「や……やりやがった…あいつら…」


セルの気も感じられなくなり、茫然とピッコロは呟く。
今度こそ、本当に本当の勝利をもぎ取ったのだと確信したヤムチャたちは嬉しそうに拳を握った。
そしてすぐに、一番の功労者である悟飯の元へと駆け寄った。


「すげえ!ほんとにすごかったぞ悟飯!やったなーー!」
「すぐに、デンデのところにつれてってやるぞ!仙豆がなくても、あいつにさわってもらやあ、バッチリだ!」
「信じられねえよ!助かったんだ、オレたちは!」


ヤムチャとクリリンに、そう交互に声をかけられる。
嬉しそうな皆の表情を見て、地に膝をつけ悟飯を見つめていたライも自然と笑みを浮かべた。
じっと悟飯を見つめていたライだったが、ふと自らの頭にあたたかな感触を感じた。


「おまえも、よくやったな……」
「ピッコロさん……」


それはピッコロの大きな手だった。
頭を撫でられ、また、優しそうに見つめられ……ライも嬉し涙を目元に溜める。
そんなライを見つめていたピッコロだが、すぐにひょいとライを軽々と横抱きにした。


「えっ!ピ、ピッコロさん…あたしより、悟飯を……」
「悟飯はヤムチャが抱えて行った。おまえも相当気を消耗しているだろう。無理をするな…」


ピッコロの言うように、すでに悟飯はヤムチャの手に抱かれデンデの元へと運ばれて行った。
ライもその様子を一瞬目で追ったが、すぐにピッコロに視線を戻す。


「でも……じ、自分で飛ぶくらいの力は残って……」
「どうせふらふらのろのろと危なっかしいだろう。さっさと置いて行かれてもいいなら、そうさせてもらうが」


聞き訳の悪い子供に言うように、ピッコロは眉を寄せ言う。
するとライは何も言い返せなくなったのか、しゅんと項垂れ、大人しくピッコロの腕に収まった。
ふんと鼻を鳴らし、ライが身を預けたことを確認したピッコロは、次にベジータへと視線を向ける。


「手を貸してやるぞ、ベジータ…」


その言葉を聞き、ライもピッコロに掴まりながら、遠くの宙で浮いているベジータを見つめた。


「…余計なお世話だ。勝手に行け…きさまの助けなどいらん……」


ぐいっと汗を拭いながら呟くベジータの普段通りの言葉を聞き、ピッコロはにやりと口角を上げて「そうか」と呟いた。


「ベジータさん……無理、しないでね……」


ライも心配そうに声をかけたが、ベジータはそっぽを向いて無視をした。
そしてライはピッコロに抱かれたまま、悟飯たちの後を追うように天界まで向かった。
その場に残されたベジータは、孫親子の死闘ぶりにかなうことができなかったと呟き、犠牲となって死んでいった悟空を思い、もう戦わないと小さな呟きを残して飛び立っていった。
さらにその場に残っていたサタンが、気絶から目覚めたアナウンサーに自らがセルを倒したとホラを吹き、地上がサタンへの賛美で一色になっている頃。
天界につき、デンデによって体力を回復してもらった悟飯、ライは同じように回復してもらった18号を見つめていた。


「デンデ!はやく離れたほうがいい!殺されるぞ!」
「そんなことないってー」


目覚めた18号が上半身を起こすと、ヤムチャが遠くから拳を握り叫ぶ。
クリリンは困ったように汗を浮かべながらヤムチャに向けて言った。
そして立ち上がり、いまいち状況を理解できていない18号はクリリンたちを睨む。


