出したのか、悟飯の背中に向けて、


「悟飯!言い忘れてたけど、また今日も超サイヤ人になったでしょ!」
「っ!」


ライには当然、気の変化で気付いていたため、釘を差すように言う。


「気持ちは分かるけど、少しは控えないとだめだよ!」
「き…気をつける……」


やっぱりライには何も隠し事ができないと、悟飯は苦笑しながら言う。
そんな悟飯を見て、ライは手を振ってその場を飛び立ち、無事弁当を届けたとチチたちに伝えてから天界へ向かうことにした。





「……はぁ、これからは忘れ物しないようにしなきゃ」


ライの姿を見送った悟飯は、午前中から疲れた体を動かし教室へと戻る。
扉を開けるとすぐにクラスメイトたちの視線は悟飯に集まった。


「!?」


それに驚きつつも、気付いていない振りをして自分の席へと向かう。
すると待ってましたと言わんばかりに、隣の席のイレーザが声をかけた。


「ねえ悟飯くん!さっきの女の子って、もしかして悟飯くんの彼女!?」
「えっ!?」


その突拍子もない言葉に、悟飯は声を荒げて驚いた。


「ち、違いますよ…」
「でも、お弁当届けてくれるなんて、少なくとも特別なんでしょ?悟飯くんの家すっごく遠いんだから」
「あはは……」


やっぱり双子と認識されていなかったようだ。
そのことに安心しつつも、どうやって誤魔化そうかと悟飯は苦笑しながら考える。


「た、ただの近所の子ですよ……」


そうして、自分でも苦しいと思われる理由を言った。
案の定、勘の鋭そうなビーデルはあまり信じていなさそうな視線を悟飯に向けていた。


「ほんとかなー?あたし的にはそれだと嬉しいけど……」
「へっ?」
「おいおいイレーザ、悟飯についてあまり詮索するなよ」


意味深なことを口走るイレーザに悟飯は一瞬きょとんとしたが、すぐにシャプナーが話に水を差す様に声をかけた。


「それより悟飯、さっきの女の子のことを教えてくれよ」
「へっ!?」


だがそれは余計悟飯を驚かせた。


「え、やだ。シャプナーってばああいう女の子がタイプだったの?」
「ふん…オレには分かるんだ。見た目から滲み出る奥ゆかしさ、清楚さが……イレーザ、おまえもああいった格好すればそこそこいけると思うぜ」


驚いたのか、シャプナーをまじまじと見ながらイレーザは言う。
するとシャプナーはライのことを思い出しながら、新たな出会いに嬉しそうに笑う。
アドバイスのようなことを言われたイレーザは、別にあんたの好みになりたくないわよと呆れたように言い捨てた。


「それで、悟飯。あの子の名前は何ていうんだ?」
「名前は確か、ライって言ってたわよね」


興味津津といった様子で尋ねるシャプナーに、思い出したようにビーデルが答えた。


「あ…はい、そうですけど……えと…やめておいたほうがいいですよ…」


どうやらシャプナーがライのことを気になっていることを知り、悟飯は困ったような笑みを浮かべて言う。


「えーなになに?もしかして、もう先に悟飯くんが狙ってるの?」
「そ、そういうんじゃないですって!ねえさ……ライには、もう好きな人がいるみたいですし……」


残念そうに言うイレーザに、悟飯は首を振って答える。
そして呟くように言うが、シャプナーは引く気配はない。


「そんなの構わないさ…。あれだけ美人でしかも清純そうな女の子はなかなか巡り合えないからな」
「……ほんと意外。シャプナーの好みって」


どうやらシャプナーは見た目から性格などをイメージしているようだった。
派手そうな見た目に似合わない好みを聞いて、ビーデルは眉を寄せた。


「(……ああ、完全に誤解してるなぁ……)」


確かにライは大人になるにつれて、綺麗さに磨きがかかっている。それはクリリンやヤムチャの保証付きだ。
そして服装も、修業などで身体を動かす時以外は女性らしいものを着るように心がけている。
この、少し暑いとも言える季節でも、長袖でスカートのスリッドも膝下にあり露出はかなり少ない。
だがそれには理由がある。


「(……ただ、逞しい筋肉を隠すためにああいう服装なだけなのに……)」


この際清楚かどうかは別として、あの服装はただ自らの鍛え上げた筋肉を隠すためのものだった。
さすがのライも、16歳になり乙女心というものを持つようになってからは人前で逞しい姿を見せるのを恥ずかしがった。
かといって、鍛練を怠るわけではないのだが。
矛盾していると思いつつ、そこがライらしいと悟飯は密かに思っていた。


「だから悟飯、今度オレに紹介してくれよ」
「えー……」


食い下がらないシャプナーに困りつつも、意地でも誤魔化し続けることにした悟飯。


「(もう……こういうの苦手なのに……)」


心の中で涙目になりながら、もう二度と、忘れ物等をしてライを学校に来させるような事態にはしないと心に誓った。


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