「さあどうした。はやくふたつめの願いをいえ。どんな願いでも叶えてやるぞ。それとも、願いがもうないのか?」


ひとつめの願いを叶えてから今までずっと待っていた神龍が口を開く。
その言葉を聞くも、元々の願いはひとつめで叶えられ、悟空が生き返るという選択肢もなくなったために、他に思い浮かばない。
どうしたものかと全員はそれぞれ顔を見合わせる。
何もないのならと、ヤムチャが彼女に高級なネックレスをと躊躇いがちに口走った時。


「シェ、神龍!人造人間の17号と18号をもとの人間に戻してやってくれないか!」
「「!!」」


悩んでいた様子のクリリンが真剣な表情で神龍を見上げて言った。
その願いに、傍にいたライたちはもちろん、影から様子を窺っていた18号も驚いていた。


「それはできない。ふたりの人造人間はわたしの力を大きく超えている。そういう者のカラダに関してはわたしは手出しできないのだ」


淡々としたその答えを聞き、やっぱりだめかと項垂れるクリリン。


「な…なんで17号まで…ど、どっちにしたって、あいつは死んだんじゃねえのか?…」
「……いや……ひとつめの願いはセルに殺された者すべてを生き返らせる……ということだから17号も生き返っていて不思議ではない…」


ヤムチャの問いに答えたのはピッコロだった。
ライはなるほどと頷き、再びクリリンへと視線を向ける。


「じゃあ……こ、この願いはどうかな。せめて、あのふたりのカラダの中にとりつけられている爆破装置を、取り除いてやってくれないか!?」
「それならば可能だ……力の差とは無関係だからな。……よし、ふたりの爆破装置はたった今取り除いたぞ。では、さらばだ」


今度の願いは叶えることができるのか、神龍はそう言い放つとその姿を消し、7つのドラゴンボールは空高くに集まり、またそれぞれ別の場所へと散って行った。
それと同時に空の色も元に戻る。


「……ク……クリリンさん…どうして今のような願いを……」


理解しかねているのか、トランクスが眉を寄せてクリリンに聞く。


「だ…だってよ、かわいそうじゃねえか……カラダん中に爆弾があるなんてさ……」
「優しいんですね」
「クリリンさんのそういうところ、素敵だと思います!」


呟くクリリンに、悟飯はそう微笑みながら言い、ライも強く拳を握って言った。


「あたしはクリリンさんのお願いに大賛成ですよ!叶えてもらってよかったですね!」
「あ、ああ……」


ライはクリリンの18号への気持ちを理解しているのか、にっこり笑って言う。
そんなライの笑顔を見て、クリリンは少々驚いた。
一度はライも18号に攻撃されて気絶させられたというのに。
本当ならば、ヤムチャやトランクスのように不思議がるのが普通だ。
それでも、ライはこうも笑顔で言う。
……本当に、心から優しいのだと、クリリンは薄く笑った。
そして思い出したように、ヤムチャの願いを叶えられなかったことに対して謝る。
ヤムチャはギャグだと言って大袈裟に笑って頭を掻いた。


「それにしてもクリリン……なぜ17号の爆弾まで取ってやったんだ?」
「あ……うん……た…たしかにオレ……18号のことスキだったけど、18号にはやっぱ17号がさあ、お似合いだろ…?そ…それで……」


天津飯の問いに、クリリンは困ったように笑いながらそう答えた。
そういえばいつも一緒に行動していたなと、ライもその二人の姿を思い出す。


「れ……恋愛というやつらしいな。……わからない……」
「え?」


腕を組み、難しげな表情で呟くピッコロの言葉を、ライはふと見上げた。


「ピッコロさんにも、分からないことがあるんですか?」
「……ああ……」
「大人なのに?」
「…………関係ないだろう」


きょとんと首を傾げるライに、ピッコロはぶつくさと小さく答えた。
その、本気で理解していない様子を見て、ライは面白そうに笑った。


「あはっ」
「……何故笑った」
「えへへ、ピッコロさんでも分からないことがあるんだなぁって思って」


満面の笑みで言うライの態度に、ピッコロは少しむっとしたものの……どこか悪い気はしなかった。楽しそうにしているライを見るのは、やはり嫌いではないため何も言えなくなる。
対するライは、ピッコロには分からなくて自分だけ分かるという状況が初めてで、なんだか意外で、そして不思議と嬉しく思っていた。
そう他愛もない話をしていると、柱から18号が飛び出してきたのが見えた。


「バーカ!17号とわたしは双子の姉弟だ!」


そして言い放つ18号の言葉を、クリリンは驚きながら見つめ、ライもきょとんとした表情で聞いた。


「だからってその気になるなよ!爆弾のことだって感謝なんかしてないからな!タコ!」


拳を握って、少し早口で言う18号は言い終えると背中を向ける。
だがもう一度、首だけをこちらに向け、あまり感情を読ませない表情で、


「またな」


そうクリリンに向けて言い、また天界から去って行った。
衝撃的ともいえる出来事にクリリンだけでなく、その場にいた者全員が一瞬言葉を失っていたが、


「お、おいっ、またななんつったってことは、少しは希望がでてきたんじゃないか!?」
「そうですよクリリンさんっ!また会いたいってことですよ!」


ぽかんとしているクリリンに向け、ヤムチャとライが嬉しそうにはしゃぎながら言う。


「しかしよう!あいつ、怪物だけどきれいなカオしてっから期待なんかしないほうがいいぜ!」
「もうヤムチャさん!どうしてそんなこと言うんですか!クリリンさんの優しさが18号さんに届いたんですよ!悟飯もピッコロさんも、そう思いますよね!」