「ここは神様の宮殿だよ…だいじょうぶだ…完全体になったセルは、悟飯が倒した」
「悟飯が……!?」


説明するクリリンの言葉を聞き、18号は驚いたように悟飯を見る。


「えっと…おねえちゃんも力を貸してくれたんですけどね…」
「何言ってるの。ほとんど悟飯の力のおかげだよ」


苦笑しながら頬を掻く悟飯に、すぐ隣にいたライは肘で小突く。
ライも少なからず関わっていることを知った18号は、また驚きライも見た。


「そうだ!とんでもねえ強さだぞ!おまえが暴れたって全然ムダだ!」


ヤムチャがまた、威嚇するように遠くから叫ぶ。
どうしてそんなところにいるのかと、ライは不思議そうにヤムチャを見つめていた。


「クリリンに礼を言うんだな。セルから吐き出されたおまえを、懸命に庇った……」
「………」
「い、いや、ただ、なんとなく放っておくわけには…」


ピッコロの言葉を聞き、18号は黙ったままクリリンを見た。
その視線を受け、クリリンは焦って誤魔化すように身振り手振りで言葉を紡ぐ。
クリリンの言動を、どこか微笑ましげにライは見守っていたが、


「わかった!クリリンさん、18号をスキなんだ!」
「ハッキリ言うな!」


ぱあっと思いついたままに発言した悟飯を見て、頬を膨らませる。
少し焦ったクリリンに頭を殴られたのも妥当だと思った。


「もう、悟飯は…!デリカシーがないんだから…」
「い、痛いってば、おねえちゃん…」


唇を尖らせながら、悟飯の頬を人差し指で何度もつつく。
超サイヤ人の姿ではなく、おふざけに近い行為だが、それでもライの力は強くて悟飯は頬を両手で守る。


「え、えーーっ、マ、マジかよ、うそだろ!?」
「人造人間だぞ…」


何はともあれ、顔を赤らめて悟飯を殴っても否定はしなかったクリリンに、ヤムチャと天津飯がそれぞれ呟く。
そしてその会話を聞いていた18号は、不愉快そうにふんと鼻を鳴らした。


「ふざけるんじゃないよ。手でも握ってほしいのか?チビのオッサン」


そう言い捨てると、自ら天界から飛び降りてその場を去って行ってしまった。


「あのヤロ〜〜ッ、なんだあの態度はよう!ぶっとばされっぞ!」
「おまえにはムリだ……」


素っ気ないを通り越して悪態に近い18号の態度を見て、ヤムチャが眉を吊り上げ何度目かの拳を握る。
だが、後ろで天津飯に的確なつっこみを入れられていた。


「そんなことより、はやくドラゴンボールでトランクスやほかの殺された人間達を生き返らせるのが先決だ……」
「そうそう」


切り返しの早いピッコロの言葉に、ミスター・ポポもドラゴンボールの入った器を手に持ちながら同意を示した。
そうしたいのは山々だが、ライはすっかり項垂れてしまっているクリリンの方が気になっていた。
もう一度肘で悟飯を小突き、フォローするように促す。
それを受けた悟飯は、慌てて笑顔を作りクリリンを見る。


「だいじょうぶですよクリリンさん!友達だったらボクたちがいるじゃないですか!」
「その通りですよ!あたしはクリリンさんのこと好きですよ!大好きです!」
「う…うるせ〜」


必死に慰めるも、今のクリリンには何を言っても届かず、逆にショックを与えるばかりだった。
その様子に苦笑し、成す術がなくなったライたちは、とりあえず話題を逸らそうとドラゴンボールに注目した。
そして7つ集まっているドラゴンボールを地面に置き、神龍を呼びだす。
辺りが暗くなったことを異変に思った18号が宮殿を見上げると、そこに神龍がいるのを見つけて天界へ再び戻ってきた頃。
一つ目の願いとして、ヤムチャはセルに殺された人たちを生き返らせてと願った。


「トランクスさん!」


その願いを快く聞き入れてくれた神龍により、その場で寝かされていたトランクスが生き返る。
それを見て、ライと悟飯は嬉しそうにトランクスへと駆け寄った。
その様子をこっそりと見ていた18号も、信じられない事実に目を見開いている。


「…やはり悟空の気は感じられない………ダメか………」


ピッコロが呟く。
悟空は一度ドラゴンボールで生き返ってるために、やはり今回の願いの対象ではなかったようだった。


「もうひとつ願いが叶えられる。ふたつめの願いをいえ……」
「孫悟空はなんとか生き返れませんか?どうしても生き返らせてほしいのです…」


低く言う神龍に対し、ヤムチャが駄目元ながらも聞いてみる。


「孫悟空はすでに死んで生き返ったことがある。それは不可能だ。他の願いを言え」


それを聞き、ライは悲しげに眉を下げる。
だが絶対に何か方法があるはずだ。諦めたくなどない。
悟飯と顔を見合わせ、互いに難しそうな顔で考えるも、その思考は遮られた。


『みんな、悟空だ』
「悟空!?」
「おとうさん!」


セルとの再戦の時のように、悟空の言葉が聞こえてきたためだった。


『あの世からしゃべってんだけど、ちょっと聞いてくれ』


そう言う悟空の言葉の続きを、ライたちみんな黙って待っていた。


『前に、ブルマからちょっと言われたことがあんだ。このオラが、悪いやつらを引きつけてるんだってな。…考えてみっと、たしかにそうだろ。オラがいねえほうが、地球は平和だって気がすんだ。界王さまも、そこんとこは認めてる……』


そして放たれる言葉を、静かに聞く。


『べつに、犠牲になろうと思って言ってんじゃねえぞ。オラ、地球を救ったりしたから特別扱いしてくれるんだってよ。ふつうの人やセルみたいな悪もんは魂だけになっちまうんだけど、オラはカラダを付けてくれるってさ!しかも死んでっから、このままトシくわないんだぜ!』


その言葉が意味するものを悟ったライは、そんな、と小さく呟く。


『あの世には、過去の達人とかもいてさ、けっこう楽しめそうだろ。界王さまも、今の神龍ので生き返れたんだけど、やめてオラに付き合ってくれたんだぜ』


ライは弱々しく、首を横に振る。
だが、悟空の決意は変わらないようだった。


『…だからよう、チチや悟飯、ライにはわりいと思うんだけど、生き返らせてくんなくていいや。悟飯はすでにオラよりしっかりしてるし、ライはもっとしっかりしてる』
「そ…そんなことないよおとうさん…」
「そうだよ…おとうさん…あたしなんて……全、然」


切なそうに眉を寄せ、呟く悟飯とライ。
そして、この機会を逃したら本当に悟空と、大好きな父と二度と話せなくなると思ったライは、喉が震えるのも気にせず口を開いた。


「おとうさんはずるいよ!!」


嘆くように放たれた言葉を聞き、その場に居た全員の視線がライに向かう。
悟空も、その言葉を聞いてしばし黙った。


「ずるい…ずるい、よっ……あ…あたしには、死ぬなって言ったくせに……おとうさんは、いなくなっちゃうなんて……」
『……ライ』
「おとうさんは…あたしが…あたしたちが悲しんでもいいの…?おとうさんが死んじゃったままなんて嫌だ!やだ、よぉっ…!」


ぽろぽろと零れる涙を両手で何度も拭いながらライは涙声で叫ぶ。
駄々をこねる子供のような言動のライを見て、悟飯も悲しげに表情を曇らせ、他のみんなも切なそうにライを見つめた。


『……ライ、我儘いって、父さんを困らせねえでくれよ』
「我儘だもん!!あたし、おとうさんが思ってるよりずっとずっと…我儘、だもんっ……ねえ、これが最後に…っ最後にするから……おとうさん……っ」


そんなことを言わないで。最後で最大の我儘を聞いて。
小さい頃、困ったように笑いながらも、頷いてくれたあの時のように。
少し不貞腐れてみると、焦ったように機嫌をとろうとしてくれた時のように。
この我儘を聞いてくれたら、もう二度と困らせたりはしないから。ぜったいに、約束するから。だから。
そう思いながら泣き崩れるライの肩に、悟飯は優しく手を置く。