くるっと悟飯とピッコロを振り返ったライだが、


「えっ、ボ、ボク……!?」
「………さっぱりわからない…」


悟飯は困ったように目を泳がせ、ピッコロは再び腕を組んで呟いた。
もう、とライは二人の態度を見て腰に手を当てる。
呆れると同時に、ライは少し嬉しくもあった。


「ピッコロさん!」
「こ、今度はなんだ……」


とととっとピッコロの傍まで駆け寄るライ。
ピッコロは眉を寄せ戸惑いながらライを見つめた。


「ピッコロさんはそのままでいてくださいね!」
「っ………?」


そしてにっこりと笑いながら言うライの言葉を聞いて、ピッコロは訝しげに眉を寄せる。
どういう意味かと、自分の腕にぎゅっとしがみつくライを見つめる。
だがライは満足そうに笑っているだけで、その意味を話す気配はなかった。


「(よくわかんないけど、ピッコロさんが恋愛を知らないのがなんだか嬉しいな)」


ピッコロに言葉の意味がわからなくて当然だった。
ライ本人も、いまいちどうしてそう思うのか理解できていなかったからだ。
この時、まだまだライは自覚してはいなかった。
ピッコロへのこの気持ちが特別なものに変わっていることを。
無意識に、ピッコロが恋愛を知らないということに安堵していることを。
恋愛事に興味はあるが、自らについては未だ鈍感なままの子供のライ。
その様子を静かに見つめていたトランクスは、驚きつつも寂しげに笑顔を作る。


「(そうか……この世界のライさんは、自分の気持ちが何なのか気付いていないんだ……)」


未来の世界では、ピッコロの死により深く自分の中にある愛情に気付いてしまったライ。
失って初めて気付いた恋とでも言おうか。
それがどれだけ辛く、耐えがたいものかを目の前に居るライは知らない。知らずに済んだ。
それだけでトランクスはひどく心が落ち着いた。自分の脳裏にある痛々しいライの表情。
それを目の前の幼いライにさせることなく済んだ。トランクスは切なそうにしていた表情をほんの少し、あたたかい微笑に変えた。
そうして話題も一区切りついたところで、天界にまた沈黙が訪れる。


「う……嬉しいのも半分ぐらいかな……や…やっぱ悟空がいないとさびしいや…」


力無しにクリリンが呟くと、ライも悲しげに表情を曇らせる。
抱きついていたピッコロの腕からも手を離した。


「………」
「……さて、俺はもう帰る……餃子が心配してるだろうしな…」


無言になるヤムチャと、間を置きながらも口を開いた天津飯。
そして、たぶんもう会うことはないと思うと言い、この場を去ろうとする。


「じゃあ、達者でな」
「おまえもな」
「さようなら。餃子さんによろしく」
「二人ともお元気で…」


そんな天津飯に、ヤムチャ、悟飯、ライがそう声をかける。
その言葉を素直に受け取ると、天津飯はトランクスをちらりと見た。


「トランクス、今のおまえなら簡単に未来の人造人間を倒せるだろうが、がんばれよ」
「はい!」


トランクスにもそう声をかけると、天津飯は天界から静かに去って行った。


「…さあ、オレたちも帰るか」


天津飯の姿を見送ったところで、ヤムチャが呟く。


「トランクスさんはいつ未来へ発つのですか?」
「きょう一晩ぐっすり寝て、あした発とうと思ってます」


帰る前に聞きたかったのか、悟飯はトランクスを見上げて言う。


「じゃあ、あした見送りにいくよ」
「あたしも行きます」
「はい、ありがとうございます」


クリリンの言葉に便乗するようにライも言うと、トランクスはにこりと笑って礼を言った。


「ピッコロさんはここで暮らしていくのですか?」
「ああ、そのつもりだ」


ピッコロがこれからどうするのか気になっていた悟飯がそう聞くと、ピッコロは腕を組んだまま答える。


「ときどき遊びにきてもいいですか?」
「もちろんだ」


そして互いに嬉しそうに見つめ合う姿を見て、ライも慌ててピッコロを見上げた。


「ピッコロさん、あたしもいいかな…?」


少し躊躇うように言うと、ピッコロは呆れたように鼻を鳴らした。


「おまえはどうせ、来るなと言っても来るだろう」
「うっ……」


図星だったのか、ライはばつが悪そうに俯いた。
予想していた反応と違い、珍しくしおらしいライに驚きながらも、ピッコロは口を開く。


「……いつ来てもいいが、鍛練中は相手はしてやれんぞ」
「!……ピッコロさん……はい!」


自分を受け入れるようなことを言ってくれたピッコロに、ライは嬉しそうに笑って返事をした。
そしてその嬉しそうな表情のまま、デンデに別れを告げる悟飯の隣に行く。


「あ、ライさん!ボク遊びにきてくれるの待ってるから!」
「デンデ……」
「また地球のこといっぱい教えてね!」


今から楽しみにしているのか、笑顔で手を伸ばしてくるデンデの手を、ライも嬉しそうに握った。


「もちろんだよ!」


周りみんなを笑顔にさせるような、あたたかい笑顔を向けて。


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