『わりいな…ライ。もうオラは、おめえの我儘を聞いてやることできねえんだよ……聞いてやりてえけど……な、ライ。わかってくれ……』
「っ……!!」


切ない声音で言う悟空の言葉を聞いて、ライはそっと両手で顔を覆った。
本当に、本当にこれが最後だ。父は優しいけれど意外と頑固なことをライは知っている。


「おとうさんの、バカっ……バカ、バカ!!……バカ……」


もう説得することができず、言葉が出てこないライは泣きじゃくりながらそう叫ぶ。
そして、


「……………………………………大好き、だよ……っ」


最後は切なく、愛おしげに呟いた。
さらにライはそっと顔を上げた。
涙で顔がぐしゃぐしゃながらも、必死に作った笑みを浮かべている。
大好きな父との別れは、泣き顔ではなく笑顔でしたい。
姿は見えなくても、見えていないだろうけど……これがライの、最大に譲歩した我儘だった。


「大好きだよ、おとうさん…!ぜったいにぜったいに、忘れないでねっ……」
『忘れるわけねえだろ…!おめえも悟飯も、大事で、大好きなオラの子供だ!オラがいなくても、胸張って生きろ!』
「……う、ん……っ」


その悟空の言葉を聞くと、ライはもう一度顔を手で覆う。
やっぱり、難しかった。笑顔での別れというのは。
溢れ出る涙をぽろぽろと流しながら、ライは声を殺して泣き続ける。
声を漏らしてはいけない。声は、悟空に届いてしまっている。


『ピッコロ』
「!」


ライの小さな返事を聞いたところで、悟空はピッコロだけに向けて声をかける。
他の人には聞こえていない様子のため、ピッコロはなるべく表情に出さないように心がけた。


『ライのこと、頼んだぞ。おめえなら安心してライを任せられる。オラの代わりに、ライを見てやってくれ』
「(……ふん、きさまに言われるまでもない。大馬鹿野郎が…)」


二人だから分かる会話。
最初に未来のトランクスと出逢った時に、ライの心の脆さを聞いた二人だからこそ、伝わるものがそこにはあった。
ピッコロの確かな返事も受け取ったところで、悟空はもう一度皆に向けて声をかけた。


「…というわけだ。じゃあな!いつかめえたちが死んじまったらまた会おうな!バイバーイ!」
「ご…悟空…!」


永遠の別れとは思えない、少し明るい「バイバイ」の言葉を聞き、皆はその場に茫然と立ちつくす。
ライも立ち上がり、そっと涙を拭って悟空がいるとも分からない、空高くを見上げた。


「……な…なんか、あいつ死人のくせに明るいからあんまり悲しくなかったな…」
「おとうさんのバカ…ほんとに、バカなんだから…っ」


今日ほど、悟空をバカバカと連呼した日はないだろう。
隣でライの言葉を聞いていた悟飯も思ったが、不思議と悲しい気持ちにはならなかった。
ライの言う「バカ」は照れ隠しによるものが多いからだ。
それと、本心を誤魔化すためのものが。今回はそれら二つの理由が入り混じっているために少し複雑だが。
何にせよ、悟空のことが好きだと言う気持ちに嘘偽りはない。


「おねえちゃん、」
「……?」


そっと、悟飯はライの手を握る。
突然の行為に、不思議そうな顔をして悟飯を見つめるライ。
涙を拭っていたために、冷たく濡れてしまっているライの手をあたためるよう、悟飯は強くライの手を握った。


「ボクたち二人…双子として、姉弟として、家族として、おとうさんが心配にならないように強く生きていこうね」


決心の込められた悟飯の言葉を聞き、ライははっと目を見開く。
だがそれも一瞬で、すぐに口元を綻ばせながら悟飯を見つめる。


「うん…そうだね。あたしも…もう我儘言わない。強く、真っ直ぐ前だけ見て……生きてくよ」


そしてぎゅっと、ライも悟飯の手を優しく握り返した。


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